01 小さな農村の子供達
いい感じの枝はどこに行ってもある。
そこが異世界でも。
小国アウローラの山の麓に位置する、アリクアンドーという街から馬車で半日の農村。
村の名前すらなく、皆はアリクアンドーの東の村と呼んでいる。
観光地どころか、商店は村に1つしかない鄙びた場所だ。
子供は健康的な遊びを余儀なくされる。
「おらあ!」
「痛っで!」
ちゃんばらごっこ、もとい騎士ごっこが万年大流行である。
虫取りは季節によるが、所によりお貴族様ごっこも流行っている。
チョークはあっても、道路がコンクリートではないので、けんけんぱとかはできない。
「勝者、ムルタ!」
「っしゃあ!イデアが強いのは目つきだけだな!」
「俺は頭が強いからいいんだよ。」
頭が強いとか、馬鹿そうな反論をしてしまった。
しかし周りの年齢的に、簡単な言い回しでなければ理解されない。
日本では社会人だったが、産まれた時から自我があるせいで色々開き直れた。
おむつや授乳よりは、子供のように遊ぶ方が気が楽だ。
「頭が良くても食ってけねえぜ。」
「やっぱり力、狩り上手じゃなきゃね。」
「オムニスは狩りより、文字覚えなきゃだろ。」
異世界全体なのか、ここがド田舎だからか判断はつかないが、識字率が高くない。
現代から一気にランクダウンした暮らしに、最初は萎えまくっていた。
転生者の知識を活かそうともしたが、詳しい内部構造を知らない俺は無力だった。
井戸の水汲みや巻き割り、食事の質素さや娯楽の少なさが主な悩みだ。
そんな日々の面倒に慣れはするが、現代で生きた過去を忘れられる訳ではない。
ポンプが空気の流れを利用しているのは解るが、ポンプを作れはしない。
マヨネーズや醤油の原材料は知っていても、印字された成分表並みに腹の足しにならない。
「俺も村長になりてえよ。」
「僕もイデアに譲りたいよ。」
「オレは兵士になる!」
茶髪に緑の瞳を持つ優しい顔つきの、性格も弱気な村長の息子オムニス。
黒髪に灰色の瞳を持つ、大きな鷲鼻が特徴の強気な酪農家の息子ムルタ。
そして俺、金髪碧眼だが目つきが鋭いから王子様とは言えない、森番の息子イデア。
余談だが、森番とは村からやや離れた場所に家があり、日が出てるうちは森を警邏している。
門から動かない兵士もどきが門番なら、森を見まわる兵士もどきの猟師が俺の家だ。
「やっぱり街だね。」
「夢はでっかくだぜ!」
ムルタは家を継がずに街に出ると、毎日目を輝かせている。
俺も家は継ぎたくない。
正確に言うなら、こんなド田舎が嫌だ。
「俺も街は行きたいよ。」
「僕はいつか行くけどね。」
いずれ村の代表として、街に行く機会のあるオムニスが、控えめに自慢をする。
本当は領主になりたくない事を知っている俺らは、自虐に笑って小突く事しかできない。
子供が街に行きたがるのは麻疹のようなもので、大人は自分の昔話を喜んでしてくれる。
馬車もなく街に行こうとして、迷子になった話が殆どだ。
偶にとてもファンタジーな山賊や魔物、野生動物の話を聴く。
しかし俺らはそんな話で満足できない、この村を本気で出たいんだ。
兵士になりたいムルタ。
村長は荷が重くて嫌なオムニス。
より娯楽のある、便利な所に行きたい俺。
将来の夢、逃避行、生活の向上。
子供の拙い言葉だが、俺と同様真剣に考えている事がわかる。
過した経験と精神年齢に違いはあれど、俺は好んで彼らとつるんでいる。
「明日はもっと遠くまで行くぞ!」
ムルタは騎士ごっこで使ってた、良い感じの枝を地面に刺す。
家の手伝いが終わった後に皆で集まり、街までの道を歩くのが日課だ。
段々と距離を伸ばし、行った先で棒を目印に立てる事を繰り返している。
「勿論。…じゃあ行くよ。よーいドン!」
帰りは体力作りの為に走って帰る。
街まで徒歩で行く気の俺らには、体力がいくらあっても困らないからだ。
因みにこの勝負は、森番の手伝いをする俺の圧勝である。