71 炎と幻影
私はカラシャと共に、部下に着いて行った。作業を続ける部下達を横目に、通路の奥へと進んで行く。風に揺れる松明の灯りが、まるで人魂のように見える。それらが大勢の部下を失った私を攻めているように感じた。
もっとやりようがあったのではないか。敵が攻めて来る前に部隊をすみやかに撤退させる事は出来たのではないかと、軍事的評価を考えてしまう。しかし、相手は人間からかけ離れたような化け物達だった。あの脚力の前に部隊の撤退を始めても、結局は追い付かれていただろう。一人対多数では機動力の優位など圧倒的に差があるのだ。
それに、部下達は今回の損害についてどのように考えているのかと、私は不安でならない。犠牲が大きければ、それだけ部隊の士気は下がっていく。そして反乱の兆候が表れ、私の命も危険に晒される。
私と他人は違う。私はどれだけ部隊の人数が減ろうが、精神面で大して問題にはならない。どうせ次の日には死んだ仲間の顔も、悲しい気持ちも忘れている。
それに容認は出来ないし、部下を大切にする気持ちも持ち合わせてはいる。しかし誰も他人の気持ちを理解する事はできないように、部下達も私の心を理解する事は出来ない。さらに、指揮官とは責任を取るべき人間だ。故に部隊の損害の責任、その一切は私に与えられた義務として、果たすまで後ろに付いている。
「払えるだろうか。」
私は歩きながら、そのように呟いていた。遺族への賠償金、遺された者達への対応を考えてしまう。私の部下の中には、家族ぐるみでエートルに来た者、ここの農村の娘と結婚した者もいる。不思議な話かもしれないが、傭兵にも大切な家族が存在する。現に私がそうなのだから。
私は、彼らにどう顔を向けるべきなのだろうか。いつものように、前例を行使すれば良いだけだが、それでも慣れる事はない。その感覚すら、悲しみと共に忘れている。
「いてぇよお。指が! 指がああ!」
突然、男の泣き叫ぶ声が耳に入って来た。
「指が一本無くなっただけだろ。そんなに喚き散らすなよ。」
「指一本で大袈裟な事で、こっちは手足がバラバラになった奴だっているんだぞ。」
案内してくれた部下が立ち止まり、忌々しげにその男へ言葉を吐いた。男は無くなった指を押さえてしゃがみ、痛みのあまり泣いていた。
「彼が?」
「ええそうです。こいつが捕虜です。ほらっ、立て!」
部下が縄を引き、縛られている男を無理矢理立ち上がらせる。
「止血だけしておきました。」
「ありがとうございます。さて、まずは話をしましょうか。聞きたい事が沢山あります。」
私は男の前に進み、四、五歩の間隔を開けて立ち止まる。彼の風貌は戦士というより農民のそれだった。彼は怯え、叱られた子供のように震えている。
「こんにちは、初めまして。私の名前はハイエナです。貴方のお名前は?」
私は男の目を見るが、彼は私の目を見ていない。ただ下を向いて震えているだけだ。そして、話す気すらないようで、私の簡単な問いかけに応じようとしない。
「もう一度聞きます。貴方のお名前は?」
再び問いかける。だが、私の耳に入るのは部下達の作業音だけだった。
「カラシャ、拷問。」
私がそのように発言すると、後ろにいたカラシャの方から布風呂敷を広げた時のような音が聞こえてきた。そして次に、金属のこすれる音と共に、液体の揺れる音がした。
「分かったあ、頼むから痛い事はしないでくれ。何でも話すう。俺はただ奴らに強制されただけなんだあよ!」
目の前の男は急に大声を出した。顔をこれでもかと歪ませ、鼻水と涙を吹き出す。
「貴方のお名前は?」
「ろ、ローヌです。」
「ローヌ、良い名前ですね。さて、ローヌさん。貴方には聞きたい事が山ほどあります。質問に答えてくださいね。でなければ、私の後ろの彼と交代する事になります。」
