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除外したもの倉庫

将来、お互いに水を与え合う仲です。

作者: わやこな

いきぬき短編です。

お暇つぶしにでもどうぞ。




 私の日課はクケド君を眺めることである。


 クケド君とは、我が村発展の立役者である。

 そして、この地においては類を見ない知識を持っている、村長さんところのお孫さんだ。

 村長さんが優れた知識を持っているのではない。優れているのはお孫のクケド君であることをきっちり明言させてもらおう。人呼んで知恵袋のクケド君だ。無論呼んでいるのは主に私だ。


 そんなクケド君は、私ことティジーの幼馴染だ。

 黒々とした木炭を更に焦がしたみたいな艶やかでさらっさらの髪、目鼻立ちは濃すぎず薄すぎず、さらには英知を湛えた夜の森の色をした切れ長の瞳がとっても素敵な男の子。

 一言で纏めると凄く素敵な17歳の男の子なのだ。

 ついついクケド君についていっぱいいっぱい説明したくなったのはしょうがない。素敵なのだから。

 私より2つくらい上の年だけど、ちょっと幼く見える顔つきは指摘してはいけない。クケド君のプライドが刺激されるらしい。村の若い衆に言われていた時のむくれた顔といったらもう……私はまぶたを閉じずとも思い出せるくらい目に焼き付けた。はあ、クケド君って素敵なだけじゃなく可愛い人なんだから困る。

 しかしクケド君は素敵で可愛いだけで終わる人物じゃない。さっきも言ったように、知恵袋のクケド君なのだ。


 クケド君の素晴らしい才能の片鱗が現れたのは私が2歳のとき。つまり、彼が4歳のときだったらしい。父母がそう話していたのを聞いたことがあった。

 私の住む村、キギモク族のハノテ村は新しく出来た村だ。

 最初は、私の両親と村長さん夫妻と小さいクケド君、そしてまだ若い叔母夫妻だけの村だった。

 前はもっと大きな国の大きな町に住んでいたんだって聞いた。もともと暮らしていた町で何があったのかは誰も話してくれないけれど、ある日7人でひっそりと今の村の土地まで移ったという。今なら原因はちょっと分かる気がする。

 大きな声では言えないけれど、クケド君の両親はいない。洞窟に書置きと赤ん坊のクケド君を置き去りにして消えてしまったらしい。なので、村長さん夫妻がクケド君の親代わりになっている。


 クケド君は、言っちゃ難だけど異端だ。

 キギモク族にはないものを持っている。

 私たちキギモク族は植物から進化を遂げたといわれる種族で、肌の色は土や枯れ草を薄めた色がほとんど。爪は体の下を通る血の色を映した緑。でもクケド君は、肌はアンズのような赤みがかった黄色で薄桃色の花びらみたいな爪をもっていた。

 怪我をしたときに見たことがある。クケド君の体の中を流れる血は、スグリのように真っ赤で綺麗だった。舐めたら甘いのかしら、と舐めてみたことがあったけれど、拳骨で頭を軽く殴られた。そしてしこたま怒られた。照れなくてもいいのにクケド君。

 きっと私たちの種族にはない色が受け入れられなかったのかもしれない、と思うのと同時に、見る目のない奴らが多かったのだと私は残念でならない。クケド君はキギモク族では異端だろうが、素敵なのだ。


 話を戻そう。

 クケド君の素晴らしい才能の片鱗が見えた話だ。

 私たちの村が出来てから、まず襲い掛かったのは食糧難だったそうだ。

 当時は備蓄もかつかつで、この先どうしようかというほどだったという。

 すると、クケド君4歳はふらりと村中をめぐり、近くの森から芋を取ってきて、家の畑にこっそり植えた。

 芋は瞬く間に増え、その時の食糧問題は解決。それからというもの、食料に困る前に、クケド君は畑に調達してきた見知らぬ野菜や果物を植え、その度に村の食糧難を救っていったとまことしやかに話されている。

 何故、この村で野菜や果物がここまでよく繁殖したのか。何故、クケド君はその育て方を熟知していたのか。大人たちは揃ってクケド君に聞いたけれど、当のクケド君は「さあ、なんとなく覚えがあったから」と答えたらしい。

