羊飼いの少年
イリオスを含むギリシャ各都市では、今年10歳になる子供を集め成人の儀式が行われる。特に王位継承権を持つ王子は、その時に成人名を名付けられる。
成人の儀式では神々よりジョブが授ける。ジョブが与えられると、そのジョブに適した固有スキルが取得しやすくなる。
例えば10歳年上の兄、ヘクトールは成人の儀式で【英雄】というジョブが与えられた。王家を継ぐことになる兄にはもってこいのジョブだ。
当然、父である国王プリアモス、母ヘカベーも、その兄にとても期待している。
ジョブが与えられるのは王族や貴族に限ったことではなく、一般市民も成人の儀式で神々からなんらかのジョブが与えられる。
もちろん与えられたジョブ以外の職業についても問題はない。ただそのままではまず大成することはない。だが、努力次第ではその職業に適したジョブにその職業神に変更してもらえることもあるので、必ずしも成功しないというわけではない。
とは言うが、新しいジョブに変更してもらうにも、その神を祭る神殿に行き、多額の寄付を払わねばならないので、庶民にはかなりハードルが高い話ではあるのだが。
そして僕が成人を迎えたときに与えられた名は「パリス」、そしてジョブは、
【羊飼い】
だった。
「アレクサンドロス、いやパリスよ。王族たるもののジョブが【羊飼い】とは情けない。」と父である国王プリアモスが嘆く。
「そうだぞ、パリス。これが血を分けた弟とは情けない。わが王家の面汚しめ。」と兄ヘクトール。
「だから言っているのです。このようなもの、さっさと…」と母ヘカベー。
それ以来、僕の生活は、母に疎まれるだけでなく、父、兄にも疎んじられることなった。
そして2歳年下の異母妹のカッサンドラが10歳の成人の儀式で【聖女】のジョブが与えられると、状況はさらに悪化した。
「お父様、ヘクトール兄さま、パリス兄さまもなりたくて【羊飼い】になったわけでは…」と異母妹で僕の唯一の味方と言ってよいカッサンドラが僕をかばう。
「おお、我が可愛い娘、カッサンドラよ。そなたは【聖女】という王家の女にふさわしいジョブを与えられた。ヘクトールの【英雄】とともにわしは誇らしく思うぞ。
それに引き換え、パリス、おぬしは【羊飼い】だと。なんと嘆かわしい…。」
「ですからこのようなもの、さっさと…」
「それもそうじゃな。これまで慈悲をかけてきたが、そなたのような役立たず、もう我が子ではない。顔も見たくないわ。この町から出て行け!」
「お父様、お許しください。僕はよりいっそう努力して、ジョブが【羊飼い】でもきっとお役に立ってみせ…」
「そうです。お父様、パリス兄さまは誰よりも努力家で…」
「必ずや…」
「うるさい!【羊飼い】風情が、ちょっと努力したくらいで何ができる!」
そこに大騒ぎしていたメイドたちから助けを求められ話を聞いたアイネイアースが駆けつける。
「大変失礼します。プリアモス陛陛下、なんの騒ぎでしょうか?」
「おぉ良いところに来た、アイネイアース。この羊飼いを王宮から追い出せ!」
「プリアモス陛下、お、お待ちください。ジョブは【羊飼い】とはいえ、パリス様は英邁であらせられます。きっと将来、ヘクトール様の右腕として…」
「アイネイアース!わしの命に逆らう気か!!王族に連なるものとは言え、貴様は臣下の身である。身分をわきまえよ!」
「しかし…」
「うるさい!アイネイアース!貴様も罪に問われたいのか!!
誰か!誰か!さっさと、その羊飼いを王宮から追い出せ!!」
そうして僕は無一文で王宮から追い出された。
金も力もない、一応成人の儀式は済んでいるが前世で言えば小学六年生の少年でしかなく、また王宮の外の世界に疎い僕は、このままでは間違いなく野垂れ死んでいただろう。
幸い、王宮の使用人の一人が同情してくれて、追い出された俺を追いかけてきた。
「パリス様、行く当てはおありですか?」
「ううん。まったく無いよ。どうしたらいいんだろう…」
「私の知り合いでイデ山にて羊飼いをしているニキアスという男がおります。彼の元であればパリス様のジョブも役立つでしょう。もしよろしければニキアスを訪ねてみてはいかがでしょうか。」と銀貨5枚をくれた。
銀貨5枚あれば、イデ山にたどり着くまでの数日分の食事代になる。もちろん最安の最低限の食事のみで、夜は野宿にはなるが。
僕には行く当てはない。僕はイデ山に向かう街道に続く南門からイリオスの街を出て、歩いてイデ山の羊飼いニキアスを訪ねた。
そして何の疑いもなく彼の元で働くこととなった。