八、
八、
金属音が魔法の世界に響く。ハーモニカを手に持つ老人が見上げた夜空の、空虚なAuroraが私を遮った。深い泉で清流を焦がすような、陽光が眼差しだけで人を刺す。恐れたままの火鉢が真鍮の輝きを取り戻した。
新緑のドレスを花の精と見間違えるように着付け、疑わしい幸の竜は心の縁に閉まっておいた。女性の美しい歌声が、宵闇の蝋燭に揺られる大気となって私を誘う。ベツレヘムの女神達が、登場人物となって海の上を渡るのだろう。
ベッドやクローゼットが置かれ、細かい装飾で客の目を喜ばす寝室から出てみれば、宴会場へと向かう人々で辺りは埋め尽くされていた。
「あ、ごめんなさい。」
ぶつかってしまって謝るが、彼等は気づきもしない様子でカツカツと靴を鳴らす。押しやられるように花瓶と1つになっていると、急に息が苦しい様な気がして目を伏せた。
肩から掛けていたショールを手で握りしめる。鬱々とする気分とは反対に、果物を分け合う青年達の絵に見とれてしまう。ほっと息を吐いていると、また紳士達が視界を遮ってきて、私は黙りこくった。
寝室とバスルームしかない部屋の扉を開けた先は、すぐ廊下になっている。海が見渡せる気持ちの良い場所であったなら良かったが、残念ながら此処は船内だ。せっかくの船旅も、わざわざ外に出ようとしなければ船の中だけで完結してしまう。それは、踊り子が花園に囚われたまま眠り続けることと同じ。私がすべき事は、夜風に当たりながら暗い海の底を眺め、普段は見えない方角の星々と共に、活字達と向き合うことだと言うのに...。
わざとらしく下げた婚約者からの昔の贈り物を指でいじる。ペンダントは、百合の花が閉じ込められた綺麗なものではあったが、今の気分を高揚させるほどの効果はなかった。
「すまない!待たせてしまったね。」
いよいよ壁の隅に縮こまり始めた私の手を、隣の部屋の扉から現れた青年がそっと掴んだ。
「ペンダントを付けてくれたんだね。これが似合うレディに育ってくれて、本当に嬉しいよ。」
「...そう。」
自然と踏み出される歩調に合わせつつ、私は何か褒めるべきだろうかと、青年を見上げた。
「...。」
紫の正装に身を包んでいることには、センスを覚えたが、あまり特筆すべきことがなかった。耳に飾りをつけ、栗色の髪を遊ばせている以外は特にいつもと変わらない...。
「似合ってる。」
取り敢えず絞り出してみた言葉も、群衆の波に薄まって彼には届かなかった。
一つ二つと数えて消えていく、鍵の途中で退屈気味のお姫様。黒い髪を三つ編みにして雪の精霊のように、白いケープで首を覆っている。全てが、情景を指し示す言葉。けれど、君には届かないのだろう。
「大気圏が海を侵食して、渦巻く心に温かさを求める夜…。」
「何だって?」
歌うように呟くと、彼は困ったように笑った。
「不思議なとこは今も健在なんだね。」
私は、その言葉に黙りこくって大人しく彼のエスコートに従ったのだった。
素敵な船の舞踏会へと向かう二人ですが、少女ちゃんの方の雲行きが怪しいな…。
いつかは仲良くしてほしいという願いを込めつつも、久々に出会った婚約者と七つも年の離れた少女だったら、このくらいの距離間でもおかしくない気がする…。
最近は詩を書いたりもしているので、なかなか小説を書く時間もとれていませんが、一週間に二回の投稿頑張らんとな。では、また!