七、
七、
「じゃあ、またディナーの時に。」
「あ、うん。」
それぞれに用意されている部屋まで戻った私と青年は、軽い会釈を交わしてドアの前で別れた。何処と無く無愛想な扉を閉めて、溜息を付く。今すぐ机に駆け寄って、途中だった色塗りを再開したいと思いつつ、ぐっと堪えて洗面台へと向かった。
魔法の掛かった汽車。3人がかりの靴。古いクローゼット。アンティーク調に揃えられたバスケットは、欲しい人だけ拾っておいで。夢物語には必要のないバスタブに浸かりながら、心にもない黄金の妖精を水面に浮かべた。
「ふう。」
温かさに身を委ねて、青色の壁に反響する声を聞く。透明な泡を掬い取れば、天界のデフラグを感じ、癒しのヒーリングミュージックに束の間の安息を覚えた。水滸伝の蔡京が涼やかな笑みを、星の王子様は達観した眼差しを。永獄中の姿に、輝石の再本を見るだろう。
それは、また絵本とも言う。外線の風景に逸脱した貝殻を混ぜ、流れ打つ記憶を辿る作業。クマが世界征服に繰り出したかと思えば、この青い浴室のように図書館じみた憧憬を書き写す。白い煉瓦を焼いた、爺やは目を伏せ。スーホーを呼び覚ました、御伽話の王様が味を添えるだろう。
「なんだか、疲れちゃったな。」
呟いた音が反響するのを聞き、そこで私は思考を止めた。数年ぶりの婚約者との会話に案外、疲弊していたらしい。タオルに押し込んであった黒髪を広げて、固まった肩をほぐすように首を回す。軽い音共に、蓄積された虹色ファンデーションが解けていくのを感じた。
「はぁ。」
憂鬱さの中に夜の気配は忍び込み、そろそろ始まるだろうディナーの為に、着飾ることを私に強要する。このまま湯船で、ぶくぶくと息を吐いていたかったような気がしてならない。けれど、何とか立ち上がった私は、眠気を飛ばすように縞模様の黒猫を思い浮かべたのだった。
素敵な青い、お風呂を連想して書きました。シャワー室と一体化したタイプの浴室です。
確率誤差の講義を聞きながら、文字を打っていたので僕の頭の中は踊り子のピエロが相殺した大海原に投げ出されていましたね。授業中、特に数字が出てくるタイプの講義で文章書くのは良くないわ…。
次回は、婚約者くんとのディナーになるのかな?素敵な夕食を用意したいと思いますので、お楽しみに!