64 突入と合流
黒ずんだ砦の中で真上からの光が私達を照らしている。それが鉄兜によって反射し、私は目を細めた。
「あ、隊長、すいません。」
「大丈夫です。」
鉄兜を横に置いていた部下は私の様子に気付き、すぐさまそれを片付ける。その後、彼は私に軽く会釈し、再び自分の武具の手入れに取り掛かった。
「まだ油が乾いてないな、おい、布取ってくれ。」
「ほい......その鎧、少し錆びてないか?」
「ほんとだ、後で砂で洗うよ。」
「俺の手入れ道具はどこだ?」
数十人の部下、その各々に遺跡への突入前の準備をさせている。先遣隊が日の出とともに内部へ突入し、すでに数時間が経っている。彼らは消耗前提の突入部隊として任務を果たしたわけだが、私達が同じようになるわけにはいかない。私はここで精鋭を失うわけにはいかないのだ。
「全員、遺跡内部では短剣か一回り小さい刀剣を用いてくださいね。あと接近戦では剣を振り回さないように、突き攻撃主体でお願いします。」
「振り回すと仲間に当たるからですか?」
部下の一人が剣を手持ちの砥石で磨きながら顔を向けて質問する。私も自分の弩の弦の強度を確認しながら全体へ話す。
「それもありますが、狭い内部では剣が壁に引っ掛かるので扱い辛いんですよ、特に長ものはね。というか、今回は全員に弩を持って突入してもらいます。教会からの借り物なので私物で持ってない者は気を付けてください。」
「弩か。撃った事のない者もいますが、素人でも扱えますかね?」
「もちろん、それが弩の利点の一つですから、素人でもすぐに扱えて、なおかつある程度の威力がある効果的な武器です。まあ貴族相手に使えないのが問題ですけどね。」
「ははは、違いない。盗賊か一般兵士、獣との戦闘ぐらいしか使えないからな。貴族を撃てれば最高なんだがね。」
横にいたカラシャが冗談まじりに言った。現場にいる傭兵からすれば、戦闘に政治的な制限を設けられていい迷惑だと感じているのだろう。だが私達が儲かるような戦争は権力者によって生み出されているのだから文句は言えない。
「ハイエナ様、そういえばマカさんはまだ熱が?」
「ええ、それなりに......他の者は熱や寒気、吐き気とかありませんよね?」
「ええ、大丈夫です。」
「全然元気ですよ。」
「まあ料理係がマカちゃんじゃなくて、おっさんじゃ元気もなくなるがな。」
「おい今の言葉誰だ。」
「「「はっはっはっ!」」」
歳の差など関係なく、男達は気楽に笑っている。それでも武器の手入れは着々と進み、ほとんどの部下は鎧を身に纏い、兜の紐を結び、刀剣をしまい、弩を携えている。
私は立ち上がり、地下へと続く遺跡の入り口の前に来る。そして後ろを向き、彼らを見据える。それと同時に他の全員が立ち上がり、そしてカラシャが声を張る。
「よし、最終確認だ!武器は持ったか!」
「「「応!」」」
「覚悟はいいか!」
「「「応!」」」
「生きて帰るぞ!」
「「「応!」」」
戦士達は弩や刀剣を空に掲げ、一糸乱れず呼応する。私は彼らをただただ見つめ、決して目を逸らず、指示を出す。
「私が先行します。ロゴとロテア、タナは私に付きなさい。カラシャはその後ろで本隊を指揮、6人単位で動くようにしてください。3人が盾を構えて前に、3人が後ろで弩を構えて警戒しながら前進してください。突入してすぐに階段を降りるので足下に気を付けるように。」
部下達は縦隊三列に固まり、前の戦列が盾を構える。私は三人の部下と共に先頭に立って弩を構える。ロゴとロテアが前で盾を構え、タナは私の横に来る。後ろにはカラシャが盾を構えている。
全員が亀のように固まり、全ての準備は整った。
「では突入します。」
私は背中と後頭部に戦士隊の視線を感じながら、暗い遺跡の口へと足を進めた。地上からゆっくりと地下へ続く入り口を見ると、下へと続く階段があった。それはかなりの幅があり、まるで沢山の小魚を飲み込むために、ジンベエ鮫が大きく口を開けて向かってくるような感覚だ。遺跡が、私達を招き入れる。
弩を構えながら先の見えない階段を降りていく。目の前で盾を構えている二人の息が微かに聞こえ、緊張しているのが分かる。無理もないだろう。敵が潜伏している遺跡への突入、しかも中には入ってすぐに足場の悪い階段が続き、寒夜のような不安を煽る気配だ。
もし救いがあるとすれば、先行した部隊が置いていったであろう松明が、階段の両側の壁に掛けられている。視界確保のため、あるいは暗闇に対する恐怖を払拭する精神安定剤だが、今はそれらが遺跡奥からの風に揺れる。そして消えそうで消えない灯りが不気味に見える。
