閑話3 吟遊詩人と昔話
昔の話、王国の片隅に加護を受けし一人の騎士がいました。彼は少々内気ではありましたが、大変心優しく文武両道の高名な騎士として、偉大なる国王のために日々外敵を駆逐していました。
常に誰かを気遣い、仲間を愛する。心弱き自分を奮い立たせて残忍な敵の目玉を抉り取り、首をはねる。そして敵の首を空に掲げて味方を鼓舞する様子は、王国のあらゆる人々に彼に対する尊敬を抱かせました。
そんな彼は精霊達、森に住まう賢人達にも好かれており、特にその中でも精霊長とは固い友情で結ばれていたのです。時折、騎士は暇さえできれば彼女と場所を選ばず遊んでいました。しかし次第に大地と心は荒れ果て、それに伴い彼らの敵は増え続けました。騎士は外敵から国を守り、精霊長は森を守る仕事に追われていました。
たとえ彼らは交友の機会が少なくなろうとも、互いに会える日は必ずあるのだからと満足していました。それどころか、彼らの友情はより強固なものに変わったのです。彼らは数ヶ月に一度、互いの無事を喜び合いました。
「王国の騎士よ、私は貴方がこうして五体満足で会いに来てくれる事を喜ばしく思います。」
「私も辛い日々を乗り越えてようやく貴女に会えて光栄に思っております。」
そうして彼らは貴重な休みを様々な遊びに費やしました。ある日は商業都市にて共に買い物を楽しみ、またある日は森の花秘境にて寝転び、共に熟睡しました。
やがて彼らは眠りから覚め、横になったまま騎士が精霊長の前に赤い風信子を差し出しました。
「この花は美しい。しかし私は花に顔を近づけるとくしゃみが出てしまい、とてもその匂いを楽しむ事は出来ません。」
騎士は口調に悲しみを含ませながら彼女を見つめ、話を続けます。
「ですが、こうして貴女と共にここに存在できるのは貴女の数々の加護のおかげです。」
「ふふふ、花に対する加護など普通なら細かすぎておいそれと他人にあげませんよ。それに加護は、恩恵と代償の双方を使用者にもたらしますから決して万能ではありません。」
「では何故貴女は私にこの加護を?」
騎士は少し笑いながら精霊長に聞き返します。
「そうしなければ、貴方は私と遊べないでしょう。私はある種の人であり、花でもあるのですから......」
「では、その恐れる代償とは?」
「それは、貴方も理解しているでしょう。代償とは身体への負担、いずれかの機能の低下です。」
「いいえ精霊長、それは違います。私にとってそのような事は代償になり得ません。もっと大きな代償が存在します。」
騎士のその言葉に疑問の表情を浮かべる彼女はしはらく考え込んだ後、彼に答えを求めました。
「では、貴方の言う代償とは何でしょうか?」
「それは花に対する恩恵の代わりに、代償として貴女とこうして会う事です。私は貴女と会う度に胸が心地よいほど苦しくなり、獣が心に潜んでいるかのようです。私は時折、自分が自分でなくなるような、理性が消え去るような感覚に襲われます。きっと貴女を求めているのです。」
「それでは実質的に代償はありませんね。ああ、私も貴方を求めています。」
騎士と精霊長はまるで恋人のように秘密の花園にて一日を過ごしました。それは彼らにとって何ものにも掛け替えのない時間だったのです。やがて美しき星空に日が昇ると、彼らは互いの無事を祈って再び戦場へと赴いたのです。
ある時、騎士は外敵との戦いで大いに傷つき、加護によって外傷は癒えたものの立つ事もままならないほど衰弱してしまいました。あらゆる人材が土の下に消え去り、もはや彼の陣中には外傷しか治せない医者ばかり、とても過酷な戦場にて彼を救える者はいなかったのです。
彼が諦めかけた時、ある一人の女性が床に伏せる彼に優しく手を差しのべたのです。その性格は気弱ながらも優しくおっとりとしており、彼女は傷ついた騎士を手厚く看病しました。どのような過酷な環境にも耐え、彼女は騎士を含めた他の負傷者達全員を助けたのです。
そのおかげか騎士は衰弱死を免れ、彼女に恩を感じ従軍医として手厚く登用しました。そして二人は長き時間、共に戦場を渡り歩いたのです。
いつしか騎士はその女性に惹かれ、いつも彼女と共にいました。そうして精霊長とは一年に一度会うのがやっとの事となったのです。
それに対して精霊長は焦り、どうにか自分の事を騎士の心に留めておいて欲しいと、彼への加護を増やして気を引こうとしました。しかしその代償凄まじく、騎士の身体は常に過度な超回復と破壊を行っているような激しい痛みに襲われました。とにかく膨大な量の加護に対して彼の身体は壊れていったのです。
そして過酷な戦場も相まって騎士はさらに傷つき、その度に従軍女医から手厚く治療を受けました。そうしていつしか彼らの間に固い絆が生まれ、互いに惹かれ合ったのです。
戦争が一旦落ち着くと、騎士と女性は結ばれました。政治的意味が強い結婚ばかりの世の中で、彼らの恋愛結婚に対して多くの人々が喜びました。そうして王主催の盛大な式が執り行われたのです。
その結婚式には精霊長も呼ばれ、騎士は精霊長に、貴方はかけがえのない親友だと言いました。その時、彼女は腹立たしさと言葉に出来ない寂しさを覚え、しかし熟考の末に花嫁へ魅力に近い幸運の加護を与え、彼らの幸せが未来永劫続くという事を望みました。彼女は形はどうであれ、騎士に幸せになってもらいたかったのです。
