十六、
先週の金曜と今週の月曜。体調不良で、小説の投稿をお休みしました。もし、楽しみにしていてくれた人、いらっしゃったら申し訳ありません!11月って、なんか体調崩しやすいんよな…。
まあ、そんな僕の話は置いてといて。ようやく、フルート奏者が出てきました!長かったな…。一応、メインの登場人物なのに第二幕になってようやく出てくると言う…。本当に船酔いだったんですかね?
これから先は、フルート奏者と絵本作家の少女。そして、婚約者の青年がメインのストーリーとなってきます。もちろん、彼の貴婦人も偶に少女と、午後のティータイムを催していたり…。
この先のストーリーもぜひ、お楽しみください!
十六、
微睡みが暗い海の余韻を誘う。
「ん...。」
眠さの残る瞼を開けると、大気が渦巻く夜が訪れており、私は思わず驚いて辺りを見渡した。どれほど、長く眠っていたのだろう?眠りすぎたせいか、体には倦怠感が残り、少し暑いはずだった空気が冷たい物に変わっている。
「さむ...。」
何か羽織るものを探すが、月と船内の照明に照らされた世界には、見つからなかった。
「不思議と子守唄が聞こえてきそう...。」
立ち上がって、寒さに身を震わせながら、私は海の傍へと近づいていった。漣の奥に聞こえてきそうな精霊達の笑い声。星螺の世界で、ただ1点の白日を臨む喜望峰を、夢に見た。海と言えば、その現象、その歴史を思いつく。人々は訳する気持ちに急かされて、まるでバグの様に夢を飲み込んでいく。良い夢をと、キスをする大人達が絵本の物語を信じていないのと、また同じであった。
「ふぅ。」
手すりに掴まって目を閉じた。風を感じると、髪が夜風に透き通っていく。
心に想い込め、本当の色は何色ですか?そうやって問い掛けた蠍座が、彼方の雲に見えるような。そんな気がしてた。北極星が私を呼ぶから。
作風に刻み込む、モノガタリアの王国で...。
「それは、桃色の先立ちで俺達の音楽を呼び覚ます。風に乗って、ふわり惹かれ。生まれた双星を刻むだろう。」
「!?」
驚いて後ろを振り返る。
「そう、続けたかったんじゃないのか?」
「あ...。」
驚きすぎて、上手く声が出なかった。黒髪に紫の瞳が鈍く輝いている、青年。月夜に手を翳した姿は、どこか世迷言の様に不可思議で危なっかしい。私は傍に寄ると、彼を見上げた。
「そう、ね。」
私が頷くと、彼は優しげに笑って海の方へ視線を移した。仄かな明かりに照らされて、切れ長の瞳が怪しげに光る。黒髪は風に揺れる度に、彼の頬にかかった。紺碧の月を見上げ、二人の視線が噛み合っても、しばらくして互いの世界に耽ける。けれど、時間だけが流れる中で、退屈になったのだろうか。彼は、華麗な技でコインロールを始めていた。癖なのかは分からないが、手の動きは淀みない。キンッというコインの音が心地よく、潮騒に紛れて消えていくようだった。
「有限の月を欲しがる人々の、ケルトを新章に移して、最愛の鬼才を羨む。」
彼が歌うように呟く。私とは違って、音の韻よりもリズム感を基調とした様な言い方に、彼が音楽に精通する人間であることを知った。
「遥か、彼方。光を崇め、神の怒りを収めた人々は、私の為に唄を綴った。時を戻さぬ月光の誕生の意味さえ分からずに。」
「俺は、世界の断りを知った振りをする信仰者。日の沈みさえ冴えわたる悪意。お前はどうだ?フルートを奏でて、海に沈む楽園の傍、知らずに君を守り続ける。」
フルート奏者…。少しだけ記憶をかすめたような気がしたが、私は首を振ると、彼との問答を続けた。
「航海の巡りは還らない。貴方の手を取って進むのが、廃炉なら。青い翼が神殿を汚す前に、頁を破く手を止めて。親愛の情を捧げよう、よくある風景を見飽きた少女たち、午後の羊にとって成り代わる。」
「それを牧歌と呼ぶならば、お前はきっと成りはしない。俺は、星々を太古の深淵に眠らせる旋律を奏でるだろう。楽譜が俺の生き様を決めるのだから。」
「…。」
私は、少し疲れて息を吐いた。ここまで、互いの印象を伝えるのに苦労したことがあっただろうか?彼は生き一つ乱してはいなかったが、楽しそうに自分がワイシャツの上に羽織っていた上着を私に羽織らせてくれた。
「ここまで、楽しいと思ったのは初めてだったよ。お嬢さん。」
「私も、同じよ。」
一瞬だけ、視線が絡んだが直ぐに逸らす。そのタイミングが、まるで同じだったことに二人は苦笑した。
「貴方は?」
「まあ、普通にフルート奏者だよ。最近まで、船酔いがひどくて船室に籠っていたんだけれど、ようやく外に出てこれたんだ。そして、お嬢さんに出会ったわけだけど。お嬢さんは?」
「私は…。」
一瞬、自分について何を言うか迷ったが、彼なら大丈夫だろうと思い、言葉を発した。
「絵本作家よ。この船には、婚約者と共に乗せられたの。」
「両親に?」
「ええ。」
頷くと、彼は口笛を吹いて、なおも続いていたコインロールを人差し指で弾いて、手の平に収めて見せた。
「絵本作家か。だから、俺の言葉で此処まで想像を広げたんだな。」
「貴方も、私の世界に上手いこと入り込んだでしょ?」
「俺は音楽隊に属しているからな。誰かの言葉をくみ取るのは日常的なんだ。」
うっすらと細めた瞳に、月浴の神々しさが映り込んだ。指先で捕らえたままのコインが、私の視線を奪う様にチカチカと明滅を繰り返している。
「お嬢さんは、体が冷えているようだから。もう、船室に戻って体を温めな。」
「そう、ね。」
俺はもう少し、風に当たっているよ。まだ、船酔いも冷めきってないしな…。そう言った彼に別れを告げて、私は船室へと戻っていった。戻る途中で見つけた、柔らかな光を示す洋灯に何故か、彼を見る。夜風に攫われてしまった様な、彼との邂逅に私は思わず笑みをこぼしたのだった。