59 前哨と分析
東街道からやがて細道へと入り、傾斜の花畑や草原、森の入り交じる場所を進んでいた。そのまま景色は変わる事なく、やがて先頭の馬車が止まり、遺跡に到着したと知らせる。
「ここがシュパレー遺跡ですか。」
私は周りを観察する。遺跡の周辺はエートルの森林地帯ほど草木が生えておらず、しかし連続したなだらかな丘が続いているため牧歌的な美しい景色を一望できる。ほとんど平坦な地形から農場を作るのに最適な土地という印象を抱いた。所々木々が伐採されており、取り除かれていない切り株がまだある。そして、のどかで代わり映えしないその土地にポツンと不自然な建造物が存在している。
それほど高くない丘上には半壊した石造りのような建物があり、その場所ではうっすらと土煙が立っている。そこから聞こえるのはいつもの音、そこから漂うのはいつもの匂いだ。戦闘はまだ始まったばかりのようで互いに弓矢を打ち合っている。
「どうやらまだ制圧できないようですね。射撃戦で拮抗してる感じに見えます。」
「まあ相手側は500人の盗賊ですからね、いくら傭兵とはいえ、一筋縄ではいきませんよ。」
先ほどよりも声に張りのないニセノルトが予想していたように言った。流石にここまでの道のりの数時間をフォルンツとの会話に使っていたため彼の喉は休息が必要なのだろう。
「しかし500人もの食糧をどのように確保しているのか気になりますね。普通なら餓死しそうですが。」
「シュパレー周辺都市は南スラーフ商業圏の中心地ですからね。そりゃもう盗賊家業でウハウハでしょう。それに盗賊団には食い詰めた傭兵や狩人も参加しますから副業や食糧採集で得られるものも多いはずです。まあ500人全員を相手にするわけではないはずです。包囲による病気とか食糧不足とかでだいぶ敵数も減りますよ。もしかしたら戦わずに何とかなるかも!」
「ニセノルト殿、目の前で先遣隊が戦っているから平和的解決は無理です。それに希望的観測は敵です。」
「あはは、私とした事が......すぐに状況を楽観視してしまいがちですね。まあ冗談ですよ。さあ、まずは遺跡まで接近して、戦場観察しましょう。」
そう言うとニセノルトは馬車から降りて、物凄い速さで戦場へ駆けていった。早く盗賊を殲滅し、遺跡にて知的好奇心を満たしたいのか、あるいは単に戦争に興味があるのかもしれない。いずれにせよ、私は彼の後を追って土と血の丘へと走った。
戦場に到着すると、遠目から見ていた戦闘風景とは違った光景があった。傭兵部隊は遺跡にたむろする盗賊を攻略しようと弓矢を射掛けているが、彼らは盗賊団に打ち負けて多くの被害を出していた。
「あらら、酷い有り様ですね。」
ニセノルトは真顔でそう言う。彼は大して味方部隊の被害を心配していないように見えるのは気のせいだろうか。私はそれを追及する事なく、雑多に寝かせられた負傷者や死体を眺める。
運悪く弓矢が骨を砕き、苦しそうに腕を抱える者や腹の傷を抑える者が大勢いる。外科医が忙しいそうに走り回り、司祭らしき男が青い顔で彼を手伝っている。
「内臓まで貫通してるぞ!」
「水と包帯はどこだ!」
「誰か香料持ってこい。」
口々に怒号が飛び交い、外科医達は酷く疲弊しているように見える。実際のところ、目を貫通した弓矢を抜いて目玉の串刺しを見たり、動かなくなった手足や傷んだ傷口を刃物で切り離すのは中々に消耗する。
「敵は意外と射撃戦闘に強いですね。弓矢もさっきから尽きる事がない。」
私は後方の医療陣地から遺跡の方を観察する。崩壊した遺跡の入り口らしき場所を木の壁で半円に囲み、各所を石で補強している。その規模は中規模都市の城壁並みか、それ以上かもしれない。壁には弓兵が待ち構えており、二百歩ほどの距離を挟んで傭兵団は数人ほど覆える大盾を少しずつ動かしながら前進している。
攻め手側は盾で弓矢を防ぎながら隙を見て各大盾に配置された弓兵が敵弓兵を狙っている。またその後ろでは大盾や歩兵に守られた弓兵部隊が一斉に矢を放ち、面制圧を行っているようだ。決して傭兵部隊の投射力は弱いわけでなく、十分な数で挑んでいる。
