53 南教会と悪徳司教
「待ってください。一体なんの罪で投獄されるんですか。しかも地下の牢獄とか嫌ですよ。」
「とぼけるな。お前が大量の武具を聖教保護下の農村部に売り付けている事は調査済みだ。お前は南スラーフにおける教会執行部執行長の命により拘束及び投獄される。大人しくしていろ。」
その男は鉄格子を挟んで私に強めの口調でそう言って地上へ戻っていった。教会執行部―聖教会の平和主義に従って創設された暴力の監視者達だ。主な役割は、認可されていない製品の製造と販売、違法金融業者を取り締まり、番人等の危険因子を監視し、被害拡大の前に排除する事である。
「何が保護下の農村部だ。税を取るだけで防衛すら怠っているというのに......というかシュパレーに入ったとたんこれとはな。」
ラリカの業務をカラシャに任せ、商業都市シュパレーへ司教の要請のために出向いた。すると都市へ着いた時には待ち構えていた衛兵隊に拘束され、目まぐるしく連れ回されたのだ。
「あの衛兵隊長、知らんぷりしやがって......」
その途中でシュパレーの衛兵隊長に助けを求めるも、彼は無言で作業を続けた。
基本的に、教会は異教徒に対する暴力は許すが、同胞に対する暴力は許さない。それが武器を売るという間接的な行為であっても禁止している。だが、私に言わせれば、聖教徒も異教徒も大して変わらないし、同じ人間だ。だからこそ彼ら全員に武器を売りたいと願っている。
知り合いの商人の大半はそんな私を悪を呼ぶが、彼らも大層な悪人だ。普段から他人に平和主義を説きながら、自分達は暴力に走っている。さらに、敵のいない状態が続いたり、利害の対立が起これば同胞同士で殺し合う。そしてそれは教会人達も同じだろう。
元々、聖教には人々を救済する目的があった。社会が崩壊し、獣のようになった人々に、信仰心と道徳心を持たせようとした。つまり、彼らは善人のはずだった。だが、時は進み、腐敗と戦下の時代となり、聖教は正戦主義を主軸として権利者によって利用され、数々の戦争を引き起こした。いくつもの矛盾した問題を抱えながら、救済を建前とした利己的な組織に成り果てた。私が考えるに、聖教自体は被害者なのだ。
「どうしたものか......」
そんな事を暇潰しのために頭の中で巡らせ、私は暗く冷たい牢獄で寝そべりながら今後の事を考える。公正な裁判は受けさせて貰えないだろう。裁判長と検察官は教会への忠誠心が凄まじい司祭、弁護人は所用により遅れ、もしくは始めから存在しない扱いだろう。このままいくと、待っているのは晒し台と死刑台だ。
数時間ほど経過しただろうか、ぼんやりと半分寝たような状態で天井を眺めていると、先ほどの男が不服そうな顔をしながら戻ってきた。
「司教様がお前と話したいと言っている。出ろ。」
その無愛想な言葉と共に牢屋の扉が開かれた。私は自分の耳がこの場所の淀んだ空気によって腐り落ちてしまったのでないかと疑ったが、どうやら耳は2つともついていた。看守は司教と言ったのだ。
「手枷はいいのですか?」
「口を開くな、早くしろ。」
そうして看守は私を引っ張ると、強引に地下牢から連れ出した。上へ登ると、墓守達が微動だにせず立っていた。
「ご苦労様です、後はお任せを。」
「分かりました、しかしせっかく捕らえた犯罪者をこの短時間で釈放するなど......」
「何か?」
墓守が顔の見えない兜を通して、威圧的な声を出す。その声か、あるいは教会の権威に怯えたのか看守はたじろいだ。
「いえ、何もありません。」
看守はそう答えると地下牢の方へ戻っていった。私は墓守達に連れられ、シュパレーの教会―南スラーフを統括する教会本部へと足を踏み入れた。
教会の正面―固く閉ざされた木製の大扉にある出入り用の小扉から中へ入ると、小柄な教会人達が何かしらの仕事に従事しているのが見えた。薬草や書物の管理、複写等の彼らの日課をこなしているのだろう。
長い廊下を墓守と共に進んでいくと、やがて教会の一室、墓守の警備が立つ扉の前で止まる。
「司教様、例の商人をお連れしました。」
「入りなさい。」
「失礼します。」
そうして部屋に通されると、司教らしき人物の容貌が私の目を丸くさせた。
「ポム司教、いえ司教様。」
「お久しぶりですね、ハイエナ。まあ一度しか在っていませんけれどね。その驚き様、私が南スラーフを統括する司教だと忘れていましたか?」
「ええ、何分教会の詳しい人員内容までは知りませんので。」
「そうですか。結構、貴方達は外で待機していてください。」
ポム司教は墓守達にそのように命令すると、彼らは一礼の後に部屋から退出した。
「ハイエナ、話があります。貴方、教会の尖兵として働きなさい。」
「は?」
「どうしたのですか、私は私と傭兵契約を結べ......と言っているのですよ。」
司教は真剣な顔つきでそのように言った。それと同時に私の頭にはいくつもの考えが浮かぶが、真っ先に口から出た言葉は許可を求める事だ。
「質問してもよろしいですか。」
「ええ、構いません。」
「何故私なのですか、私は様々な副業を行っているとはいえ所詮唯の商人であり、南スラーフに駐留する傭兵団に比べて大した戦力を保有しておりません。私の隊商に存在するのは唯の護衛兵士ばかりです。」
「貴方は黙って仕事を受ければいい、と言うのは酷でしょうね。貴方もこうして教会の目に留まる状況を理解しているはずです。貴方の商会はもはや商人と言えないほど武力を保有している。それを教会―私は容認せず、しかし代替案として有効活用を目指そうというのです。」
