14 早寝の家々
「っ浮いた!浮きましたよ!」
「うん、そのまま維持。」
机にかじりついてるノクスさんは、一瞥もくれず食い気味に答える。
俺はこんなに息が切れているのに。
ノルマが終わった時に追加で筋トレさせる、ダイエットインストラクターみたいだ。
椅子から降りて、浮いたパンツの周りを、ぐるぐると回る。
「もういいよー。」
「っはあ~~…。」
俺は音を立て、その場にくずれ落ちる。
膝に次いで手をついたので、服は汚れずに済む。
しかし、マラソンの比ではない程の倦怠感に包まれていて、床に別れを告げられずにいる。
汗を拭うも1滴も垂れていない事が、不思議でならない。
「次も同じように浮いたら、教えて。」
集中力が切れそうだ。
切実に時刻がわかる物が欲しい。
村長の家の庭に日時計、アディーレの家に火時計があった。
細かい時間が必要ないのか、火時計は埃被っていたが。
体力が戻った頃には、日が落ちていたので急いで片付ける。
女性用下着を握る孫なんて見せたくない。
迎えの祖父が、ノクスさんの夕食を持ってきてお開きになった。
宿題として「お家のお手伝いできるかな?実用編」を借りた。
実は魔道具だったようで、魔力が無い者には白紙に見えるらしい。
元日記は普通の紙だが、読まれて困る事は書いてないようで、万年筆と一緒に持ち帰るように言われた。
盗難が怖いが村に質屋はないし、絵を描くのも必要なので、大人しく従う。
ノクスさんの他の本も読みたいし、宿題に期限はないが、結構やる事が多いな。
帰宅して、家族を説得しないといけない事を思い出す。
「父さん、ちょっといい?」
「うん?どうした。」
寝室のベッドで療養する父を訪ねる。
やる事がない父の部屋には、斧と薪、銃や刃物に砥石がある。
読み書きが得意ではないと、動けない時に暇を持て余すのだろう。
「ノクスさんが、魔獣が退治されても滞在したいって言ってた。」
「おお!いいじゃないか、居てもらえ。恩人を無下にはできないしな!」
「でもお金はもうないって。」
「う~ん…日数にもよるが、父さんはいいと思うぞ。」
嬉しそうな顔が、一転して渋い顔になる。
そんな父さんだからこそ、嘘は言ってなさそうだ。
本当に日数によるんだろうな。
恐らく我が家には、冬越しに客人1人養う程の余裕がない。
「そっか。今度会う時に伝えてみる。」
「そうしてくれ。あんなに腕が良い医者だからな。村の皆も反対はしまい。」
笑いながら、自分の脚をさする父の言葉には、説得力があった。
ノクスさんの夕食を作る時に、家族の分もまとめて作っている。
作っている時に不在な俺は、自動的に後片付けの担当になった。
手伝いを終え、灯りがあるリビングで、借りた本と貰った元日記を開く。
本を読むだけだが、魔力のない人には白紙に見えるようなので、不審がられない対策だ。
お手本の絵を、白紙のノートに真似しようとする子供に見えなくはない。
しかし見慣れない高価な物なので、疑うように声を掛けられた。
本の内容はさておき、盗んだわけではないので、堂々と借りた事を伝える。
言い訳の余地がある家族仲で良かった。
「…?」
内容がおかしい。
「お家のお手伝いできるかな?実用編」の題名に偽りはない。
文字が読めないわけでも、文法に間違いがあるわけでもない。
教わった事と、過程が全く違う。
俺が必死に練習した物の浮かせ方が、どこにも記載されていない。
ノクスさんが見せてくれた、水や石鹸を使う洗濯方法も書かれてない。
洗濯魔法は、服に漂白と除菌を行う方法で、呪文の指定があった。
恐らくこの本は、復習ではなく予習なんだろう。
石鹸の手洗いと、洗剤や漂白剤では、仕上がりには雲泥の差がある。
使える魔法が増えると思うと嬉しくなり、どんどんページを捲り、俺はかなり意欲的に予習を行った。
それこそ母に灯りを消すと、就寝を催促されるまで、熱心に読んだ。