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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
遺跡編 友のために
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58 学者と帝国


 司教座都市シュパレーは南スラーフの商業中心地であり、繊維や鉱山、手工業等を発展させつつ、周辺の農村から様々な品々が集まる場所だ。つまり南スラーフの金持ち都市という事になる。


 スラーフ王国のほとんどの主要都市は独立都市か建設都市に分けられるが、その商業規模は前者が圧倒的だ。経済や行政は都市住民によって形成されるため、諸侯や聖職者等の領主は徴税と保護のみ行う形となる。建設都市は諸侯の権力が強いため、自由な経済活動は期待されおらず、独立都市の交易の補給中継地としての役割、また国土防衛の意味合いがある。故にほとんどの権力者は利益の拡大を狙って独立都市に対する権力闘争を展開している。


 その中で司教座都市は、大司教と司教等の高位聖職者に保護される独立都市としてその地位と権勢を確かなものとしてきた。帝国の崩壊以降、司教座都市に人が集まり、中心地としてあらゆる役割を期待された。だが時代は進み、教会内外で紛争が頻発すると、都市に対する影響力の低下は必然と起こる。多くの司教座都市が教会の手を離れようとしているのだ。


 司教座都市シュパレーは教会勢力にとって、南スラーフ最後の希望というべきものだ。そのため都市の教会施設にはこれでもかと人員と資源がつぎ込まれている。特にその教会堂は見る者を圧倒する荘厳さと絢爛さを兼ね備えており、私は目の前のそれに幾度か驚かされた。


 シュパレーの城壁大門とほぼ変わらない大きさの大扉が固く閉ざされ、その左右には三本ずつ装飾柱が刻まれている。そしてそれらの柱間には聖教会の守護聖教人の姿が見える。やはり巨大な教会堂への入り口というだけあってこれでもかと装飾されているようだ。しかし黄金が使われているわけでなく、白い石造りの建物からはある種の上品さが感じられる。


「教会の聖堂、とっても大きくて綺麗だね。」


「マカは側まで来るの初めてか?」


「うん、近くで聖堂を見ると一層凄みが増すよ。こんなのエートルじゃ見れないなぁ。一体どれだけの費用がかかってるんだろ。」


「まあここは南スラーフの中心地、彼らにとって最後の砦だから教会も見栄はって豪華な建物にしたいんだよ。影響力がなくなってしまうと恐れてるんだ。そりゃ財をつぎ込むさ。」


「建物を豪華にする事が一番の優先事項なの?教会は弱き人と貧しき人を助けるのが高潔さと信仰心の証明じゃなかったけ?」


「さあな、教会の下で働いているうちは疑問を持っても結論を出す事は許されないからなんとも言えん。マカもここはエートルじゃないんだから口に気をつけてくれよ。」


 私が釘をさすと、彼は軽い言葉を返した。エートルは建前上、民衆による独立都市であるが、ただ単に統治者不在の無法地帯だ。故に他の都市ほど宗教で厳しく縛られる事はなく、それが生活の二の次である事は否めない。しかしシュパレーではそれが通用しない。私の上司であり、この土地の教会領主であるポム司教は穏健改革派を名乗っており、教会の戒律を引き締めようとしている。つまりシュパレーでは聖教への疑問を口に出す事は咎められ、酷い場合は処刑されるという事だ。


 郷に入らば郷に従え。私達はここでの行動を、その時だけ改善しなければならないのだ。







 教会堂から出てきた聖職者に封書を渡し、彼の案内のもと教会の敷地へ足を踏み入れた。教会堂の中は左右に複数の柱が並んでおり、その中央奥には大きな祭壇が見えた。


 先ほどまでかすかに聞こえていた街の喧騒がこの建物の中に入った途端に聞こえなくなり、代わりにどこからか古代帝国語の音読が聞こえてくる。おそらく聖職者達が古文書か聖書を読み上げているのだろうと考えながら、目の前の案内人の後ろを着いていく。広々とした聖堂内の側廊を通り、そこの扉から教会の中庭へ出た。


「うわっ......」


 中庭へ出た時、マカが驚いて身体をビクッと跳ねさせる。彼は口でも反応を示したが、私は立場上何とか反応しないようにしたが、目の前の光景に不気味さを感じている。


 幅五十メートルほどの中庭には顔の見えない武装者達が微動だにせず整列している。その光景はまるで綺麗に並べられた兵隊人形のように無機質だ。しかし彼らの顔を覆う鉄仮面や鎖帷子の隙間から白い息が吐き出されているため、その点は人間性を感じさせてくれる。


「墓守りの方々ですか。」


「ええ、司教令によりこの地域の忠実な墓守りが集められています。今ここにいるのは60人ですね。」


「60人、意外と多いですね。」


 案内人は歩きながら話しを続ける。


「いえ、これでも全盛期に比べたらかなり少ないですよ。昔は獣狩りのために南スラーフの墓守りが動員されたら、300人は必ず集まったものです。今回が急な動員という事もありますが、やはり小競り合いでの死者数は多いようです。」


