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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
遺跡編 友のために
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52 務めと怪僧

 

 全ての死体から装備品を剥ぎ取り、彼らを土の下へ埋めた。いくら時間を取られようともこれだけはいつも徹底して行う。戦場といえど、死体を放置してしまうと腐敗によって強烈な悪臭が辺りに漂い、それは森の奥に潜む怪物達を呼び寄せる。また、腐敗は疫病を発生させ、近隣の住民を脅かすだろう。ゆえに私にとって敵味方問わず死体を放置するという選択肢は存在しない。何より怪物や疫病の被害はやがてサヴァラとラリカを越えてエートルに拡大する恐れがあるため私が命令せずとも部下達は火をつけ、土を掘るのだ。


「ハイエナ様、戦利品の報告書です。」


「ありがとうございます。本当にすいませんね、貴方は商人だというのに戦場にまで来てもらって。」


「いえ、それが私の仕事ですから......しかし他の者達、特に商人長のようにエートルで資料と睨み合うのも恋しくないといえば、嘘になりますけれどね。」


「そうですか、まあ彼らには初めての女性がいますから戦場に出すのは忍びないのです。」


「それは、ハイエナ様に賛同しますよ。」


 商人は少し笑いながら答えた。


「それで得られた物は、長剣2本と手斧5本、槍30本の内投げ槍が12本、盾は...意外と少ないですね。鎧も......いえ、普段着を鎧とは呼べませんね。鎖鎧1つと革鎧2つですか。まあ主力から外れた小規模の敗走兵など、こんなものでしょうね。」


「ハイエナ様、それと大量の靴が残っております。」


「靴は、地元住民に残してやりなさい。では、埋葬と負傷者の処置が完了次第出発します。弓兵の中から偵察隊を4人出して次の敵部隊を発見するように。」


「承知しました。」


 彼は通達のために走って行った。近頃はどこかの村民による死体漁りや部隊からはぐれた兵士の殺害が相次いでいると報告を受けた。だから私は彼らのための餌を用意したのだ。彼らが餌に食い付いている間は、少なくとも偵察に向かう私の部下が襲撃に会うという事はないだろう。そういったパン屑のような餌を私は常に撒き散らしている。それがきっと部下の利益になると信じている。


 そういった状況の中で、私はひとつの疑問を抱いていた。それは、そのような人間達を生み出した元凶が私なのではないかという事だ。一年以上前からの死体漁り、ラミン達への指導、そして追撃部隊による残党狩り等、思い当たる節はいくらでもある。私はそれらを目撃した人々をある種導いているのでないかと思った。


「マカ。」


「なんだい?」


「俺は、一年前から変わったか?」


「いや、変わってないよ。ハイエナは何も変わってない。皆に優しくて色々忘れがちな人だ。」


「そうか......」


 そうだろう、私は変わっていないのだ。彼らは己が利益のためにそのように選んだ。それは必然的に起こったのだ。人口爆発による問題の数々、食料供給の格差や戦争の大規模化、そして影で起こる小規模の凄惨な紛争は力を持つ誰かが望んだ。その中で選択肢が作られただけだと、私は考えた。


 そうして私は、思考を巡らせながら丘の下の出来立ての墓を見る。数々の死体がまとまられて土の下に眠り、その上に木片が立てられた土饅頭がある。その傍らには草花の下の彼らの遺品が残っている。盗難を考え、価値のないがらくたのような品々を備えたわけであるが、彼らにとっては思い出のものだろう。


 私は達成感から、あるいは必要感ゆえに笑みを浮かべる部下達を丘の上から見守っていた。







「本当にこちらに敵がいるのですか?」


「間違いありません、先行している狩人、弓兵達によると、複数の足跡を見たとの事です。30人ほどで南西に続いていると伝令は言っていました。」


 今私は森を進んでいる。ほんの少し傾斜している地面は少し濡れており、木々の間隔は黒森に比べて広々としている。時折小動物が走り、また風によって草木の揺れる音が聞こえる。とにかく南スラーフの森には何かしらの音があるのだ。


