03 村長の家
村で1番大きく、集会場としても使われる村長の家は、客間も清潔で居心地がいい。
珍しい煉瓦造りの家は上品で、一目で立場が高い者の住居だとわかる。
この地域に地震は無く、家の質はそのまま経済状況と直結する。
我が家は木造だが、なんと3軒も持っている。
暮らす用と、肉を加工したり捌いたりする用と、冬に森を警邏する時に使う休憩用だ。
森番なので仕方ないが、村から離れていて、しかも家同士も離れている。
経済的余裕ではなく、必要に駆られて建てた家だ。
「イデア君、本当にありがとうね。」
「気にしないでください。村長にはお世話になってますし、お給金もいただいてます。」
村では贅沢品に位置する、紅茶と砂糖が使われた焼菓子を出される。
口の中で唾液が溢れ出るが、がっつきすぎず話を優先する。
旅立ちの資金集めに、こうして村長の家で収穫物の資料作成をしている。
余談だが砂糖も貴重で、村の商店には売っていない。
街に出て買うか、偶に来る商人に高値でお遣いを頼む他ない。
「オムニスもどうやったら、文字に興味を持ってくれるかなあ…。」
「折角家に本が沢山あるので、まずは読み聞かせとかどうでしょう。」
俺はこの村長には変人扱いされているので、惜しげもなく子供ぶるのをやめる。
というのも、この家の本が読みたくて、一時期毎日頼み込んでいたからだ。
年齢を考えると異様だが、あの時の俺は娯楽に飢えていた。
文字を覚えたかったという理由もある。
「イデア君の体験談かい?」
「ええ、絵本が1冊あります。我が家の宝物です。」
本はこの世界で、気軽な物ではない。
紙が高価なせいだが、羊皮紙の本は一点物になるので言わずもがなだ。
我が家は裕福ではないが、俺が生まれた時に祖父の友人が贈ってくれた物がある。
「絵本は持ってないんだよねえ…でも絵がついてるし、いきなり本よりはいいかもね。」
「お貸しできるか、家族に聴きますか?勿論お金は貰いたいですけど。」
「本当かい!是非お願いしたいよ。これも馬車の資金に?」
「勿論です。でも馬車代以外も稼がなきゃなんです。お土産代とかも欲しいですから!」
詳細は濁して、子供らしい笑みを浮かべて答える。
俺とムルタが街に行きたいのは、狭い田舎では周知の事実になっている。
ムルタは家族と大喧嘩したからで、俺は色々な所で資金集めをしているからだ。
「計算の本もすぐ読んで覚えてしまったし、イデア君は賢いね。」
転生者を隠す為に、建前の1つだ。
村長の家で本を借りた事は、かなり便利な言い訳になっている。
おかげで俺は神童扱いの異常な子供だが、気味悪がられる程ではない。
前世の記憶を持っている俺と違って、オムニスは本当の意味で賢いと思う。
賢いから口が裂けても、家業を継ぎたくないとは言えない。
村長の息子としての自分の立ち位置や、恵まれた環境を理解している。
年の割に落ち着いていて、伝える事・伝えない事を判断できるのも相当出来が良い。
それに文字こそまだ読めないが、大人びた口調で順序良く話す。
俺が同い年の時は、もっと馬鹿だったと思うくらいだ。
「計算をする機会が多かっただけです。猟師の子ですから。」
これも建前ではあるが、嘘ではない。
自給自足の生産者ばかりの村だが、狩りは猟銃を持ってる人間に任せた方が効率がいい。
猟銃の普及率は高いが、かなり高価で、家業にするくらいの覚悟がいる。
つまり村の大部分の肉の供給を、我が家が担っている。
基本的には食べ物の物々交換だが、肉を売ったりもする。
何故なら猟銃の弾丸も無料ではなく、金が必要だからだ。
猟銃の残段数は引き算、弾丸の購入や肉を売るには足し算、俺が導き出した屁理屈だ。
「文字も計算も、なんとか身近にして、毎日使わせたいものだねえ。」
「やる気や得意な事は違いますから、俺にはわからない話です。」
父も祖父も、文字は苦手だが、計算は滅法強い事を思い浮かべる。
俺は子供なので、友人の教育に多くの口出しをしてはいけない。
恩義があるのも確かなので、末永く愛想よく付き合っていきたいと思う。
一先ずは、絵本の貸し出しからだろう。