07 離れの小屋
「勿論、1人です。」
言い知れぬ恐怖と裏腹に、彼女の口から出た言葉は、一応の納得が出来るものだった。
獣避けのように、魔獣避けを開発している事。
反対の効果がある、魔獣寄せも開発している事。
その為には、討伐を目的としている騎士団と一緒に行動はできない。
かといって危険な行為なので、護衛として誰かを巻き込みたくはないと語った。
「納得していただけましたか?」
渋々認める家族に、毅然とした態度のノクスさんは、長期滞在まで勝ち取った。
ご足労頂いたので無下にできないでいたら、追い打ちをかけるように宿泊費を出してくれた。
食事や薪の準備等、色々出された条件が霞む程の大金だ。
父と言う稼ぎ頭が負傷した今、断る理由はない。
翌日、父の熱が引いた。
祖父曰く、今まで見たどの医者より、丁寧で迅速な処置だったようだ。
それどころか、痛み止めや炎症止めは効果抜群で、父は本来の明るさを取り戻していた。
「いやァ、ノクスさんには頭が上がりませんなァ!」
「いくらでも滞在してほしいくらいです!この村にお医者さんは居ませんもの。」
「ノクスさん、本当に、ありがとうございます。」
「困った事があれば、言ってくださいね。」
礼を言う為に母屋に呼び出して、家族総出でもてはやす。
食事をしながら、されるがままにしていたのに、ゆっくりと指をさす。
「じゃあ彼を借りてもいいですか?」
空気が読むのが、苦手なのかもしれない。
それか、他人を困らせるのが好きな人だ。
「俺は大丈夫ですけど…何もできませんよ?」
6歳児の小さな手を、わきわき動かす。
しっかり喋るが、同い年よりやや小さい背丈の俺に、初対面のノクスさんは何を望むのか。
「怪我人や、その代わりに働く人には頼みずらいのです。」
怪我をした父と、穴埋めの祖父、それに家事や看病をする母を示唆する。
だが魔獣警報が発令してる森に、幼い子供を向かわせるのは酷だろう。
「集中すると周りが見えなくなるので、ご飯やお風呂をとるのを忘れてしまうのです。行き帰りを大人の方に送って頂ければいいので、小屋で過ごしてみませんか?」
「つまり簡単なお世話係って事ですか?」
「そうです。無茶はさせませんし、君には給金を出しましょう。」
「やります!」
断る理由がなかった俺は即決した。
大人達は口々に俺を戒め、ノクスさんには不安を伝える。
主に6歳に荷が重いという主張は、田舎の相場等知らないと言わんばかりの、大金に押し黙る結果になった。
祖父に護衛され、離れについた瞬間、俺は言葉の意味を理解した。
「ノクスさんって片付け下手なんですか?」
「しないだけです。」
まごうことなき汚部屋だ。
本当に滞在して1日なのかと疑問が浮かぶ。
狭い部屋の床が、色々な物で見えなくなっているのが、1番のドン引きポイントだ。
基本家の中でも靴を履くので、床は汚いのに躊躇いすらない。
質のいい服や、高価な紙が無造作に投げ捨てられ、トランクケースは開けっ放し。
大小さまざまな私物が点在し、飲み食いした食器は置いたまま。
「ギャア!」
床にばら撒かれている高価な紙に目もくれず、土足で歩く姿に、思わず悲鳴が出る。
「動かないでください!床を先に綺麗にしますから!」
「嫌です。」
「そんな事言わな…ウワッ!!」
ずかずかと歩きながら、コートを脱ぎ床に捨てる。
7歳らしい7歳のムルタの方が、まだお行儀がいいかもしれない。
大人びた6歳のオムニスより、手がかかる事は確かだ。
「あー…、うん?ありましたよ。」
乱雑にトランクケースを引っ張ると、床に散乱していた紙が、ぐしゃりと嫌な音を立てる。
しかもそのまま引き摺ってくるせいで、無残な紙が増えていく。
質の悪い紙1枚でさえ、肉1kgと同じ値段だ。
「うわうわうわ、やめて、やめてください!」
物の価値がわかるだけに、紙を踏んで近付くには気が引ける。
おかげでトランクケースに、大勢の紙が蹂躙された。
「何も無い時は読んでていいですよ、好きですよね?」
「これは…。」
数冊の本があった。
暇つぶしは有難いし、俺は本が好きだ。
しかしそんな事、言った覚えはない。
疑問を聴こうとした頃には、ノクスさんは既に自分の世界に入っていた。
机にかじりつき、何かを書いているだけ、ましなのかもしれない。
本は読みたかったが、まずこの部屋を片付けなければいけない。
この日は、お互いに黙々と作業を行った。