それに対して守り手側の盗賊は攻め手に負けない数の弓矢を延々と射掛ける。傭兵側が一時的な面制圧と狙撃を行い、実直に持久戦を展開しているとしたら、盗賊は何も考えず尽きる事のない大量の弓矢を放つ物量作戦だ。
「投石来るぞ!」
傭兵の焦る声と共に、砦から大きな岩が飛ばされ弓兵部隊に直撃した。飛び散る土と煙、血液と肉片が攻め手側の士気を下げている。
「投石器まで持っているのか、しかもよく見れば砦の壁の隙間から弩が見えます。ニセノルト殿分かりますか?」
「ええ、私もぎりぎり見えました。どうやら連射できるみたいですね。そんな弩、今までに見た事がありません。まあだいたい偵察できましたし、一度天幕で作戦会議を行いましょう。」
そう言うと彼は部下の墓守に傭兵隊長へ退却命令を伝えるように指示した。これ以上攻勢をかけてもこちらの被害を増やすだけだと判断したのだろう。
戦場を見物した後、私とニセノルトは医療陣地より後方の天幕で作戦会議を始めた。他にも先遣隊の指揮を取っていた傭兵隊長や各部隊指揮官が勢揃いしており、天幕内の空気は張り詰めている。そのような中、どこか抜けている教会の学者は躊躇わず口を開いた。
「さて、作戦会議は初めてなので緊張しますね。ハイエナ隊長は作戦会議とかよくしますか?」
ニセノルトは陽気にそう言う。傭兵隊長達は表情を出さなかったが、内心苛立った事だろう。
「しますよ。戦闘前には各部隊長と会議、その他の者には直前に指令や概要の通達を行いますね。余裕のある時は彼らにも作戦を練らせます。その時はこんな立派な天幕じゃなくて屋外の居心地の悪い所、地べたで話してますよ。」
「へぇ、中々面白そうですね。少なくとも神学者相手に話すよりよっぽど楽しそうだ。」
「貴方一応は教会の人間でしょうに...とにかくまずは状況の整理をしましょう。双方の戦力や地形、情報を挙げていきます。味方の戦力はどれほどですか?」
私が質問すると、やや眉間にシワを寄せていた傭兵隊長が口を開いた。
「現在ここにいる味方、そのうち傭兵の数は約300人で教会の援軍100人を合わせて合計400人ほどです。負傷と死亡に関しては集計中です。また捜索に出ていた傭兵部隊がもうすぐ帰還するはずです。追撃部隊は200人ほど、合流すれば我々の兵力は600人以上になります。」
「捜索とは、何の事でしょうか?」
「いえ、それが貴方達が到着する前に射撃戦とは別の戦闘がありまして、我々は隙を見て出稼ぎに出ようとした盗賊どもを潰してやりました。その数は掴みで300人ほどだと思います。」
どうやら私が願っていたほどではないが、敵の戦力は消耗しているようだ。しかしそうなると疑問なのは三百人もの敵をどのように撃破したかという事だ。
「300人規模の部隊を撃破したのですか?」
「それより多い数、こちらに有利な地形で奇襲しましたからね。ここから北に行ったところに森林地帯があって、そこで奇襲しました。そりゃもう笑いが出るくらい簡単に壊滅しましたよ。まあ半分以上逃亡したから残敵掃討のために200人送ったわけです。」
傭兵隊長は自信ありげに胸を張っている。敵の移動を察知してから五百人の大部隊を先回りさせたわけではないだろう。おそらく何ヵ月も前から敵を監視し、行動範囲や規則性を図っていたのだ。少人数部隊で逐一見張り、敵に内通者や裏切りを誘って情報を手に入れ、各個撃破する。ずっと前から綿密に練られていた計画のはずだ。
そうなるとポム司教は前々から遺跡に巣くう盗賊を排除する事を考えていたのだろうか。しかし彼も、まさか盗賊如きが投石器や連弩を保持しているとは予想外だっただろう。
「分かりました。それで敵の戦力はいかほどでしょう。」
「先の戦闘で300人を壊走させたため、現在遺跡に籠って抵抗している敵は200人ほどです。また、敵は何故か投石器を保有しており連射できる弩を持っています。私の部下が何人もやられ、未だに砦へ取り付く事もままならない。仮にとり付いたとしても、あの強固な壁があります。あれを破壊するのは現状の装備では不可能です。」
「投石器だけでなく、連射できる弩、さらには都市顔負けの城壁とは......いやはや、恐れ入りますね。盗賊にしてはあまりにも豪勢な装備をお持ちだ。それこそ神の技でも使わなければ用意できないものばかり、何故でしょう。」