 その中で斥候は正確に敵の位置を把握して味方部隊―私達に報告を欠かさずにいる事を誇るべきだ。彼らがいなければ迅速な敵発見と移動はなし得ないだろう。


 そうしているとまた、弓兵が報告に戻ってきた。しかし彼の表情は何故か冴えない。


「ハイエナ様、敵は立て籠っております。すぐに来てください。」


「立て籠りですか。この森の中に建物、どこかの廃墟ですか?」


「いえ、その建物というが教会なのです。」


「教会、ですか。また面倒な事になりました。報告ありがとうございます、急ぎ案内を......」


 弓兵の案内の下、私はさらに森の奥へと足を進めて行く。それにつれて虫の量と地面の不安定さは増していき、部下の一部は不満を漏らしている。どうにもならない怨言を背に、弓兵の後を着いて行くと森の小道へ出た。


「こちらです、この先に教会があります。他の者達は監視を続けているはずです。」


 また彼の背中を追い続けると、森の奥に空き地を見つけた。その空き地の中心には教会と思わしき建物があり、外周には薪小屋や家畜小屋等の施設が散在している。そして所々切り株が放置されているようだ。


 小道は教会へと続いているが、私達は先に監視をしているであろう弓兵の方へ向かう。監視員を見つけると、私は彼のように地面に伏せ、報告を促す。


「監視ご苦労、状況報告をお願いします。」


「ハイエナ様、敵は司祭に助けを求めて中央の教会に逃げ込みました。その後、外周で作業中だった者達も教会の中へ入り、しばらくしてから司祭らしき人物と墓守達が教会の扉前に立っています。」


「どこですか?」


「こちらから見て小道側に教会の扉が見えるでしょう。その辺りです。」


 彼の指示の通り教会の方へ目を向け、凝視すると木製の扉の前に複数人が見えた。一人以外が頭に麻袋を被っており、周囲を警戒しているようだ。そしてその一人は悠然と立ち、目を瞑っている。


「経験豊富な狩人である貴方には、あれが何に見えますか?」


「何かを......待っているように見えます。」


「その何かとは、私達の事でしょうね。おそらく対話のできる相手でしょう。」


「ハイエナ様、もし彼が攻撃してきた際はどのような対応を考えておいでですか?」


 弓兵のひとりがそのように聞く。私は彼と、後ろの部下達に迷いなく答えた。


「全員殺してください。いかに高名なる聖職者といえど、武器を持ち、振りかざせば唯の敵です。弓兵はここで待機、合図があれば教会へ矢を放ちなさい。護衛兵隊は私と共に彼らへご挨拶しましょう。間違っても先に剣を抜かぬようにお願いします。」


 少し不機嫌そうになる部下達へ釘を指すと、私は立ち上がり、教会の方へ歩いて行く。後ろから剣を収める音や部下達の足音が聞こえ、私は安心と焦りという真逆の感情をどうじに味わう。抑止力は抑止力のままでいるべきだと心に思いながら、進む。


 やがて教会へ近づいていくと墓守達は武器を構え、司祭は目を開き、こちらを見て優しげに微笑んでいる。


「ようこそ、おいでくださいました。我々は貴方達を歓迎いたします。」


 私が彼らの目の前に立つと司祭はそのように言った。


「教会の言う歓迎とは、武器を向ける事ですか?」


「いえ、そうではありません。何分物騒な世の中ですので教会が襲撃されるなどよくあるのですよ。だからこその彼らです。しかし貴方達が盗賊だとは思いたくありませんね。」


「ご安心を、私どもは盗賊ではありません。ラリカの遊撃部隊です。ここにサヴァラ―敵部隊の残党がいるとの報告を受けて参りました。彼らを引き渡していただきたい。」


 私の強気な発言に司祭は笑みを無くす。そして、仏頂面で話を続けた。


「確かに、ここには数人の若者がおりますが、彼らは助けを求めてここに来た。なればこそ保護するのが教会の役目でございます。」


「彼らはラリカの地を犯す業の者達、ゆえに教会の保護は必要ありません。引き渡しをお願いします。」


「なりません、彼らは敬愛なる信徒、例え罪深き者であろうとも、神と聖教会の名において彼らは許され、悔い改める機会を与えられる存在なのです。」


「だからこそ、彼らにはラリカの捕虜として悔い改める機会が必要なのですよ。」


「いえ、ここが教会の権威の下にあり、教会から私が一切の権限を与えられている以上、彼らの一切もまた、私の判断に委ねられています。もしや貴方は世俗の一領主の権威が、教会に勝ると酔狂な事を考えてはいませんか?」


