73 理解と不理解
二つの目的のため、部隊は先を急いだ。その途上では、まだ肌に瑞々しさを残した死体の数々が左右から私達を歓迎している。鎖鎧、鱗鎧、平服、服かも怪しい布切れ、そういった雑多な装備品が目に付き、私を誘惑してくる。今すぐに死体から品々を剥ぎ取って、自分の財布に入れたい、という考えが頭の中を支配しようとしているのだ。
そういった戦争の道具から日用品、果ては人体に至るまで、今の私には何もかも不足している。ラルテー城から運び出される品々が、方々で貨幣、日用品へと変換されていき、私達の力となる。力によって死体が生み出され、それが怪物と自然と魔女の利益になる。
「ああ、ヒガンにも死体の納入急がないとなあ。最近活きの良い死体が少ないから......」
自分の頭に、誰かの声が聞こえてきた。いや、自分の声か。音の無い声が頭の中で再生される。
「ハシャにも奴隷の納入を急がないと、確かサヴァラから百人ぐらいは換金できたけど、北方人の納入がまだなんだよなあ。」
私の脳内からは、考えがなくなる事はない。思考を止めるなと昔の偉人は言ったが、それが狂人ぐらいだろう。そして、彼ら偉人こそ、狂人なのだ。私は狂ってなどいない。
「ラーテとの約束、ポム司教との話し合い、教会傭兵契約の権利書の提出、ラリカとの傭兵契約の更新と手続き、エートルの林業の拡大と計画、炭焼き小屋への納入......」
私が私に語りかけて来る。自分の脳ミソを制御できない。
「仕事が多すぎる。どうすればいいんだ。」
口は勝手に不満を呟いた。それを皮切りに、頭の中から外へ漏れ出るように、あらゆる仕事が溢れ出てくる。
「エートルの衛兵への布鎧の納入は、どうだったか。いや、あれは完了していたはずだ。それに伴う鎧工房との調整は......まだやっていなかったな。あとは、鎧生産の計画の作成と雇用手続きの記入を進めないと。それから布鎧の試供品の計画書と証明書、権利書はどこに置いたか、孤児院にあったかな。あとで作業場へ移動させてから商人達に写しを渡さないといけない。あとは......ラリカへの納入と北方諸侯への納入品目を分別しないといけない。原材料となる麻の生産をエートルの森で出来るか試して、その後に供給者との調整をして、商人ギルドとも話し合って......ああ、そういえばギルドとも色々と調整しないといけないなあ。」
止めようとして出来るものではなかった。次々と考えが生まれ、消えていく。それの繰り返しだ。しかし考えが消えようとも、不安は残り、私の思考にねっとりと寄生していく。
「どうやって、どうすれば、調整できるだろう。調整は、どのくらい必要なんだろう。ああ、でも優先するべきもながまだ残ってる。先にこっちを片付けよ。だめだ、新しい課題が出てきた。先にこっちをやるべきだ。ダメだ、先にこっちをやるべきだ。平行線、平行線......」
頭が痛い。というよりは熱を持った痛さだ。今にも脳ミソが頭蓋骨を突き破って爆発してしまいそうな熱が自分の中に感じられる。
「あれ、送信ができないぞ。司令部が応答してくれない。司令部は無事なのか。何か問題が起こっているのか、破壊されたのか。どうしよう、どうしよう、どうしよう、まずい、まずい、調整、整理、調整、整理、機密保持、機密保持、じば......」
「ハイ......エナ、どう......何が」
また別の声だ。誰だろうか。私の名前、いやそれは私の名前ではない。部隊の名前だ。
「ハイエナ!」
カラシャが肩を掴み、倒れそうな私を支えている。
「ハイエナ、大丈夫か?」
「カラシャ、何が?」
「お前、倒れそうになってたぞ。」
カラシャの声色に若干の不安が混じりながら、彼は支えていた手で私をそのまま立ち上がらせた。私は身体をふらつかせ、彼の腕を支えにしながらなんとか直立する。
「ああ、すいません。たぶん疲労です。」
「無理はするなよ。お前はこの部隊の指揮官なんだから、今こんな場所で倒れられると士気に関わる。」
「ははは、ええ、そうですね。」
そう言いながら、私は髪をかきあげるように、頭を強く抑える。大きく深呼吸をしながら弩を構え直すと、不安そうな顔の部下達に向けて謝罪する。
「すいません、体調管理がなってないので、さあ行きましょう。」
私が冗談めかしてそう発言すると、彼らは少しだけ口角を上げた。そうして、私達はそのまま警戒隊形で、死体が迎えてくれる通路をそそくさと通り抜ける。
「.......あれ?」
そこで私は違和感を覚えた。左腕がなんともないのだ。弩の持ち手部分を自分の左手首に移動させて、射撃移動の態勢を維持する。そして空いた左手でグーとパーを交互に作って異常を確かめるも、特に何もない。
先ほどの戦闘で、確かに狂戦士の攻撃を左腕で防いだ。木製とはいえ頑丈な盾を一撃で粉々に破壊し、素手で人の顔を潰す怪力を受けたはずなのに、身体は健康そのものだった。では、あの乾いた音は何だったのだろうか。パキンッと小気味良く小枝が折れる音は私の幻聴だったのかもしれない。
私の身体は、一体何なのだろうか。自分でも理解できなかった。