ローヌは私の言葉に対して、首を縦にこれでもかと降った。彼の唇は震えて止まらず、目は塩水が溢れて細くなっていた。
それから比較的平和に、そして円滑に尋問を行った。ローヌは全てを話した。始めに自分の生い立ちを話そうとして、カラシャに詰め寄られて失禁、気絶した。突発的な問題が発生したものの、一発の暴力が彼を正気に戻して、尋問は再開された。
教会の軍勢によって、ここまで追い詰められた後、古参の盗賊達が最後の掛けとして「力の指輪」を使ったという事。彼は嫌々ながらも、強制の果てに指輪を着けてからの記憶がなく、気づいたらそれが指ごと無くなっていて驚いた事。指輪はこの帝国遺跡から発見したものという事を話した。
「ああ、やっぱり。」
「えと、その......」
「ああ、こちらの話です。続けて......」
ローヌは次に、指輪以外の品々について語った。連射できる弩、簡単に組み立て、持ち運びに便利な攻城兵器、大量に備蓄されていた武装、物資の数々。どれもこれもこの時代のものとは思えないほど高品質だったという事を話した。
「流石帝国遺跡、色んな道具をお持ちのようで。」
「ああ、聞いてるだけで欲しくなってくるな。おい!」
カラシャが獣のように叫ぶと、男はビクッと跳ねた。
「は、はい......」
「その魅惑的な品々は、まだこの遺跡の中にあるんだな?」
「はい、あります。地上には持ち運び出来ないほど、地下に眠ってました。」
「おお!」
私は思わず、感嘆の声が漏れてしまった。無理もないだろう。帝国の珍しい品々、古代の遺物が目と鼻の先で眠っているのだ。それを手にすれば、今までにないほどの富を得られるはずだ。つまり、金持ちになる機会が訪れたという事だ。
「うん、まあ魅力的な話は後に残すとして......このクソほど長い通路、どういう事ですか?」
私は一番の疑問を男に投げ掛けた。一日分歩いても、進んでいる気配のないこの通路。一体どのような仕組みなのか、それとも魔法なのか、物理的に存在している通路なのか知りたかった。
「それは......」
「カラシャ!」
私は友人の名前を叫ぶ。脅しには一番だ。
「ひいい、ごめんなさいごめんなさい! 粉、粉、粉ですう!」
男は名前に恐怖しながら種らしきものを明かした。それにしても、名前がすっかりと恐れられるようになって、後ろの友人はどのような顔をしているだろうか。他に気になる事は多いが、とにかく私は尋問を続ける。
「粉?」
「ええ! 貴方たちが来る前に、盗賊達が小麦粉みたいな粉を通路に撒いてました! 始めは何をしているんだろうと不思議に思ったんですが、貴方たちが粉を撒いた場で一日中足踏みしてたから、たぶん幻覚の粉か何かだと......」
男の発言に、私とカラシャは思わず顔を見合わせた。帝国の遺跡といえど、そのような神的な品が存在するのか、半信半疑であった。
「ほんとに、凄い......なあ。それでその粉の効力は、どれぐらいですか?」
「たぶん一日ぐらいです。盗賊達は、一日中足踏みして疲れきった貴方たちを、力の指輪で殺しきれるだろうと言ってました。実際に......前来た奴らはそれで消耗して、休憩中を狙って簡単に殺せたから......ここより奥の方に、死体が沢山あります。」
「じゃあもう大丈夫なわけか。それで、その粉も遺跡から?」
カラシャが訪ねると、男は怯えた声で答え続ける。
「はい。ここには、先ほど言った通り、不思議なものが沢山あります。連射できる弓とか、見た事のない鎧とか。粉もそこにありました。」
「ふん。」
私は考え込む。次に取る選択肢は何か、私の中ではもう決まっているようなものだった。
「ハ イ エ ナ」
「え、ああ何ですか。カラシャ?」
「まさかとは思うが、これ以上進むなんて言い出さないよな?」
「はい、進みます。」
