63 薬学と消耗品
私は五体満足の盗賊を部下と共に二人がかりで運んでいる。高価そうだった鱗鎧は剥ぎ取られ、彼は代わりに大きい布を被せられ、そのボロ着がずれ落ちないよう荒縄で腰を締めている。私達はそんな彼を引きずるように運び、一歩進むごとに怯えている。なんとも落ちぶれた姿だろうか。
「やめろ、やめてくれ!」
乞食のような盗賊はなんとか拙いスラーフ語で声を絞り出す。しかし私達はその懇願に耳を貸さず、ただ黙って彼をニセノルトの天幕へ連れていく。ここで慣れている者はこの盗賊の行動を制し、場合によっては静かにさせるために鉄の籠手で殴るかもしれない。
だが、私はいつも捕虜に同情してしまう。それが戦闘時に仲間を惨殺する、あるいは普段から善人を虐たげていようともそのような感情が内側から湧き出てくる。やはり私は未だに兵士として未熟なのだろう。
「あんたら教会人だろ、普段から弱者に施してるじゃないか。聖書だと弱者は施しを受けるべき善人だろ。それに今の俺は何もできんからやめて...ぐうぇ!」
盗賊の弁明に、後ろから着いてきていた墓守りが苛立つように反応する。そして次に盗賊の頭へ彼の武器が振り下ろされた。幸い柄頭の部分で殴られたため彼は死ななかったが、脳震盪で脱力した。
「何をしているんですか任務中ですよ!」
私は脱け殻のような彼をしっかりと支え直しながら盗賊へ怒りの目を向ける墓守りを叱責した。しかし怒りでいえば彼は私よりもその感情を爆発させているように見える。
「この盗賊の言い分にムカついたから殴ったんですよ。」
「ムカついた?」
「ええ、弱者が全員善人なわけないし、施されるわけじゃありませんよ。むしろ我々がどれだけ悪どい弱者どものせいで苦しめられているか!」
墓守りは忌々しそうに呪詛を吐き出す。彼の言動から教会人の末端はかなり苦労している事が伺えるが、普段顔を隠されて何を考えているか分からない墓守りがこのように感情を露にするのは意外だ。それもあってか、私は彼に強く叱責するのを躊躇う。
「まあ、教会人には教会人なりの苦労があるでしょう。しかしだからといって目の前の任務を放棄してよい理由にはなりません。気絶だから良かったものを、殺してしまっては情報は引き出せませんよ。それに貴方にとって、教会の神聖な任務をこんな一人の屑のせいで汚したくはないでしょう?」
「はあ、その通りです。申し訳ありません。」
彼はどうにか荒い鼻息を小さな深呼吸で抑え、謝罪した。しかしその手はかすかに震えており、衝動はまだ収まらないようだ。それほどまでに普段から鬱憤が蓄積するような任務を続けているのだろう。私は彼に同情するしかない。
「ところで、ニセノルト殿は普段どんな尋問をするんですか?」
「いえ、私も詳しい事は分かりませんが、噂によれば薬物を多用しているそうです。傭兵に好まれる興奮剤や酒、キノコや木の根っこの粉末を混合して捕虜の思考を破壊するらしいです。」
「破壊?」
「ええ、なんでも練習台を見ていた人間によれば、尋問中の記憶はなく、しかし呆けた捕虜は質問に答えていたようです。」
ニセノルトが用いているのは自白剤だろうか。尋問に焼けた鉄や刃物を使わないのは非常に道徳的な行いではあるが、それは彼なりの教会への配慮なのだろう。それともただ単に薬物の趣味があるのかもしれない。
「そういえば教会人は薬学にも秀でていましたね。」
「そうです。大きな教会、司教座都市や高名な修道院には薬学の習得や醸造施設、販売所があります。聖教が広まっていく中で地元の魔女と結び付いた。あるいはその技術を取り入れた結果ですね。」
彼は教会が異教と友好的に結び付いたように語ったが、私はその歴史を知っていた。教会の異教徒に対する弾圧と技術の尋問、それらは第一次開拓運動以前から教会の善き行いとして民衆に知れ渡っている。
「傭兵をやっている身としては薬学を修めた従軍司祭が頼もしく思えますよ。」
私達は会話を続けながら気絶している捕虜を後方へ移送する。ふと、私もこの男の尋問に参加させられるかもしれないと考えが浮かび、その場合の言い訳を思案した。
丘の上から後方陣地へ戻ってくると、突撃前には見られなかった天幕や馬車、人だかりが出現していた。
「これは、一体?」
「ああ、市民が来ているんでしょうね。」
「市民?」
「シュパレーや他の都市部から商売や見物に来てるんですよ。こういう大きな戦闘や出来事がある時は、必ず見物人がいますからね。」
「ああ、なるほど。」
つまりいつぞやの私同様に、戦場を安全な地帯から体験したいという人間は多いわけだ。そして彼らや傭兵を相手に物資を売り付ける商魂逞しい人間もいる。まさに戦争経済だ。私はそれに懐かしい感覚を抱いた。
「あ、兵隊さんこんにちは。冷たい酒はどうかね。地下から出したての良いものがあるんだが。」