 不思議な子どもだとその時はそれでおしまいになったけれど、クケド君が年を取るにつれて、彼の才能は輝いていった。


 誰もが知らない調味料を作り上げ商売にしたところ大儲け。

 キギモク族が苦手とする火も飄々と使い、新たな加工技術を作って大儲け。

 草木から紙を作って、印刷なるものを始めて大儲け。


 クケド君は未知のものを知っている。

 誰ともになく言われだしたのは、確かクケド君が11歳くらいだったはず。9歳の私はクケド君について回っていたけど、クケド君は幼少時からとても理知的で大人びていた。その辺の大人よりもよっぽど落ち着いていたのだ。だからか、大人たちとクケド君が話し合うときは、決まってお子様だった私は仲間外れにされて、つまらなかったのをよく覚えている。

 その頃になると、寂しかった村もクケド君の知識と技術によって恐ろしい速度の発展を遂げ、賑わい始めていた。


 そして更に時が経ち、ハノテ村は村であるにも関わらず、この地の商人で知らぬものはいないという名声をもらっていた。

 これがちょうど去年のお話だ。

 クケド君はあくまで自分は裏方ですという顔で村長さんを立てているけれど、村人はクケド君が居たからこそ村はここまでなったのだとよく知っている。

 しかし、クケド君の希望に削ぐわず、有名になったことでクケド君の名も案の定売れに売れた。このときの驚いた顔は久しぶりに見た年相応の可愛いあんぐり顔で、私は「可愛い」と言いそうになるのを懸命にこらえたものだ。



 ――キギモク族としては異端ということも有名になる要素のひとつとなって、只今絶賛クケド君はモテ期である。



 モテ期。繁殖期。なんでもいい、クケド君に今女性が群がってきているのだ。

 由々しき事態だ。


 私の幼馴染で、素敵で可愛い村の知恵者クケド君が、どこの馬の骨ともしれない女性に喰われるのは、私には耐えられない。

 特に、最初会った時にクケド君を見て、えっという顔をする輩は論外である。

 その後になって、有名人のクケド君だと知って目の色を変えるのはいただけない。肌の色や血の色がなんだというのか。今頃になってクケド君をわっしょいわっしょいするとは何事か。

 言い忘れていたが、キギモク族の女性は年頃になると絢爛な植物の花のように派手に着飾り、多くの男性を魅了してこそ一人前という考えが主流だ。

 最後はちゃんと優秀な男性一人に決めるのだけれども、それまでの過程によって女性としての魅力が決まる。

 つまるところハレムを形成するのだ。男性はいかに魅力的なハレムの主を射止めるかが誉れになる。

 私の母も叔母も、かつて大きなハレムを築いた女性だったと父と叔父に聞いている。結婚までこぎつけるのに随分と苦労したそうで、たまに男二人でお酒を飲んで昔話に花を咲かせている。

 まあ、それくらい魅力のステータスを重きに置くされる種族ということなのだ。


 では私はというと……異端者だ。


 れっきとしたキギモク族の女性でありながら、ハレム形成ができないからだ。いや、できないというよりもしたくない、好みではない、というところだろうか。

 それもこれも、クケド君を見続けてきたおかげである。

 彼は一途な人が好きらしい。らしい、というのもクケド君の近くにいればなんとなくそうなんだと思えた。なぜなら、派手で魅力的な女性には苦い顔をよくするからだ。ハレムを形成して練り歩く人を見る目の冷たさといったらひどいものだった。

 なので、クケド君を慕う私は、そんな女性にはなるまいと誓ったのだ。健気な家族愛だと誉めてほしい。

 だって、自分は異端なんじゃないか、間違っているんじゃないかと落ち込む姿は見たくないのだ。私も同じだよと言って安心させてあげたいではないか。

 という訳で、私は目下親愛なるクケド君を影に日向に見守ることを繰り返して、現在に至るのである。


 クケド君は間違いなく優秀だし、若い上にキギモク族としては難もあるけれども……多種族的な観点から見たら容姿がいい。いろんな女性がわらわらクケド君を誘惑しに来る。

 私の家が村長さんの家のお隣さんでよかった。今日は村の入り口近くに越してきた、ばいんばいんなお姉さんが押しかけている様子が窓から見えた。

 後々から住民は増えて、今では同世代も両手両足で数えれない程度には増えた。

 でも、それでも、私の幼馴染はクケド君で、特別に仲がいいのもクケド君なのだ。なにせ家族同然なのだから、クケド君に見合う人の見極めは私の最大の務めだと思う。そう父母に話すと笑って流されるのだけど私は本気である。

