00 打ち合わせ
「イデアさん、次回作どうしましょうか?」
「あー…まだ良くないですか?既刊の売れ行きが良いじゃないですか。大丈夫ですよ。」
「お若いのに何をおっしゃってるんですか?名前が売れてるうちに次回作を出すんですよ!」
そもそも俺は作家じゃない。
既刊も元は師匠に連れ歩かれていた時の、私的な日記だ。
友人らにウケがかなり良く、試しに他人が読める様な文章にしたら、あれよあれよと広まった。
それが禁書に指定されかけたり、印刷事情で四苦八苦したりしたが、結果的に爆売れウハウハだ。
「…うーん……また今回みたいに既刊の続編~的な形はどうですか?」
物語特有の、山あり落ちありの形式にするのが面倒なだけで、他国でのネタは尽きない。
旅行記とは言うが、やや自伝なので恥ずかしいが、正直続編は出したくない。
でも新しく何かが書ける程の文才はない。
「ネタのストックがあるなら、すぐ書けそうですね。」
自分で自分の首を絞めてしまった。
なんとかして、締切を伸ばしたい。
嘘ついてでも。
「いやでも覚え違いとか、詳細な描写とかの為に、もう一度現地を見に行きたいですね。」
「それ何年かかるんですか?ちょっと隣の一番大きい都市に、とかの距離じゃないですよね。」
「息抜きも兼ねて、必要だと思うんですよ。あー、ほら久しぶりに親や師匠にも会いたいですし。家族との愛も育みたいですし。友人らとも会わないと、顔忘れられそうだな~みたいなね。」
矢継ぎ早に理由を重ねる。
これは重要かつ必要な案件だと思わせる為に、数で勝負だ。
「やっぱり師弟って似るんですかね?」
「はあ!?」
お仕事を一緒にさせて貰ってる担当に対して、あるまじきガンを飛ばしてしまった。
大人として失格だが、そればかりは容認できない。
「失礼しました。急に何を言い出すんですか。実は、僕の本読んでないんですか?」
「私は貴方のファンであり、担当ですよ!冗談でも、そんな事言わないでください。」
「それはこちらのセリフですよ。私の師匠の人でなしさとだらしなさ。冗談でも、似てるだなんて心外です。」
出版するにあたり、尺を考慮し、省略したのがいけないのかもしれない。
それでも師匠の凶悪なエピソードは話す分には面白いので、結構そのまま書いてる。
「まあ確かに変わった人ですが…ほら、一緒に過すうちに似てくるって言うじゃないですか?」
「それなら断然妻に似てきたと思いますよ。随分と目つきが穏やかになりました。」
父譲りの鋭い目つき、子供の頃はそれは酷かった。
妻は昔からニコニコしていて、可愛くて穏やかである。
「今のお仕事したくないって感じ。似てますよ。」
「遠回しにだらしないって言われてます?」
「旅行記のサブタイトルですね!」
「そんなネガティブな作品名、嫌ですよ。」
”旅行記ダラン”はだらだらしたい時に読める、ゆるくて軽い読み物をイメージして名付けた。
俺が難しい読み物を書きたくない、というのもあるが。
師匠が書いた研究成果を纏めて、論文にする作業は辟易した。
難しすぎて俺が理解できず、本当に時間がかかった。
もうしたくない。
「師匠のだらしなさは、昔から酷くて、旅行記に余る程なんですよ。」
昔話を始める俺に、世辞か誠か、ファンの担当は愛想よく頷く。
話題を変えに変えて、当初の締切の話はなあなあにならないかな、と淡い希望を抱く。
草案では主人公を領主にしてましたが、話のテンポが悪くなったので結構変えました。