私がすぐに返事をすると、彼は私の肩を掴んだまま項垂れた。そして、数秒堪えるように震えた後、叫んだ。
「馬鹿があああ!」
「カラシャ?」
「クソッたれがああ!」
カラシャは今日一番の大声で、通路のあらゆる音を蹂躙した。それには作業に集中していたすべての部下が手を止めて、目を丸くしていた。近くの人間、私以外は耳に手を当てて顔を歪ませている。
先ほどの怪力の化け物達も、人間とは思えない奴らだったが、目の前の友人も人間ではないだろう。凄まじい声量だが、それに比例して彼も十分疲れたようだ。
「はあ......はあ......はあ......」
「カラシャ、私は行きますよ。」
「ああ、分かってる。分かってるさハイエナ。もちろん、お前が私利私欲のためにお宝を取ろうとしてるんじゃなくて、仲間のために危険を覚悟している事ぐらい、分かってるさ。」
「カラシャ?」
「知ってるよ。普段からうちの金庫は空なんだろ? 金や物資も、すべて俺たち戦士隊や、その家族、商人や村人達のために使ってくれてる。現に、俺の大切な人だって、お前に救われてるんだからな。」
カラシャの大切な人と言えば、彼女しかいないだろう。褐色美人で品があり、おおらかな女性、言葉を並べれば、ラーサ院長と似ている。
「でもお前は金を自分のために使う事はない。いつも誰かのためだ。俺達は、お前に返し切れない莫大な借りがある。この鬱屈とした救いのない、いつ死んでもおかしくない世界で、お前は最高に居心地の良い場所を提供してくれた。」
カラシャの言葉によって、部下達が彼と同じような表情を作る。彼らの顔は、私がラーサ院長へ向ける顔に似ている。前にマカが、私の顔真似をした時に、ラーサ院長の前だとこんな感じになると実演してくれた。
「でもな、正直に言うと、俺達怖いんだよ。仲間が瞬く間に大勢死んで、まだ遺跡の先は長くて、もしかしたらこれ以上の化け物がいるかもしれない。誰だって、死が近づいて来ると怖いんだ。まだ準備なんて出来てねえ。これ以上先に行きたくないって皆思ってる。」
部下達は皆、下を向いている。私は多少なり、動揺していた。今まで、屈強な護衛兵達にそのような感情があるなど、想像もしなかった。傭兵として、精鋭としての誇りを胸に抱き、共に戦場へ向かう者達。彼らが、怪物を恐れているのだ。
「反乱、ですか?」
「ああ、たぶんここにいる何人かはそう思っているよ。でもな、俺達には専業傭兵としての誇りとお前に受けた恩がある。それに、ここで一発デカい稼ぎがなきゃ死んでいった連中の家族を養えない。馬鹿な俺でも、人一人にかかる金は莫大だってわかる。そもそも、自分や、自分の家族すら養えないかもしれない。そうだろ、お前ら!」
彼の言葉に、私と捕虜以外の全員が、ハッとした表情を作った。そして、彼らは噛み締めた口を開き、演劇のように語り始める。
「ああ、そうだ!」
「もう後には引けねえ!」
「ハイエナ隊長に付いて行きます!」
部下達が次々に叫ぶ。私はカラシャと彼らの目を見ている。
「ははっ、そうですか。安心しました。では、皆で、化け物の胃袋へ、遺跡の奥へ行きましょうか。」
「「「 おおおお! 」」」
護衛兵達が吠えた。カラシャはより吠えた。私は、彼らを見据えていた。捕虜は怯え、すくんでいた。くだらない三文芝居を続け、なんとか恐怖に耐えようとする私達の足元には、かつての仲間だった者達の肉塊が落ちていた。彼らは生きている者達をどう見ているのだろうか。
反乱を起こさせないための芝居、やはりカラシャは部隊長としての才能が段違いだ。人は気づけば、彼の言う事に従っている。そうして、底にあった士気が今は遥か上に飛んでいき、部下達は使命感に駆り立てられている。
部下達は遺跡に怯えたが、私は友人に怯えていた。いつか、彼に殺される日が来るかもしれない。




