70 辛勝と指輪
兵士が怪物の頭に剣を突き立てる。ゴリッという音と共に、肉と剣の隙間から血液が漏れ出て、地面を濡らしている。頭蓋骨を完全に貫通させる事は出来なかったために、彼は突き刺した剣の柄を両手で押さえ、そこに体重をかけた。
「ぐう......」
悪態をつきながら彼は数回、剣を抜き差ししてから離した。私は彼の方へ寄り、声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ハイエナ様、ええ、問題ありません。」
「頭部にトドメを刺す場合は、頬とか鼻じゃなくて目を抉るようにしてください。そうじゃないと刺した瞬間に剣先がズレて態勢を崩したり、中々固い部分なので削れなかったりします。」
「はい、ハイエナ隊長。」
彼は素直に聞き入れ、返答する。
「もう少しの辛抱です。それまで一緒に頑張りましょう。」
「はっ!」
「あ、そこ! 頭は叩き斬らないように! 兜をつけていなくても刺突でトドメを刺さないと、汁とか肉が飛び散りますよ。」
「すいません、ハイエナ隊長。」
別の部下が怪物の頭を叩き割り、床を汚したのを咎めた。彼らが倒れている怪物の頭部を次々と破壊して回る。
その光景が戦闘後の通路の各所で発生していた。部隊を再編成した後に、前線で奮闘していたカラシャ以下精鋭兵達を下がらせ、敵に矢の嵐を浴びせた。
敵が十数人にまで減っていた事、部下達に頭を優先させて狙わせた事によって怪物の進行を止める事が出来た。だが代償は大きかった。
私は後ろを見る。
「誰かあ、水をくれ!」
「おい、右腕しかないぞ! ロータスの左腕はどこだよ!」
「殺してくれ!」
「いたいい!」
部下の半数が負傷、あるいは死亡した。負傷者は十余名、それも肉が内側にめり込むか、肉が外へぶっ飛んでいるかの二種類しかいない。また、彼らが身に付けていた装備品も大きく損傷している。打撃や斬撃に強いはずの鎖鎧の裾が、パンをちぎった時のように壊れているのだ。そして、その中には誰かの腕や肉片が詰まっている。
それを回収しようにも、仲間の誰のものであるか検討もつかない。だから私はそれらを一ヶ所に集めるように指示した。
「腕は、どうなさいますか?」
「一応回収しておきましょう。胴体と離ればなれになって燃やされるのは切ないですから、地上に戻ったら、一緒に燃やします。」
「では死体と一緒にまとめておきますね。後から回収しやすいように縛っておきますか?」
「いえ、並べておくだけで構いません。」
そう指示すると、部下たちは作業を再開した。まず胴体と頭を集め、それ以外は通路の端へ転がすようにまとめて追いやる。その後に、胴体や頭部を反対側の端へ並べ、そこから装備品を回収していく。
私はそれを見て、部屋の掃除をしなければならない事を思い出した。確か、未整理の書類や私物が散乱していたはずだ。帰ったら真っ先にするべきだろう。
そうやって掃除のように、かつて仲間だった者、焚き火を囲んで楽しく話した者から衣服や武装を剥ぎ取り、丸裸にしていく。単純な作業ではあるが、戦闘での疲労も相まって、普段の残党狩りの時より進みは遅かった。
「あ......」
ふと落ちていた剣を踏み、声を上げてしまう。よく見ると、あちらこちらが折れ曲がっており、激しい戦闘の後に放棄されたものだと推測できた。私がそれを拾い上げると、剣の柄に手首がぶら下がってついてきた。
「うわっ......」
嫌そうな声を反射的に漏らし、私は手首を取ろうとする。しかしそれについていた装飾品が目に入った。
「これは......指輪?」
私は手からそれを取り、顔に近づけてまじまじと見つめる。そして、剣と手首を積み重なっている遺品の山に放り投げた。ガシャン、という金属音が意外にも大きく鳴ったが、誰もそれに見向きはしなかった。ただ忙しなく作業を続けているだけだ。
そういえば、先ほどから部下達が笑わなくなっていると気づいた。戦闘前の休息までは興奮したように談笑していた彼らだったが、今は無言でテキパキと働いている。
「ハイエナ!」
私を呼ぶ声がする。よく知っている人物の声だ。私はその声に一応の返答をしながらも、指輪を見ていた。
「カラシャ......」
「無事だったか、よかった。さっきからお前を見てなかったから死んだかと思った。」
「いえまあ、この通りピンピンしてますよ。それよりもこれ......」
「ん、なんだそれは。指輪?」
「指輪です。しかも私はすでに見た事がある。」
カラシャは感情のはっきりしない顔で私同様、指輪を凝視する。
「そんな、何も変哲のない指輪がどうかしたのか? 生憎だが戦利品に見とれてる時間はないぞ。今、部隊の状況は最悪だ。」
「いえ、見とれてるわけじゃありませんよ。それに、これは非凡なものです。大層、非凡なものですよ。」
そう言うと私は鞄から小袋を取り出し、それを大事にしまった。重要な証拠品、どうしてそれが、このような遺跡にあるかは、だいたい検討がついている。しかし問題なのは、どうしてそれを身に付けた怪物たちが私の部隊を襲ったのかという事だ。
「カラシャ、こいつら、この怪物どもは何だと思いますか?」
私が怪物どもの正体について聞くと、彼はチラッと下を向いて考えたが、間髪入れずに返答してきた。
「あ? うーん、まあ格好から見るに、盗賊の生き残りか、先行した傭兵部隊だろうな。しかし、まだこれだけの武装があったなんて......もしかすると、傭兵部隊が怪物どもに殺されて、身ぐるみ剥がされたのか?」
「その可能性は大いにあります。馬鹿どものせいで、後続が割り食うなんて、まあよくある話ですがね。それより気になる事があります。」
「ああ、どうして奴ら、こんなにも力を......こいつら、人間だよな? 見た目も俺達と変わらないし......」
「ええ、怪物どもの手を見てください。それで理由が分かります。」
「手?」
そう言うと、カラシャは訝しげな顔をしながらも、地面に転がっている敵の死体や回収され、積まれた死体の手を見つめた。
「ああ、なんだ? どいつもこいつも指輪を着けてやがる。さっきお前が見つめてたやつと同じだな。これが理由か?」
「そうです。というか、前に同じやつを見せませんでしたっけ? ハシャに貰った魔法の道具。」
「いや、見てないな。」
「そうですか。まあ貰った経緯は省くとして、それはこう呼ばれてました。力の指輪。」
「ハイエナ様!」
後ろから一人の部下が私の名前を叫んだ。
「何か?」
「ハイエナ様、敵の生き残りを発見しました。どうやら怪物どもと違って理性があるようです。言葉も話せます。あと、現在数名から暴行を受けておりまして、生かしておいた方が良いですよね?」
「ほお、それはそれは。ええ、もちろん。生かしておいてください。カラシャ、鞄から拷問道具を取り出してください。」
「了解!」
カラシャはそれまでの悲しそうな口調を変え、跳ねるように元気になった。すぐさま、自分の鞄を開いて、黒く汚れた数々の品を取り出す。彼は、どうして喜んでいるのだろうか。大勢の仲間を殺した敵をいたぶれる機会を与えられたから、あるいは単に拷問が好きなだけかもしれない。