「それは......」
「屈強な護衛兵が100人と軽歩兵と思わしき集団、調達に時間を要するはずの弓兵まで保有していますね。さらにそれらを支える十分な資金と物資、人員等にも事欠かない。極めつけはラリカの城から貿易街まで武具を輸送販売しており、また火壺や布鎧等の武器開発を行っている。これで唯の商人というのは無理がありませんか?」
「なぜ、それらを知っているのですか?」
「監視者とはそういうものです。衰退しているとはいえ、未だに教会は大組織なのですよ。」
私の口から分かりやすいほど動揺の声が出ている事に、司教は嘲笑うかのようにそう答えた。そして微笑みながら再び口を開く。
「ふふふ、安心してください。これを知っているのは私と数人だけです。もちろん場合によって秘密は公然となるでしょうね。」
「失礼と存じて申し上げますが、それは脅しですか?」
「いえ私は、ただ貴方が自分の置かれている状況をより客観的に理解し、正しく行動するべきだと勧めているのですよ。」
それから私は、視界が黒くぼやけるような感覚に襲われ、目を開けているというのに何も見えなくなった。だがそれには気にも止めず、ひたすらに考えていた。
司教の提案を拒否すれば私は再び投獄され、多くの目に晒されながら惨めに死ぬ。司教を殺して口封じを試みようにも、秘匿されるべき数々の情報を知るのは彼だけではないのだ。最悪の一歩手間として、それがラリカ勢力に公になる事だ。
そして最悪の事態とは、仮に司教を殺害した場合、教会は全力で犯人を捜し出し、その関係者に至るまで拷問の後に処刑するはずだ。教会と関係の深い孤児院だとしても無事ではいられない。生存を願う私にとって、彼の提案を拒否する選択肢は始めから無いのだ。
「分かりました。貴方と傭兵契約を結びます。」
「それは良かった。では、これらの証明書に印を......」
私はおそらく苦苦しい顔で証明書に自分の名前を記す。そして全ての証明書に荒い筆を残すと、司教は満足そうな顔をして証明書を丸める。それらが司教の手元に保管されると、残っていた一枚が私に手渡された。
「これで貴方は完全に釈放され、教会の尖兵として私の命を果たす義務を与えられたのです。安心しなさい、義務には往々の危険も伴いますが、見返りもあります。」
「見返りとは?」
「教会の一員として特権が与えられるという事ですよ。税免除や通行許可、給金に至るまで...世俗の者達のそれとは比べものになりません。まあ、詳細はその証明書を確認しなさい。」
「はい。」
「よろしい、では後日使者を出します。それまでエートルにて待機しなさい。」
「待機ですか、私はどのようにすれば、今までの仕事はいいのでしょう。」
「ではその証明書を使って、仕事の調整をしなさい。今のラリカにそれは十分な効力を持つはずです。ああそれと、貴方の仕事自体は今まで通りで構いません。私は悪人でありませんからね。」
「宜しいのですか?」
「貴方は教会保護下の農村部に対する武器販売の罪で投獄されましたが、その土地は北スラーフ管下の村々です。我々南スラーフ教区の管轄ではありません。」
聖教会が内部で対立しているのは誰もが知っている。西側諸都市の教会勢力に対する東都市連合の教会人は、対応の悪さや思想の差異から不信感を覚え、教会内部で様々な派閥と対立が形成されている。そして聖教会上層部でさえ、そのような傾向が存在しているという事も知っている。普段から情報機関関係者と話していると、何かと分かるものなのだ。
「つまり私は騙されたという事ですか?」
「人聞きの悪い事を言うものではありませんよ、それに管轄が違えど、貴方を逮捕、処理する事もできるのです。」
「教会が表だって同胞であるはずのスラーフ人を強制的に排除する事は難しいのでは無いでしょうか、信条に反するし、体裁的にも良くない。民衆は黙っていませんよ。何より、私はラリカの騎士ラーテ様の従者です。」
「なるほど。しかしラリカというのは長年度々、教会と問題を起こしています。さらに現在は大事な領主間戦争の真っ只中、それゆえ教会へ出せるのは言葉だけでしょうね。」
司教は一辺の迷いや躊躇いもなく、そのように言い放つ。私は彼のその公然とした態度に反撃する手段を見出だせずに固まってしまう。
「とにかく、貴方はすでに教会の一員......無駄な抵抗はお止めなさい。義務をまっとうすれば恩赦、怠れば土の下、簡単な事です。ああそれと、言い忘れていましたが、教会から同行者をつけます。まあ同行者といえど貴方が会う必要はありません。もちろんその者は教会と何ら関係ないものですよ。」
「分かりました。」
「最後にこれだけは言っておきます。決して逃げるな。」
「はい、肝に命じて。」
私は司教に一礼し、部屋を去る。長い廊下を歩きながら考え事をした。司教は恩赦を出すと言ったが、信用できない。教会の同行者もいる事から、用済みになったら私を殺すだろう。さしずめ、同行者は私を監視し、武器商売やその他の技術を学ぶのが目的だ。それに、私を生かしたままにすれば、後々教会が不利になる。元々死刑台送りの私を殺したところで誰も文句はない。だから、私はどうやって生き残るか考えなければならない。
私は誰かの視線と後味の悪い解放感を感じながら、教会の長い廊下を歩いていった。