「小競り合い?」


「ええ、第2次開拓運動から今日まで、獣や墓荒らし、怪物と戦い、けれど墓守りは増えず、死に続けています。これも死後に救済されぬ事への恐怖と過酷な任務が知れ渡った影響でしょうね。ここに集う彼らは南スラーフ最後の精鋭、忠誠と信仰心高き墓守り達です。」


 案内人は物悲しそうな表情で機械のような墓守りを見つめる。私は彼の言葉とその表情に覚えがあった。ラリカの騎士であるラーテが、傭兵の質の低下を嘆きながら、昔活躍した専業傭兵を懐かしむ様が思い浮かんだ。


 噂によれば、聖教会も人員不足から傭兵集団を実働部隊としてかなりの数を雇い入れている。つまり、私達と似たような部隊は他にあるのだろう。


「さて着きました。現在ポム様は不在です。代理人が貴方の補佐を行いますので、これから会っていただきます。お連れの方もどうぞ。」


 私は促されるまま、中庭から建物の一室へと入った。中には多くの本棚が立ち並び、本や羊皮紙が床に散乱している。また、所々黒く何かの液体が撒かれ、染み付いたように汚れた跡がある。


「ニセノルト、ハイエナ様をお連れしました。説明と同行をお願いします。」


「ああ、待ってくださいよ。まだ古文書が見つかってなくて、どこに置いたかな。」


 部屋の奥、本棚で見えない位置から困り果てたように男の声が聞こえた。何か探し物をしているようで本を置く音や紙の擦れる音が聞こえてくる。


「ニセノルト、貴方まだ準備していなかったのですか?」


「いやー、各所の調整やら古文書とかの資料を準備してたら自分の方まで手が回らなかったんですよ。何せ急な動員ですからね、司教様も人使いが荒い。」


「同僚と業務提携者を待たせておいて愚痴ですか。」


 案内人が徐々に苛ついた声を出すごとに、部屋の主はその情けない声色を強調させていく。


「手伝ってくださいよ。そうじゃないとたぶん見つけられません。」


「はあ、仕方ありませんね。ハイエナ様少々お待ちを、失礼。」


 そう言うと案内人は部屋の奥へ手伝いに進んで行った。床の散乱した資料を避けようとして積み上げられた本の塔が崩れ落ち、彼は慌てながら進む。その間に私は散らかった資料を拾い上げ、目を通した。


「ハイエナ、それ何て書いてあるの?」


「古代帝国語の用語集か。ラーサ院長に習ったが中々難しい言語だな。」


「あー、じゃ僕はあんまり分かんないや。」


 羊皮紙には帝国に関する単語やその意味がスラーフ語と帝国語の両方で書かれている。よく見れば周りの本や資料の全てが帝国に関するものだ。おそらく帝国に関する造詣が深い人物なのだろう。


「軍団兵と集団戦術に関する記述、軍事の発展について......」


「いやー、お待たせしました。」


 興味深い内容に気を取られていると、奥から案内人と共に男が申し訳なさそうに現れた。


「貴方がポム司教様の代理の方ですか?」


「ええ、私はポム様の代理を務めさせていただくニセノルトと申します。シュパレーの元書記官で今は司教の右腕として仕えています。ちなみに私は帝国の歴史好きが好きなので、帝国に関する事ならば何でも聞いてください。」


 目の前の男は丁寧な口調で落ち着いて自己紹介する。学者にしては大柄な体躯をしており、しかし彼の顔は自然的な優しさがあり、どちらかといえば子供に好かれる人間かもしれない。その筋肉質な学者は紳士な態度であるが、どこかこちらを探るような雰囲気も感じさせる。


「ハイエナと申します。簡単に言うとポム司教に雇われた傭兵です。よろしくお願いします。ところで先ほど何を、何か探しているようでしたが大丈夫ですか?」


「ああ、中々言いにくいのですが実は槌矛(つちほこ)を無くしてしまいましてね。見つかったから良かったのですが、これがポム様に知られたら大目玉でしたよ。ははは!」


「後でポム様に報告しておきます。」


 ニセノルトは案内人の言葉に顔を歪ませながら笑っている。どこか抜けている感じが他の教会人と違うように思えた。彼はシュパレー市の元書記官と言っていたため根っからの聖職者ではないのだろう。それゆえ他の者のような生真面目さを感じさせないのかもしれない。


「帝国について詳しいのですね。是非ともお話を聞かせていただきたいものです。」


 私は社交辞令的にそう告げたが、案内人はその瞬間、怪訝な顔をした。


「是非とも!」


 私はマカの方を一瞥し、理解した。彼もマカと同じような人間なのだ。後悔とはこのような場面で使うのだろうと私は考えながら、唾を飲み込んだ。







 数十分間、ニセノルトは精力的に帝国について話し続けた。もし案内人が一喝しなければ数時間はシュパレーの教会で彼の早口言葉を聞き続けていたはずだ。私は彼に感謝しなければならない。