 もちろん同様にクケド君にも、クケド君の良さを分かる人を見極めるのは幼馴染の私の義務! と話したところ、顔を両手で覆って盛大に溜息を吐かれてしまった。


 肩までで切り揃えたクケド君のサラサラ艶々の黒髪が流れる映像を脳裏で思い描いていると、ばたんと音がした。

 どうやら今回のお姉さんもクケド君によって家から追い出されたようだ。不機嫌そうな様子を隠そうともしないお姉さんは、肩を怒らせて村長さんの家から離れていった。

 私が会った時のお姉さんはもうちょっと、頭の良さそうでおとなしい感じだったのに。ひょっとしたらクケド君と話が合うかもしれないと思ったのだけど。

 うんざりとした顔のクケド君が窓からちらりと見える。

 クケド君は恋よりも仕事や研究に没頭したい派なのかもしれない。今までクケド君を見てきた私はそう予想している。なぜなら女性と楽しくデートしたり話すことを見たことがない。幼馴染として心配だ。変な女性に捕まるのも心配だけれど、女性に興味がなかったらと思うとそれもそれで心配だ。


 お姉さんが完全に見えなくなったのを確認して、クケド君の家の前へ回る。

 実は私、クケド君の幼馴染兼仕事の助手をしているのだ。

 物心つくころから、クケド君について回っていたこともあり、クケド君譲りの知識はそこそこ学習できている。おかげで村の新しい人にはティジー助手と呼ばれている。助手、悪くない響きだ。

 助手のお仕事は主にクケド君が思いついた実験の協力だったり、記録や資料をまとめたり、クケド君とお話することだ。少し前には一緒に、クケド君の知識が邪魔だと武装してきた集団が来たらと想定しての罠作りをした。

 今日は女性の愚痴かもしれない。窓で見たクケド君の顔には実に面倒だったと書いてあったことだし。

 一つ呼吸をして、ドアを叩く。


「こんにちはクケド君! 私ですよー。クケド君の幼馴染、ティジーちゃんですよー」


 出来る限り明るく声を上げて、とんとん叩けば少しの間の後にドアが開いた。


「ああ、ティジー。いいところに。ちょうど話が出来た」

「話って?」


 そういえばクケド君は、ガリ板とやらが普及しだしてからは童話や物語を好んで書くようになった。

 私も何回か贅沢にも読み聞かせてもらっている。聞く話は成長するにつれて、恋物語が多くなった。クケド君って意外とロマンチストだ。言ったら不機嫌になるから口はつぐむ。そして言うまでもないが、私はその物語のファン第一号だ。


「あー……その、ほら、思い出した話があってそれで……ともかく入りなよ」


 そう言ってドアから体を引っ込めて促されたので、遠慮なくお邪魔することにした。

 クケド君のお家は村長さんの家とは別に建てられている。手狭に感じるのはあちらこちらに道具や本が置いてあるからだろう。一応私も掃除を手伝ってはいるものの、なにぶん量が多い。整理しても整然とは感じないお部屋である。

