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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
遺跡編 友のために
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69 呼吸と怒り


 弩の引き金がいつもより重く感じられる。疲労か、緊張か、指に力が入っていないようだ。それでも呼吸を止めた一瞬の安定を逃がさずに、矢を放った。


 それは目に見えるが避けられない速さでカラシャの後ろにいた狂戦士のこめかみを貫いた。脳漿と血しぶきが飛び散る戦闘を前にして、私は落ち着いて次の矢を矢筒から取り出し、装填しようとする。


 しかし弩の装填は時間がかかる。大の男ですら装填にはかなりの筋力と手間を要するため、やはりこういった接近戦における継戦能力は低いのだと、改めて思い知らされる。


 こうしている間にも、目の前の友人は二体の怪物に押し込まれている。それでも流石の技量か、彼は正面の敵を小盾で牽制しつつ、側面から背後に回ろうとするもう一体の敵を防いでいるようだ。


 身体の軸を利用して相手の攻撃を避けながら小盾で反撃する。敵が足へ攻撃しようとすると、素早く後ろへ一歩ほど下がり、また前方へ踏み込んで、大振りになった敵へ刀剣を即座に振り下ろす。速度を重視した戦い方だ。彼は一歩も引かず、動けない仲間のために身体を張っている。


 だが、その動きは徐々に精彩を欠いていた。


「……くそっ」


 焦りと共に悪態をつく。このままではまずい、なんとかしなければと自分を急がせる。ようやく次の矢を装填し、間髪入れずに引くように弩を構える。そうしながら息を吐き出し、再び引き金を引いた。


 矢は側面にいた敵の顎を割り、通路の壁へとめり込んだ。敵が怯む事はなかったが、その意識は一瞬私に持っていかれたようで、憎しみの顔をこちらへ向けてきた。


 その隙をついて、カラシャは前面の狂戦士へ軽い一撃を振り下ろした。敵は両手斧でそれを防いだが、カラシャは武器が接触した部分を中心にして回転させ、曲刀を流れるよう逆手に持ち帰る。そして相手の足目掛けて踏み込んだと同時に、下から上へ突き上げるように鍔迫り合いの形を取った。


 敵は下からの勢いに押され後ろへよろめく。そのままカラシャの蹴りが敵の腹部に命中し、なんとか態勢を立て直そうとするも結局後ろへ激しく倒れた。


 そうして前方をどうにかすると、今度は側面へと向き、素早く踏み込んだ。曲刀が敵の首を捉える。完全に私へ敵意を向けていた怪物は、まさか一瞬意識を反らしただけで死ぬとは思っていなかったのだろうか。それともカラシャの腕がいいのか、私の攻撃が彼に取りついていた敵の顎を貫いてから数秒しか経っていないにも関わらず、二体の怪物を殺した。


「ハイエナ!」


 カラシャがこちらへ叫ぶ。私はそれの意図に気付き、部隊へ指示を出した。


「全員後退せよ!」


 私は弩を装填しながら後退の合図を出す。


「手の開いている者は味方を援護しろ! できるだけ負傷者を運べ!」


 部下の何人かに指示が伝わると、彼らは私の言葉を繰り返し叫んだ。やがてそれは全体に伝わり、戦闘している者はどうにか後退しようとする。


「ロゴ、ロテア、タナ! いるか!」


「はいっ! ここに!」


 部下の名前を呼ぶと、彼らは前方で共に敵と戦っていた。一体ずつであれば彼らもどうにか攻撃を防げているようで、狭い通路を利用して、敵の進撃を妨害している。


「どうにか持ちこたえろ! カラシャ、彼らの援護を!」


「任せろ!」


 カラシャは叫び返すと、前線へと駆けていった。弩の装填を終えると、私もすぐに彼らの元へ向かうべく走り出す。しかしその時だった。胸に強い衝撃をくらった。


 視界が大きく揺れる。身体が宙に浮きそうになるのを感じつつ、視線を下に向けると、敵がこん棒で私の胸へ下段から攻撃していた。


「があ!」


 強い揺れが胸から全身に伝わり、脳ミソまで浸透する。私は息が詰りそうになりながら、通路の壁へと吹き飛ばされ、叩きつけられた。


「あ......」


 視界がぼやけ、音の聞こえが悪くなる。思考が出来なくなり、状況をつかめない。瞬きを繰り返しながら、息を不規則に強く吐き出す。


「ぶふぉ! かあ! ぶあ!」


 呼吸ができない。苦しい、痛い、吐き気がする。頭がぼんやりとする。私はどうなっているのだろう。死にそうなのか。肺に損傷をうけたのだろうか。


 痛みを噛み締めるごとに、思考のまとまりの無さが少しずつ落ち着いてくる。ちょっとずつ、ちょっとずつ視界が回復していく。


「があああ!」


 敵は意味不明に叫びながら、私にトドメを刺そうとこん棒を大きく振り上げた。私は咄嗟に左腕で頭を守る。


「うっ!」


 パキンと乾いた音が耳に聞こえてきた。冬に枯れ落ちた小枝を踏んだ時の音だ。敵の重たい一撃が、私の左腕を殺した。だが不思議と痛みはなかった。何故だろうか。それよりも胸に受けた損傷の方が大きいため、痛みが麻痺したのだろうか。どう考えようと、私が今するべき事は変わらなかった。


「くそったれが!」


 私は腰にあった短剣を右手で取り、敵の首に刺す。そして、折れた左腕を構わず動かして、人差し指と中指で相手の目玉を潰した。


「死ねや、ゴキブリがぁ!」


 目潰した二本の指を抜き、上下逆にして再度突っ込んだ。敵の頭蓋骨を上へ持ち上げるように指へ力をこめる。


「がああ!」


 敵は声を上げ、殴ろうとしたが、私はその前に敵へ刺していた短剣に力を込めて肉を切り裂く。顎まで短剣を移動させると、そのまま脳ミソに向かって縦に貫いた。


「が……が……ご……ば……」


敵は言葉にならない音を口から発しながら、大量の血と赤い泡を口から垂れ流す。その流れが早くなるごとに怪物の動きはゆっくりとなり、やがて動かなくなった。私は敵が死んだ事を確認すると、壁にもたれ、座り込んだ。


「大丈夫か!」


カラシャがこちらへ走ってくる。


「カラシャ......指示を守ってください。」


「そんな事言っとる場合か。指揮官の安全が最優先だ。」


「この混戦で、現場指揮官の安全性もあったものじゃないですけどね。」


「大丈夫か、落ち着いて呼吸しろ。胸の骨は折れてないな。息はちゃんとできるか?」


「ええ、なんとか。自分でもびっくりしてますよ。盾を破壊するような怪物相手にこれぐらいで済んだのはね。」


 息切れしながらそう答えると、カラシャは安心したように笑みを浮かべた。


「さっきの攻撃であり得んほど吹っ飛んできたんだろう。よく生きてるよお前。」


「さあ私の事は良いから三人の援護を、私は負傷者を下げて、部隊を再編します。」


「分かった、頼んだぞ。」


 カラシャは離れていく。私は壁に寄りかかりながら立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。私の部隊の中でも精鋭の四人、それに対して相手は前方に残り十体ほどいた。いくら彼らが強かろうと、遠距離攻撃の支援なしに戦うのは無理だろう。


 後方に二、三体の敵が残っているが、護衛兵達がうまく囲んで嬲り殺しにしている。これは問題ないはずだ。私は急いで部隊を再編しなければならない。


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