「それで帝国の凄いところは魔法による土木技術を軍事に取り入れたところだったんですよ。これは研究者の間ではとくに有名な話なのですが、彼らは敵の城を包囲中にとんでもない攻城陣地を作り上げました。杭が埋め込まれた三重の掘りと石造りの壁を四段階に分けて二週間しないうちに完成させた後、包囲を崩そうとした敵の援軍を包囲陣地で逆に殲滅したんです。さらに二週間で井戸や便所などの設備を整えた上で長期に渡る攻城戦闘を可能にしました。その頃にはもうどちらが城なのか分からないような状況になっていて、帝国の技術力の前に敵はなすすべなく降伏したそうです。また即席の野戦築城や攻城兵器を組み立てて短期間に目標を攻略したり、占領地の道や建物に惜しみ無く魔法と技術を注いだようです。これは東都市連合の教会に眠っていた資料によるものなんですが......」


「ニセノルト殿は本当に帝国の歴史が好きなんですね。」


「え、あ......はい、だから今回の調査にも志願したのですよ。帝国について調査できるなんて、嬉しくて死にそうです。やはり学者は外に出て、自らの足でしっかりと現物を調査しなければいけません!」


 私はどうにか彼の講義を止める事に成功し、安堵した。


 ニセノルトと墓守りと共に部下を連れてシュパレーを出発した後、彼らの案内で私達は都市から東へ向かっている。その途上で帝国に詳しい学者は私への講義を再開し、檻から解き放たれた狼のように自由を手に入れたようだ。


 長い一方的な知識享受に、私の脳ミソは限界に達していたが、ニセノルト本人はまだまだ話したり足りないと言った様子だ。このままでは言い殺されてしまうと考え、私は話題を無理やり変える。


「そうですか、後ろの墓守りの大規模な馬車隊も、貴方が持つ槌矛も、その調査とやらの一環ですか?」


 私の部隊の後ろには墓守りと何人かの聖職者達に守られた馬車隊がいる。教会の一団はかなりの数の馬車を率いており、中には何が入っているか分からないが、おそらく食糧や武装等の軍需物資が積まれている。


 またニセノルトは厳つい槌矛と騎士顔負けの重装備をしており、彼の体躯には鎖帷子がよく似合っている。


「その通りです。そういえば行き先について説明してませんでしたね。」


「まあ貴方達の装備からして危険なところだとは予想してましたよ。シュパレーの街もかなり物資が運び込まれていたからだいたい分かります。」


「ですね。ああそれと、この武器を選んだのには理由かありまして、聖職者は血を流してはいけないので刃物は禁止なんですよ。まあ殴っても血は出ますけどね。たぶん、刃物の禁止には他意があるんでしょう。ちなみに部下の墓守り達は死後の救済とか関係ないので刃物使います。そういう理由が墓守の減少に拍車をかけているんですが。」


「なるほど。それで、具体的にどこへ向かうのですか?」


「ここから東にそう遠くない場所に古代帝国の遺跡があります。地元民からはシュパレー遺跡と呼ばれている場所、私達はそこに向かっています。」


 私は意外な返答に面を食らった表情になった。彼は戦場ではなく、遺跡と答えた。


「遺跡ですか。さっき帝国の歴史が好きだから調査に志願したと、だから貴方が選ばれたんですね。しかし遺跡にこれほどの資源を割くとは、もしかしてドーランみたいな強力な怪物が出てきたのですか?」


「はあ、ニセノルト様、ハイエナ様にご説明なさってないんですでか。」


 後ろから彼の部下である墓守りが話をする。彼の顔は見えないが、呆れている事は分かる。


「いやー、そういえば話してなかったかな......」


「そうですか。ハイエナ様のお考えの通り、遺跡とは危険な場所、帝国時代の極秘地下施設です。最近発見されたものなんですが、どうやら盗賊が住み着いているようで。」


「それで盗賊の数は?」


「500人は確実です。先遣隊が露払いをしているはずなので安全は保証します。」


 私は墓守りの言葉に顔をしかめる。


 今回戦う相手は前にエートルの農村で戦った盗賊団より多いかもしれない。現在東へ向かうこの一団は百人ほどの戦力であり、援軍としては焼石に水も良いところだろう。彼らの先遣隊の人数が五百人を越えており、すでに戦闘が終わっている事を願いながら、私は再び口を開くニセノルトに耳を傾けた。


 私はマカにフォルンツを呼びに行かせる。目には目を、歯には歯を、ニセノルトにはフォルンツをぶつけるべきだと私の本能が言っていた。


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