第一幕 三、
第一幕
三、
「はぁ。」
凱旋門の祝福を期したかのような別れを惜しむ人々。タラップの前で共に乗船する人物を待ちながら、私は溜息をついた。手を掲げて太陽を眺めれば、燦々とする光量に目を瞑る。一振した両極端の妖精が私の肩に止まるよりも早く、旅行カバンを足元に置いた。
「遅いな...。」
風船売りが幼い子に鍵付きのオモチャを渡す。花束を送り合う人々。雑然とする民衆は旅行カバンの上に腰を下ろした十四歳の少女には目もくれず、タラップを登ってゆく。
ふと黄色い横断幕が視界を横切り、私は背後に佇む巨大な蒸気船を見上げた。
「NAZARATH...。なんで、地名から取ってるの?」
白いラインを描く船舶。黒い文字がナザレを刻んでいる。廃屋の蕾から咲いたエジソン。機械的で無骨な筈が、シャープな螺旋を描いていた。正直言って、この船旅は望んだものでは無い。よく知らない人と向かい合って座るだけの、絵にならない退屈な物だ。それでも、こうして周りを見渡せば笑顔の人々と青い空に飛び交う色彩の風船。貴婦人が広げた日傘は午後3時の、ひしゃげた陽光に染まり、思わず筆を取りたくなった。
「もう、行っちゃおうかな。」
独り言も飽きた。組んだ足を入れ替えて、このまま絵本でも読んでいようかとも考えたけれど、この人混みの中でトランクを開けるのもはばかられる。ため息交じりに、子供たちが手に持つ粉砂糖を小洒落た帽子屋に注ぐ、悪い夢を見た。
「…。」
針の無い腕時計によれば、現在時刻は午後三時十五分。出航までに残された時間を鑑みれば、彼を来ないものとして扱ってもよさそうな時間帯だった。私は半ば諦めてトランクから腰を上げると、絵本や着替えの類が詰まった重いトランクを持ち上げた。もちろん、ドラゴンの卵と魔法の迷宮に繋がる言葉なら、梱包済みだ。
風が強く吹いて、青い生地のスカートが膨らむ。つばの広い帽子を押さえながら見上げる、雲のない空は、私の心を撃つ様だった。
「結局、何も変わらない…。」
この海が陽光に輝き、カモメが飛び交う港町に歓喜する心があるだろう。レンガ造りの家々。通りを行き交う荷馬車。そして、何よりも愛情深い抱擁を交わして去り際にキスを交わす人々。船に乗り込む寸前まで互いを理解し合った瞳が交わる姿に、私の心は何故かフレームに収めた白黒写真を思わせた。
三輪張りの汽車。魔法のかかった靴。炎を灯す地中海。すべてが情熱と言う名のエンドレスになって物語を描き出す。
「けど、それは結局のところ私の妄想なのよね。」
そして、ざわめきが聴覚を呼び覚ました。何もなかったかのように、全てが空想に繋がらない非現実的な世界が戻ってきてしまう。
「別にいいんだけど。」
この場所が私によって守られていれば、それで。
日記に完結の印を付けるように、意味のない行動。重すぎる旅行鞄と、いつまでたっても現れない婚約者様の姿を探すことに疲れたのだろう。私はとうとう、冷たい飲み物と椅子を求めて、荷物を受け取ってくれた乗組員と共にタラップを上ったのだった。
婚約者くんは一体、何をしているんでしょうね…。少女ちゃんは気にしながらも、さっさと船に乗船しちゃうし。なんだか、自由に動き回ってるキャラたちだな。これから徐々に船での旅を書いていくわけですが、船の知識がアヒルさんボートで止まっている人間なので、不安しかないですね。まあ、まだ始まったばかりなので何とかなるでしょう。
ぜひ、続きも楽しみに待っていてください!