 中に通されて、勝手知ったる部屋の中で椅子をすすめられて腰かける。その間に、ちょっと待ってとクケド君は机に向かって走り書きをしていた。

 それから、しばらくして紙束を渡された。


「ティジー、これ」


 クケド君が差し出した紙束を受け取る。走り書きのような忙しない文字で書かれたお話はずいぶんと少ない量だ。


「今読んでもいいの?」

「ああ、まあ、うん。いいよ。ティジーだけのものだから」

「えっなに、どういう意味それ」

「大事な意味がある」


 そう言うクケド君の黒々とした目は優しい。窓の向こうで目撃した不機嫌さもない。


「今度は何を書いたの?」

「まあとりあえず読んでみて。あ、ペンはここ置いているから使っていいよ」

「ペン? なんで?」


 甲は乙にと始まった文章は、ふだん目にしているお話とはずいぶんと雰囲気が違う。堅苦しいというか、物語のような感じではなく説明が箇条書きに書かれている。

 ざっと見て、最後にはクケド君の名前が書いてある。それからもう一度頭から読んで私はぽかんと顔をあげた。


 だって。だって、誓約書って書いてある。

 結婚誓約書って書いてある。

 役所に出す、書類だ、これ。


「いい加減身を固めたいから。そろそろいいんじゃないかな」

「え、と、クケド君結婚するの? 相手は!?」


 思わず身を浮かせると、クケド君は思いっきり呆れた顔をした。


「ペンを使っていいと言っただろ」

「言ったけど……」

「じゃあ書いて」

「て、添削?」

「違う、ここ」


 苛立たしそうだけど、これは照れ隠しだ。薄紅色のグミの実で染めたみたいに、クケド君のほっぺから目のあたりまで色が変わっている。

 桃色の爪先が神経質に何度も空いている欄を叩いた。


「ティジー、俺さ、結構待ったんだけど。家族っていうなら、本当に俺の家族になってよ」

「……え? なんで、だって、私は助手で。クケド君は、もうすでに家族みたいなものだよ?」

「いや助手はティジーの自称だし、家族みたいなものじゃなくて家族がいい。おじさんおばさん、二人みたいな夫婦になりたい」

「それは、私と?」

「そう言ってる。ああ、くそ、近くに居過ぎた弊害だな。好きだと何度伝えても、ティジーには通じないもんな」


 家族の延長線だと思っていました。

 そう言い返せず、黙って誓約書を見下ろす私にクケド君は熱っぽく息を吐いて言った。


「もう、全然興味のない相手に言い寄られるのもまっぴらだ。それをティジーに応援するように見られるのも」

「え、え、ごめんね、クケド君」

「そう思うなら今すぐ書いて。じいちゃんにすぐ提出するから。ね、ティジー、名前くらい簡単だろ?」


 クケド君の手は熱い。

 ひんやりしている私たちキギモク族の体温ではない、尋常じゃない熱さ。風邪ではなく、クケド君はもともと体温が高いらしい。

 けれど、今はこれまでの熱よりもとびぬけて熱い。

 しっとりと汗ばんでいて、私に名前を書けと言わんばかりに重ねられた手から焼けてしまうみたいだ。


「ティジー、俺は君たちとは違う種族かもしれない。けど、好きになる感情は変わらないつもり。だから、俺と結婚して」


 射貫くくらいの熱心な眼差しに、焼かれてしまいそう。

 水、とうわ言みたいに呟きそうになる。その間も、クケド君のよく回るお口で自分のセールスポイントが挙げられていく。


「俺、貯蓄もあるよ。あと、まだ若いからこれからたくさん働ける。それから人よりは頭が柔軟かな、いろいろほかにもできることを増やしていくし、あとは……ティジーたちが苦手な火もうまく使う、それから……」


 すごい。こんなに一生懸命説明してくれるの、街にインフラ整備だとか言って地下に水の道をつくろうと力説したとき以来じゃないだろうか。下水処理とか浄水にものすごく熱意を傾けていたクケド君も素敵だった。

 そんな素敵なクケド君が、私と結婚すると言っている。

 家族みたいなものだったけど、それだけじゃなくて支えあう夫婦として望んでいる。

 夢かな。

 見えないのをいいことに太ももをつねってみた。痛い。つまり夢じゃない。


「あの、クケド君。じゃあ、じゃあね、毎日おいしいお水を私にくれる?」

「世界で一番質のいい水をあげる」

「よろしくお願いします」


 最高のプロポーズを返されてしまった。これはもう即答せずにはいられない。

 キギモク族にとって新鮮でおいしいお水は命に等しい。クケド君にかかれば、用意だってきっとばっちりだ。愛する相手に水を与えあうのは仲良し夫婦の秘訣なのだから、もう言うことはない。

 そもそも素敵だと思ってたクケド君なら、私だって否はない。ちょっぴり照れちゃうけれど嬉しい。


「私もクケド君にお水毎日あげるね!」

「まあ、人間も水分多めだから、いいか。うん、楽しみにしてる」


 にこっとほほ笑んだクケド君が、いよいよもって重ねた手を記入欄に強引に動かした。

 やっぱり重なった手は燃えるように熱かった。



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