「結婚、おめでとうございます。」
彼女は涙を流しながらそう呟きました。二人に祝福が与えられたのです。
しばらくして騎士と女性も結婚生活に慣れた頃、異変が起きたのです。彼女は結婚しているというのに、あらゆる男性達が彼女に恋心を抱き、迫ったのです。
その原因は精霊長の加護にあり、彼女は自身が戦場にて成長しており、加護自体が強力になっている事を忘れていたのです。そうして気弱な新妻は、他の男に様々な方法で強引に迫られ、関係を持ってしまったのです。
加護の代償の大きさに気付いた精霊長は騎士から加護の大部分を取り除きましたが、未だに彼には負担にならない程度の加護があり、その中には看破の加護が存在したのです。そうして騎士が妻と男達の関係に気付いたことで、新夫婦の幸せは短い間に終わりました。
騎士は妻に迫った男達全員を街道の木々に逆さまに張り付け、彼らの生殖器をもぎ取りました。その後、彼は怯える妻を自領の都市に監禁して誰にも会わせず、また自分も必要最低限の人間以外会わないよう生活しました。彼は動けぬ妻を鉄牢にて溺愛したのです。
その状況に精霊長は大変嘆き悲しみました。そうして自分の加護が彼らを苦しめていたのではないかと思いつき、彼女から加護を取り除くために急ぎ騎士の領地へと向かったのです。
しかし騎士は妻を誰にも会わせないために都市の守りを最大にして、その黒き鉄門を固く閉ざしていました。精霊長は騎士を説得しようと手紙を始め、あらゆる手を尽くしました。しかし彼女の妻に対する贈り物の加護は騎士のあり方を完全に歪め、彼女自身制御出来ないほど強力になっていたのです。結局精霊長は騎士に一度も会えず、とりつく暇もありませんでした。
精霊長はどうあっても過去の騎士の姿が忘れられず、彼らに幸せを取り戻して欲しいと望みました。彼女は苦悩の果てに、騎士が王の命令で遠征に出ている隙に傭兵や怪物を使って都市の城門を突破しました。
強硬策でしかその都市を突破する事は叶わなかったのです。しかし彼女は間違いを犯していました。それは、彼女はあまりにも人間が多種類であるという事を知らなかったのです。
城門を突破した傭兵達は命令を無視して都市の略奪を始めました。建物が焼かれ、男が殺され、女が犯される光景に精霊長は心を痛めました。そして自分はまた間違いを犯したと、自分は何も分からない、何も出来ぬ無能だと燃える都市にて頭を抱えたのです。
その中でせめて騎士の愛する妻を救おうと、精霊長は味方であるはずの傭兵達を殺しながら都市の中心の城へ向かいました。そうして精霊長は城へたどり着くと、その一室て騎士の妻が無残にも犯され、殺された瞬間を目撃したのです。彼女は脱力し、何も言わぬまま城を後にしました。
やがて帰還した騎士は灰の街を呆然と見つめ、変わり果てた自分の愛すべき妻を抱き抱えました。その後、自軍を率いて全ての傭兵と怪物を見つけ出し、全てを拷問に掛けました。生きたまま内臓と脳を引きずり出して街道に吊るし、騎士は捕虜から得た情報で精霊長の森へ向かいました。
そして騎士は森を焼き、精霊長を捕縛します。彼女は彼に再び会えた事、形はどうであれ彼が自分に構ってくれる事を喜びながら彼に自分の罪を告白しました。そうして騎士は、属下の傭兵部隊に彼女を強姦させた後、彼女を縛ったまま焼ける森へと投げ込みました。
精霊長が死んだ後に森と騎士から加護の恩恵は消え去り、傭兵部隊と騎士は森の獣に包囲されます。彼女が死んだ事によって騎士から代償も消え、彼の脳内も霧が晴れたように透き通ったのです。彼はそれこそが加護の代償であり、精神異常という負担であった事に気付きました。
「結局代償は恐れとなった...ははは、あははは!」
森は赤く揺らめき、騎士は大粒の涙を流しながら笑っていましたとさ、おしまい。
「フォルンツ殿、なんというか今更ですが...その話はあまりこの子達に聞かせる内容ではなかったかと思います。悪影響が出てしまいそうで心配だ。」
私は孤児院の食堂にて、子供達の前に楽器を抱えて悠然と椅子に座る芸術家に不満を述べた。しかし彼はそれを気にも留める様子はなく、落ち着いて言い返す。
「ハイエナ殿、これはれっきとした物語ですよ。それにどこぞの教会派閥も、こういった話をあらゆる人間に語るよう推奨しています。」
「だからこそ問題なのです。無垢な子供達を教会に洗脳されたくはありません。」
「いえいえ、それは抜きにしてもこの話は色々な教えがありますよ。例えば浮気は絶対にしてはいけないだとか、自然と教えているじゃありませんか。それに何かしらの学びというのは元々洗脳でしょう。それこそ今更です。それに......皆さんも面白かったでしょう?」
「面白かったよ!」
「フォルンツおじさん、別のお話も聞かせて!」
「フォルンツおじさんの顔怖い、なんで麻袋なの!」
フォルンツは散々理屈を言い放った後、子供達を味方につけようと彼らに評価を聞いた。その汚いやり方に私は呆れ返り何も言えなかったが、子供達はその小さな身体のどこから出しているのかと思うほどの声量で各々がフォルンツに感想を述べた。
私はそれに肩を落としながらも、子供達の楽しげな表情に微笑んだ。




