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パリス

 そう、僕は転生者だ。派遣会社の営業として働くごく平凡なサラリーマン田中 修一として、ごく平凡な日々を過ごしていた。ある日、哀れな迷える子羊(派遣社員)市場(派遣先の面接)に連れて行った帰り道、道路に飛び出してトラックに轢かれそうな女の子を救い、代わりに轢かれて、子羊の面接結果を気にしながら死んだ。


 そして僕はこの手の小説でありがちな神様に会うこともなく、前世の記憶を持ったまま映画で見るような古代ギリシャの様な世界に転生をした。


 イリオスの国王プリアモスと王妃ヘカベーの間に生まれた僕は、幼名をアレクサンドロス、のちにパリスと名付けられた。


 母カベーは俺を産むとき、自分が燃える木を生みそれが燃え広がってこの国イリオスが焼け落ちる夢を見たという。それ以来、僕は母から疎んじられた。しかし王宮のメイドから山羊の乳をもらい、その他にも王宮に使える人たちに恵まれ、(つつが)無く育った。


 転生したからには未来の知識を生かして無双したい。


 文化レベル的には中世のレベルにも全く達してないような気がする。うすうすここは古代ギリシャの辺りではないだろうかは思っているが、まったく確証はない。そもそも古代ギリシャについてほとんど知らないのだ。


 僕はとりあえず、転生ものと言えばこれだよね?とリバーシを作ってみたた。そして、王宮で働く人たちに見せその反応を見てこれは売れる!と確信して出入りの商人に見せた。


「アレクサンドロス(パリス)様、この度はおよびいただきありがとうございます。後ろに控えますは、我が息子のアケメネスと申します。アレクサンドロス様と同年代ですので、お見知りおきいただきたく連れてまいりました。」


「商人さんは、遥か東方から西方まで広く旅をしていろいろなものを見て物知りだとお伺いしました。今回、お呼びたてして来ていただいたのは、とある玩具を思いつきまして、買ってもらえないかと思い、いかがでしょうか。」


 僕は、商人の息子のアケメネスに一通りのリバーシのルールを説明し、遊んで見せた。


「アレクサンドロス様、大変申しにくいのですが、これを売るのは難しいかと存じます。ここらの市民は、大概のものは自分で作ってしまいますし、なにより経済的にも時間的にも玩具を買って遊ぶということができるのは、王族のみなさまぐらいなものなのです。」


 彼の息子のアケメネスには気に入ってもらえて1セット買ってもらえたが、結局それ以上は買ってもらえなかった。


 僕はこの時代のことをあまりにも知らなさ過ぎた。


 今が西暦でいうと何年ごろなのか、ここが前世でいうどのあたりなのか知りたかった。いや、そもそもここはファンタジーの世界で、僕が知る世界とは別の世界なのかもしれない。

 それに知識無双するには、市民はどのような生活をしているのか、何があって何が無いのか何が必要なのかを知らなければならない。


 僕は文字が読めるようになった頃から、王宮の文献を片っ端から調べた。


「アレクサンドロス王子様!またそんなものを持ち出して。勉強熱心なのは良いことですが、パピルス紙はもろくてとても貴重なんですよ。もっと大事に扱ってください。羊皮紙だってちゃんと片づけないとカビが生えちゃいます。それに粘土板は重くて片づけるの大変なんですから…」


 メイド長に怒られている最中に、僕の救いの主、異母妹のカッサンドラが僕に話しかけてくる。


「アレクサンドロスお兄ちゃま、あっちでリバーシであそびましょう。」


「うん。いいよ~。」


「あ、ちょっと、アレクサンドロス様、アレクサンドロス王子~。せめて粘土板の片づけ手伝ってください~。わたくし、腰が~。」


 パピルスは聞いたことがある。たしか古代エジプトの紙だったか?


 文献を調べて古代史・西洋史の知識のあまりない僕に推測できたのは、まだローマ帝国もイエス・キリストもまだまだ誕生してない遥か昔の時代のギリシャ文化圏のどこかではないかということだけだった。


「おや、アレクサンドロス様、今日もお勉強ですか?」


「あ、アイネイアースさん。そういえば、また海賊退治で大活躍したんだってね。」


 アイネイアースの父はイリオス王族に連なる出身のため、アレクサンドロス(パリス)にとっても遠い親戚にあたる。

 そしてイリオス海軍を率いる将軍として、この近辺の海では知らぬもののいないイリオスきっての勇将である。


「ありがとうござます。たった今、その件を陛下に報告してきました。

 徹底的に叩いては来ましたが、昨今、農作物の不作、山賊や魔物の跋扈などで賊になろうとする者が後を絶たない状況では、残念ながらまだまだ戦いは続きます…。」とアイネイアースの表情が曇る。


 そして気を取りなおすように続ける。


「あ、そうそう、折角ですのでこちらをアレクサンドロス様に差し上げましょう。」

 と、僕に、羊皮紙に書かれた一枚の地図をくれた。


「海賊の根城にあった戦利品の一部なのですが、なかなか精密に書き込まれた地図で、おそらく海賊が商人から奪ったものだと思われます。

 プリアモス陛下もヘカベー王妃もいらぬとおっしゃられたものですが、パリス様のお勉強にお役に立つのではないでしょうか。」


「ありがとう。アイネイアースさん!へ~、この地図、凄いね。ここがイリオスかぁ~。アナトリア半島側なんだ。測量方法もなかった時代のものとは思えない精密さだね。」


「アナトリア半島?測量?」


「あ、いや、こっちのこと。とにかくありがとう!最高のプレゼントだよ!!」


 海の西あるアテネやスパルタなら僕も知っている。ギリシャだ。

 つまりここはエーゲ海の東側、のちのトルコにあたる地域の数多くあるギリシャ人の植民都市国家のひとつで、エーゲ海とマルマラ海を繋ぐダーダネルス海峡のエーゲ海側の出入り口にあたる辺りのではないだろうかということだけだった。


 ここは海峡の出入り口にあたるだけに貿易が盛んで豊かな国らしい。


 貿易の他にも、海軍を組織し海賊退治することでマルマラ海やその向こうの黒海とエーゲ海の通行の安全を確保する代わりに通行料を取って富を蓄えているようで、街は立派な石造りの城壁で取り囲まれている。


 が、僕の前世の知識では、イリオスなんて地名はしらない。パリスなんて名前も聞いたことがない。おそらく僕は歴史に名を残すような人物ではなかったのかもしれない。


 知識無双かぁ。農業無双?農業の知識ないよ。科学の知識?そのもありません。おもちゃ?1セットしか売れなかったリバーシくらいしか思いつきませんでした。

 これでは未来の知識が生かせない。こうして未来の知識で無双する僕の夢は早くも崩れ去り、徐々に前世のことを思い出さなくなっていった。

本当は?(神話では)アレクサンドロスは幼少期に捨てられてからパリスという名前になるようです。


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