ニセノルトはやはり楽観的な声色で敵の装備を誉め称える。その言動に少し気を取り直していた傭兵隊長はまた眉間にシワを寄せた。私はどうにか彼らの衝突を起こさせないために質問を続ける。
「それで、どのような対策を講じますか?」
「まずは前線の傭兵部隊を私の墓守部隊と交代させ、彼らに食事と休息を取らせましょう。またその間に2つの投石器を組み立てます。」
「投石器、そういえばやたらと馬車の数が多いと思ったら......」
ニセノルトは投石器を運ばせていたのだ。投石器はその性質上、運用には多額の費用と手間がかかる。これも教会力の誇示という事なのだろう。
「ふふふ、教会とシュパレーの資金力を舐めてはいけませんよハイエナ隊長。信仰あるところ金が集まり、金あるところに技術が集まります。あと最近俗世領主の間で流行っているこれを投石器に使います。」
ニセノルトが待機していた墓守に合図し、彼の部下は胴体ほどの大きさの木箱を運んできた。
「ニセノルト様、これは?」
傭兵隊長が不思議そうに木箱の中身を問う。するとニセノルトは勿体ぶるように中身の品物を取り出した。それは私がよく知っている兵器だった。
「火壺ですか。」
「いやーまだ噂程度ですが、これのおかげで城を攻めるのが楽になったという評判を聞きまして、ならば実績少なくとも新しい技術を使い、検証するのが学者としての役割かと思いまして、大量に作らせました。」
彼は笑顔で答える。他人に自分が作った物を量産される日はそう遠くないと考えていたが、まさか布鎧より先に火壺を量産されるとは思っていなかった。
「数はどれほどでしょう?」
「おおよそ200ほど。」
「そんな簡単に、作れたんですね。」
「ええ、シュパレーの金庫と技術力は無敵です。しかし心苦しい点がひとつありまして、これらを作った職人達は若手ばかり、職人ギルドとの利害調整をしていないので死人が出そうです。今回もギルドが......いえ、何でもありません。」
ニセノルトは何か言い淀んだが、私はそれを気にするほど余裕はなかった。それよりも教会の資金力と技術力を自分と比較して気を落としてしまう。大陸全土に通じる組織といち商人を比べるのは違うと考えるが、しかしこうも簡単に資産を複製されるのはやはり心が傷つくものだ。
「職人達のためにそこまで落ち込むとは、ハイエナ隊長はお優しいのですね。」
私を見て勘違いするニセノルトに先ほどの傭兵隊長同様、私は眉間にシワを寄せた。しかし事情を知らない彼の笑顔を見つめると、何故か苛立ちが馬鹿らしくなってしまい、私はどうにかして気を取り直すしかなかった。その間に傭兵隊長が彼に質問する。
「ところで砦の建材の木々は意外にも水分が多いため火壺の品質によっては火力不足が起こります。その場合はどうしますか?」
「品質に関してはシュパレーの技術力を信じていただくしかありませんね。まあ松脂を通常の三倍入れたので問題ありませんよ。」
「はあ......」
「取り敢えず方針をまとめますと、人員を入れ換えてから投石器を組み立て、火壺を投げ入れましょう。補給はシュパレーが近いため順次馬車を投入します。投石器を再度組み立てるのに4日間待ってから、火壺や岩による攻撃を半日続けます。そのための人員も配置しないとなぁ。あと敵を休ませないために交代で弓矢を射かけないと、隊長は取り敢えず待機しててください。他の傭兵部隊にもそうさせます。」
「2つ質問があります。傭兵団は教会との契約をしていますよね。どれほどの数契約したのですか。また現在の敵が200人以上いるかもしれない、後詰めや別動隊の可能性は?」
「敵数に関しては土地勘のある地元民や狩人を雇って周辺を調査させます。遺跡内の敵については祈りましょう。傭兵については、南スラーフの主だった傭兵団をかき集めました。一部隊傭兵団の到着が遅れているので、それを含めると教会は600人5部隊と契約している事になりますね。十分勝てますよ。」
どうやら彼の中で対応策はすでに決まっていた。私がここにいる必要はなかったのではないかと考えたが、教会に仕える傭兵としての義務なのだと解釈した。
とにかく私は傭兵として言われた通りに待機するしか選択肢はなかった。