「おお、いいね。」
「それとあっちで仲間が蜜蜂とパンを売ってるよ。」
「干肉安いよ!酒と一緒にどうだい!」
「新鮮な猫の肉はいらんかね!銅貨1枚で岩塩炙りもするよ!」
後方陣地はまるでシュパレーの市場のように変貌した。商人達が傭兵だけでなく、子供を肩に乗せた父親らしき人物や仲睦まじい青年の集団相手に食べ物を売っている。また、食べ物だけでなく剣の錆び止めや馬具等の小物、それらを販売する鍛冶屋まで来ているようだ。
「まるで即席の街みたいだ。」
「ハイエナ様も何度か見ているでしょう?」
「ええ、でもこれほどまで大規模なものは見た事がありません。それにラリカ軍にいた時はほとんど遊撃で陣地へは安全に眠るために帰っていたのでよく覚えていないんですよ。」
「なるほど、しかし私も今回ほど賑わっているのはあまり見た事がない。普段はもう少し小さい規模なんですが、それほどまでに古代の遺跡と盗賊討伐が民衆の関心を引いたという事でしょうね。」
人の声が絶え間ない中、墓守りと話している内に女性の集団が目に入った。
「彼女達は、娼婦ですか?」
「ああ、いえ違いますよ。いやまあ副業でそういう事もするんでしょうけど、彼女達は商人ギルドが寄越した雑用係です。私達や傭兵達の日常の世話をしてくれますよ。ちなみに娼婦はたぶん暗くなり始めてから傭兵達の天幕に来ます。管理しないとなぁ。」
「大変ですね。」
「本当に大変ですよ。なんなら戦闘している時は特に何も考えずに弓を射って、敵の頭を割ればいいですけど、こういう雑務をするのは......中々ね。」
私の彼の言い淀んだ言葉に小さく頷き、賛同する。一般的には善良な人間だと区分される市民が問題を起こした時に、盗賊ほど楽に対応できるわけではない。私はラリカの村の治安維持の時の事を思い出した。市民同士の喧嘩や殺傷事件を担当するのは面倒この上ないのだ。
「まったくです。これがギルドの要請でなければ商人すら必要ないんですけどね。」
そう後ろから声をかけられ、私は振り向いた。
「ああ、ニセノルト殿捕虜を連行してきました。」
「ありがとうございます。新しい薬草を試したくてウズウズしてましたよ。」
そういって彼は捕虜を受けとる。彼の顔は新しい玩具を与えられた子供のように輝いている。私は彼が従軍従軍や床屋でなくて本当に良かったと心の底から思った。
「ニセノルト殿、ギルドの要請とは?」
「さあ?ギルドのお偉方に聞いてください。私もポム司教の命令に従っているだけですからね。その真意までは分かりません。それよりも尋問がしたいんです。あ、ハイエナ殿も尋問に立ち会ってください。」
「え、それは......。」
後方陣地の有り様と、また唐突に誘われた事もあって私は考えていた言い訳を忘れてしまった。口が詰まったからには目の前の学者の誘いを断り切れないだろう。
「ほらほら行きますよ。ポム司教からも貴方に薬草を教えるように頼まれていますから何が何でも立ち会ってもらいます。」
「あ、ちょっと!」
私は強引に彼の天幕へと連れ込まれてしまった。その際、話していた墓守はため息をつきながら一緒に天幕へと付いてきてくれた。
「いやー、楽しかったですね。」
「はは、楽しかった......ですね。」
結局私は彼の尋問を真横で見たわけだが、カラシャの拷問よりも心に来る光景だったかもしれない。薬草で弱っていく捕虜と元気になっていく捕虜の対照的な光景、口の止まらない優しい尋問官が的確に情報を引き出していく。私の脳がそれに拒否反応を起こしたが、気合いで耐えた。ある意味、ノスタルジーというやつだろう。
「すっかり暗くなりましたね。足元気を付けてくださいねハイエナ殿。」
「ありがとうございます。」
「いえいえ、感謝するのは私の方ですよ。私の薬学尋問に良い反応をしてくれるのは貴方かポム司教ぐらいなものです。またやりましょうね。」
「ええ......分かりました。」
「あ、それと明日の日の出と共に遺跡内部へ部隊を送り込みます。貴方の部隊はその数時間後に援軍として再突入してください。一部の盗賊が遺跡内に逃げ込んでますからくれぐれも油断しないようにお願いします。」
「はっ、承知しました。」
「本当に危険なんですよ。古代の罠があるかもしれないし、何より誰が噂したのか帝国の呪いがあるかもしれないと広まっていて士気が落ちています。まあ先行する傭兵団は追加報酬につられましたけどね。」
私は彼の心配する声に安心する事はなかった。それよりも彼の経費削減術に関心を寄せたのだ。追加報酬など死んでしまえば発生しないし、後払い金も削減できる。
やはり教会は傭兵を大切な資産や信頼を築ける人間達とは思っておらず、彼らにとって私達は消耗品でしかないのだ。




