08 辺境の変人
翌日は適度に声を掛け、掃除をする。
結構な自由時間が出来たので、読書に没頭する事にした。
俺は床になんて置けないので、ベッドに並べていく。
題名は___
「お家のお手伝いできるかな?実用編」
「アウローラの足跡~森林と伝統~」
「フィーニスの手記」
「植物図鑑【秋】」
「オリーゴ騎士団の冒険 第一巻」
「 」
他にも4冊あったが、俺の知らない言語で書かれている。
流し読みもしたが、挿絵はなく文字のみなので断念した。
題名のない本を差し置いても、ジャンルがバラバラで無節操だ。
全部見た事のない本で胸が高鳴る。
しかし1番目を引くのは「お家のお手伝いできるかな?実用編」だ。
ノクスさんの年齢的に浮きすぎているし、こんな内容に貴重な紙を使う事に驚きを隠せない。
題名のない本も気になるが、俺の年齢的にもこの本を読んだ方がいい気がする。
この懸念は今更な気がするし、ノクスさん相手に無駄かもしれないが。
「……。」
目次で既に後悔している。
しかし見紛う事なく、「魔力」の文字がある。
魔法使いや魔獣が恐れられる中、こんな本がでていていいのか?
顔面蒼白しながら、震える手でページを捲る。
ふざけた名前の小説かもしれないと、淡い幻想はすぐさま壊される。
これは生活に必要な魔法の指南書だ。
無意識に顔をあげると、ノクスさんと目が合う。
偶然ではなく、彼女はまるで俺を観察するかのように、体ごとこちらを向いている。
転生者として諸手を挙げて喜びたいが、この世界の常識を考えると、機嫌を損ねれば死ぬかもしれない。
先に何か言ってくれないかと、口をはくはくさせながら、目を泳がす。
「……っ…は…。」
緊張で、小さく息が乱れ始めた俺を、変わらず真顔で見つめてくる。
その顔がどういう感情で、正解は何なのか理解できないが、俺からのリアクションを期待されている。
「ノクス、さんは…っ魔女、なんです、か?」
前世も込みで長い間生きてきたが、今が一番怯えている。
俺ってこんなかすかすの声がでるんだ、なんて思考を放棄してしまう。
「うん、君と一緒。」
「……えっ。」
俺は普通の親から生まれた、普通の子供だ。
普通の子供は言い過ぎた、転生者ではあるが魔法なんて身に覚えがない。
「隠さなくていいよー。ばらす気ない。」
「本当に違います。俺、…そんなんじゃ、ないです。」
真剣に否定する俺に、前後逆に座っていた椅子から降りて、近付いてくる。
ベッドに座っている俺の手前、床に直で座る。
「鼻が利く方?」
「ふ、普通だと思います。」
「魔力は大なり小なり溢れて、香るの。」
魔法使いは攻撃性が高く、簡単に人間を殺せる術を持ち、突然現れては人を攫う。
街を沈め山を消す、話も常識も通じない、人でなし共。
そんな前提をあざ笑うかのように、目前の魔女は理知的に話し出す。
「魔力は素晴らしいよ、何でもできる。洗濯をする時を思い浮かべて。」
水を井戸から用意して、石鹸を泡立てる。
乾かす為には、暖炉や日の光使う。
風もあれば、より早く乾く。
「今考えた必要な手順は、魔力で代用できる。」
畳んだ服がひとりでに動き出す。
「位置エネルギーと運動エネルギーは想像しやすい。自分がいつもやっている動きを思い浮かべるの。」
彼女が両手で皴を伸ばすような動きをすると、離れた場所の浮いている服が、パンパンッと乾いた音を出し皴を伸ばす。
「次に水。温度は、味は、色は、重さは?」
何もないところから、水が溢れ出す。
宙に浮いた水と服が近付き、くるくると回る。
いつかのCMで見た、洗濯機を透明にしたイメージ図みたいだった。
「そして石鹸。固さは、味は、色は、香りは、何で出来ていて、どういう過程で作る?」
何もないところから、複数の液体や、植物が現れる。
空中で混ざり合うと、みるみる固まり石鹸らしくなる。
「具体的に想像できると、魔力の消費が少なくて済む。余った魔力でまた別の事が出来る。」
現実みたいな、合成映像で出来た魔法を見てきた。
目の前で合成映像のような、現実の魔法がある。
洗濯を終えた服は、みるみると乾いていく。
秋には場違いの、春を思わせる暖かい風が吹いている。
つい先程まで、冷や汗をかいていた額に、実に心地良い。
「魔力が使えるから、色々省略できて、国はとても豊かになった。」
服はきっちりと畳まれて、お行儀よくトランクケースに納まる。
鮮やかで美しい光景に、知らない間に口が開いていた。
「だからこんな不便な所に居る魔法使いは珍しい。興味が湧いたから、魔力の香りを追ってきたの。」
「それが俺…?」
夢のような心地の俺に、魔女は現実を教える。
「君はこれからどう生きる?」