燭台自体はこの遺跡に付属していたもののようで、ゆらゆらと揺れる松明が足下を照らしてくれる。それでも踏み外す危険が多少なり存在している。
私は部隊へ手信号を出し、隊列を組み直させる。弩を右手で保持し、左手に拳をつくり、挙げる。待機の指示だ。
「隊長、それはなんですか?」
「え?」
部下からの思いがけない質問に、私は間抜けな声を出してしまう。
「ああ、そういえば最近は新しい方法での訓練とかしてなかったですね......すいません、昔の癖です。カラシャより後列、縦隊ごとに散開。」
私が指示を出すと、本隊の三列が散開し、中央を基準にして左右の列が広がる。その動きで鎧の鎖が擦れて音が出てしまう。更に一歩進むごとに重装備の護衛兵達から雑音が出てしまい、私の肝が冷える。
「なるべく音は立てないようにお願いします。」
「了解。」
接近戦になった際に鎧がなければ優位性を取れないのは理解している。しかしこうも静かな建物の内部で、近くの味方から音が発生すると不安になるのだ。敵に位置を悟られるかもしれない。それによって奇襲の優位性を相手に与え、もしくは相手に逃げる猶予を与える事になるかもしれない。
まさに部隊の課題を見つけたわけだが、今の私に鞄から羊皮紙を取り出して、改善点を書き留めておく余裕はない。故に私は頭の奥へ改善点をしまう。
そうやって頭を働かせつつ、私は一歩、また一歩と着実に階段を降りていく。時折、松明の灯りが不意に揺れ、それが部隊の士気をすり減らしながらも、私達は進むしかない。
やがて階段の奥、暗闇の中に灯りが見えた。それこへ近づいていくと、松明を片手に立っている数人の男達が見えた。彼らも私達に気づいたようで、こちらへ手を振っている。
「友軍か?」
「そうであって欲しいものです。本隊は待機、ロゴ、ロテア、タナは一緒に来てください。」
私はそのようにカラシャへ返答し、直衛の部下三人と共に男達のもとへ近づく。階段は終わり、彼らはそれほど大きくないドーム状の空間に待機していた。彼らの人数は四人、こちらの護衛兵同様に重装備の鎧と兜を身に付けており、顔は鎖布で見えない。
「やっと援軍が来たか。」
「どうも、貴方達は?」
「ああ、うちの隊長に後続を案内するように言われて待っていたんだ。案内するぞ。」
「ありがとうございます。案内お願いします。」
男達は顔を見合わせて頷き、この空間の中央床にある鉄格子の扉を開けた。
「これは?」
「下へ続く階段だ。珍しい構造をしてるぞ。」
男はそのように言い、私は確かめるために少しだけ鉄格子の階段を覗く。どうやら螺旋階段のようだ。
「螺旋階段ですか。」
「また階段か、深そうだな。」
いつの間にかカラシャを含めた本隊がここまで降りて来ていた。カラシャは警戒するような声で真下に続く階段を見つめている。
「ハイエナ隊長、地下では息が出来なくなると聞きました。それにこの階段は木造みたいですけど、強度は大丈夫でしょうか?」
「虫もうじゃうじゃいるかもしれません。」
「おいその話はやめてくれ。俺、あの黒くて素早いやつ嫌いなんだよ。」
部下達は空気や遺跡の劣化具合に不安を隠せていない。更に虫嫌いの部下が小刻みに震えているのが分かった。私も虫が得意というわけではないが、任務のためなら仕方ないだろうと妥協するしかない。
「それなら大丈夫だ。この遺跡、どこからか風が来てる。地下に進み過ぎて息が出来なくなるとかで死ぬ事はない。あと、施設の保存状態も最高だ。これを作った奴らはよほど優秀だったんだろうな。この階段も調べてみたが大丈夫だ。」
男の一人が自信ありげにそう答えた。
「虫はいますか?」
私が冗談混じりに追加の質問をすると、彼も鼻で笑いながら答えた。
「いや何故かあまり見ていないな。ここは驚くほど生物の気配が感じられないんだ。まあいる所にはいるんじゃないか?」
「だ、そうです。」
「うへぇ、どうか虫が出て来ませんように!」
部下は神に祈るように両手を握り、念じている。それを見て私は少し微笑むが、すぐに友軍の男へ質問する。
「ところで......」
「なんだ?」
「とても遺跡に詳しいですね。先行した部隊は短期間でよく調べたようです。」
私は兜の隙間から見える彼の目を見つめ、少し近づく。
「あ、ああ......教会から調べるように命じられたからな。あと情報も貰った。とにかくついて来い、案内するから。」
「ええ、もちろんです。全体、追従せよ。」
私は螺旋階段を降りていく男達の後ろに付きながら、部下に弩の確認をさせる。そして弩を構えながら、視線の一切を男達から離さなかった。
ここでは何が起きるか分からない。