 私と強情な司祭は、どちらも自分の主張が正しいと信じている。だからこそ不毛な言い荒らそいが続くのだ。おそらくこの司祭から残党を勝ち取るなど、暴力以外ではなし得ないだろう。しかしその選択肢はあり得ないため結局諦めるしかないのだ。


 それは簡単なようでそうではなく、安易に引き下がればあらぬ噂が立つ。それは、残党狩りから逃れるすべは教会であると広まれば敵部隊の掃討に支障が出る。だから簡単に引き下がれないのだ。


「脅しですか、神聖なる尊き教会人の行いとは思えないものではないでしょうか?」


「ふふ、貴方のそれとなんら変わりのないものですよ。ゆえに脅しではありません。」


「戯れ言を...」


 両陣営の間に緊張が走る。墓守は槍と長手の斧を構え、部下達は槍を持ち、剣に手をかける。そうして一時の沈黙が長時間かと錯覚する状況を生み出した。


「ばう!」


「あ、こらヤタ!」


 その沈黙を破るようにヤタが吠えた。その瞬間、マカを始めとして金縛りが解けたように全員が一点を見た。そして真っ先に反応を示したのは墓守達だった。


「獣!」


「ひいいいいい、恐ろしい!」


「獣の童じゃ、殺せ。」


「お止めなさい!」

 

 墓守達は狂ったような声で一匹の獣に武器を向けた。そこで司祭は何事もなく、彼らを一喝した。


「はあ、興醒めです。まあ良いでしょう。貴方達、子供などここにはいません。何も見ていないでしょう。」


「しかし司祭様、獣は......」


「繰り言を申すな。」


「はい、申し訳ありません。」


 墓守達は武器を下ろし、低姿勢で少し後ろへ下がる。この過剰な反応はおそらく彼らが日夜問わず獣と戦っているからだろう。


「もう良いです。ここに敵はいない、私達は去ります。」


「そうですか、お気をつけて。」


「ああそれと、教会のために寄付をいたします。」


 私は銀貨の入った小袋を取り出し、司祭へ手渡した。知識ある者であれば、それが何を意味するのか理解出来るだろう。


「おお、これはありがたい。貴方に神の祝福が訪れますように......」


「では、私はこれにて。」


「お待ちを!」


 私が帰ろうとすると、司祭は今まで一番の大声で呼び止める。


「まだ何か?」


「貴方、もしやエートルのハイエナ殿ではありませんか?」


「その通りでございます。先ほどは名乗らずに申し訳ありません。」


「いえ、構いません。貴方に伝言があります。ここより北の商業都市シュパレーにて、司教様が貴方をお待ちになられております。」


「司教様が......」


「司教様はハイエナ殿に近日中にシュパレーへ出向くようにと申しております。あまり寄り道なされるな。」


「そうですか、ありがとうございます。」


「いえ、礼を言うのは私の方ですよ。これで使いを出さずに済む、二重の意味でね。」


 司祭は怪しげな笑みを浮かべ、私を凝視した。私は静かに礼をすると、その場所から急いで立ち去る。


 その道中、私はヤタを撫でながら頭の中で金について考えた。黄金ではないとはいえ、やはり金属は何物にも勝る武器であるという事だ。あの怪僧の機嫌はたちまち直り、白紙の状態へと戻ったのだ。綺麗な離脱に満足感を覚えつつ、私は司祭から提示された謎の伝言について後ろ髪を引かれる。


 シュパレーの司教などと私は少しの接点もない。ゆえに司教のもとへ出向かなければならない理由を把握できずに、不安が残る。とにかく私にはやるべき事が増えた。


 シュパレーへ急がねばならない。


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