十二、
十二、
「桟橋を裸足で歩いて、カモメが呼び合う空気の気泡。手を伸ばすと、二元世界の太陽が私に照り付ける。」
歌うように詩を述べながら、木製の板の上を歩く。白く塗装された手摺に手を添えて、誰もいない船の上を歩いた。この蒸気船はタイタニック号よりは小さく、私が船首から船尾まで歩くのに大した時間はかからない。けれど、船尾の近くにあるテラス席から甲板室などがある場所をぐるりと回りこむのに、青すぎる世界が私を巻き込んでしまい、前に進むことは難しかった。
「流れに乗せられた筏の少年。青い空で釣り竿に魚を付ける彼の心境とは?」
手摺に、ふわりと座る。着ていた白いワンピースの裾が風で海の泡のように漂い、落ちそうになった帽子を手で押さえる。斜め掛けのかばんに入った、絵本を描くための道具と何枚もの紙。それが、この海に飛ばされていったら、どんなに奇麗な景色が見えるのだろうかと。少しだけ空想をしてみたが、猫さんの叫び声が聞こえてきそうだったのでやめておいた。
「あら?」
ぼんやりと、地平線に見える小さな島を見つめている。すると、細い女性の声が右側から聞こえた気がして、ちらりと視線を移した。
「貴女、あの時の…。」
優しそうな笑みを浮かべた女性。
「先日は、突然ごめんなさいね。可愛らしい方だと思って、お声掛けしたのよ。それなのに、私ったら名前も聞かないで…。」
あまり距離を詰め過ぎないようにしているのか、苦しくない程度の距離間で話してくれる。私は星紡ぎの糸を見つけた気がして、女性をじっと見つめた。
「よかったら、教えて下さらない?」
少しばかりの思案。薄ピンク色の軽い生地でできたワンピースに、控えめな装飾品の彼女は、上品な笑みを浮かべながら私に名前を聞いてくる。正直、どうして私に声をかけてくるのかは、よく分からない。けれど、私は視線をずらしながら、ぽそりと呟いた。
「好きなように呼んでくれたらいい。」
「ええ…。」
困惑が冷たい海風の様に、私に突き刺さってくる。刺繍された繊細さが彼女の目に飛び込み、考え込むような仕草が私を安心させた。
「そうね…、こういうことはどうも苦手なのよ。昔はもう少し想像力があって、お人形さん達に名前を付けることもしていたはずだけれど…。」
純粋に名前が思いつかないらしい。私は手摺から床に降りて、地面に足を付けた。
「なんでもいいわ。」
「そうね…。」
ホライゾンブルーの瞳は、金髪相まって夕陽を見ている気持ちになる。今はもう朝方ではないのに、昇り行く太陽。もしくは沈みゆく陽光を見ているような。しかし、その眉間にはしわが刻まれ、険しい顔は真剣に私をどう呼ぶのか考えていることが分かった。
「ごめんなさい…。全く思いつかないわ、少女ちゃんでも構わないかしら?」
数刻ばかり彼女を見つめる。
「いいよ。」
ちょっと、ひねりの無さに驚いたが、逆にシンプルでいいのかもしれない。申し訳なさそうにしている彼女を見ていると、自然と笑みが零れた。
「これから一か月もあるんですもの。仲良く…とまではいかなくても、お茶を飲みながら話に花を咲かせるのも、素敵じゃありません?」
「旦那さんは?」
「あの方のする話は難しくて…。投資やら政治やらと夢がないの。もちろん大好きな夫ではあるのだけど、ティータイムに呼ぶのは少し…ねえ?」
くすっと笑う彼女に、少しばかり同意する。
「うん。」
仄かな紅茶は、私に彼女を受け入れさせ。白銀の継承は美しい青を呼び覚ます。新たに私の世界に触れてくれた人へ、私は淡泊ながらも精一杯うなずき返したのだった。
友達ができた、のかな?
少女ちゃんの冷たい態度にも負けずに、優しい言葉をかけてくれた女性。どうやら、彼女は話友達が欲しかったようですが、この二人ってどんな会話するんだろう…?
僕が書いてる小説だけど、僕も不思議でならない。