野営
「アシアもいいところだけど、トラキアものどかでいいね。」
「そうですね。この辺りは牧歌的ですね。」
「人は少ないし、魔物は弱いし。ふぁ~あぁ。」
「パリスさま、油断大敵ですよ。」
「それにしても、さっきの町の宿は満室だったし、この先の村には宿はないって言うし困ったね。」
「ちょっとのんびりし過ぎましたかね。それか、ちょっと早かったですけど、その前の村で一泊しておくべきでした。でも初野営、ちょっとわくわくします。」
「じゃぁ、この辺で野営しようか?」
「そうですね。」
僕たちは日が沈む前に街道脇の開けた場所で野営の準備をした。2人で薪になる木の枝や薪を集め、火起こす。火起こしがあるから、さほど苦労はしなかった。
アプロディーテの手料理は、【料理】のスキルがあるとは言え、手持ちの食糧だけで作ったとは思えないほどとてもおいしかった。豊穣の神でもあるアプロディーテの手にかかると手持ちのどんな食材でもおいしくなるのかもしれない。
「寝ずの番なら任せておいて!」
「パリスさまにそのようなことをさせるわけには…」
「いいって、いいって。羊飼いで慣れてるんだ。」
夜も深まり、アプロディーテも寝静まったころ、羊飼い時代に培った僕の【索敵】スキルに反応があった。
反応のある方に目を凝らす。【暗視】スキルで暗闇でも魔物を見つけることができる。草原の中にある岩場の影から動物らしきものの姿が見える。イエローウルフだ。
イエローウルフ程度なら羊飼い時代追い払ったことがある。ただ数が多い。一人で相手できる数ではない。これはアプロディーテの力も借りないと無理だ。
「アプロディーテ!イエローウルフだ!数が多い!」
アプロディーテが体にフィットした薄手の白シャツ一枚にパンツのみというセクシーな姿のまま慌てて出てくる。
「イエローウルフですね。全頭【暗視】と【嗅覚向上】のスキルを持ってます。あれとあれとあの3頭、それからあれは【縮地】と【噛付き】、【頻尿】なんてスキルも持ってます。後はあれとあれ、それからあれとあれも【噛付き】のスキルを、あとあれは【長駆】を持ってます。それからあれは…」
さすがに【頻尿】は要らないな。明らかにバッドスキルだもの。【暗視】は既にもってるし、【嗅覚向上】はアプロディーテのいい香りに耐えられなくなりそうなので優先度は低い。とりあえず、あの【頻尿】持ちの一頭を除いて僕は片っ端から【スキル移動】を試みる。そして前頭トライして【縮地】だけなんとか奪うことができた。
そしていざ、イエローウルフを追い払おうとした瞬間、イエローウルフ達が逃げて行った。
「パリスさまが【縮地】を奪ったのは群れのリーダーだったようですね。飛びかかろうとした瞬間、いきなり自分のスキルが消えたものですから、驚いて慌てて逃げたのでしょう。わたくしはもうひと眠りしますね。」
「うん。起こしちゃってごめんね。」
「いいえ、いいえ。敵がどんなスキル持ってるのかわからないと危険ですからね。あ、パリスさま。わたくしの【鑑定】、パリスさまがお持ちになってる方が便利なのでは?」
「固有スキルは移動させられないんだよ。」
「そうでしたか。差し出がましいことを言い申し訳ございません。ではもうひと眠りさせていただきますね。」
それにしてもアプロディーテの姿、セクシーだったなぁ~。白だったなぁ~。揺れてたなぁ~。ポチっとしてたなぁ~。
おっと、いけない、いけない。沈まれ、俺よ沈まれ!!
ん~と。他の事を考えよう。
あ、戦う前にスキルを奪ってしまって相手を混乱させるというのは有効な手だな。
スキルを使おうとして使えなかったら、そりゃびっくりするもんな。
アテーナー様はレベル低いうちは簡単には移動できないって言ってたけど、今のところ必要な場面では上手くいってるし、意外と使える手なのかもしれない。
そんなことを思いながら、何事もなく朝を迎えた。
精神的には宿に泊まるより野営で寝ずの番をしている方が楽かもしれない。