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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
遺跡編 友のために
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51 残党狩りと談友

 

 太陽が私達を照らす。その光は穏やかな暖かさを孕み、私は均等な焦げ目をつける調理法のように、じっくりと肌を焼かれている気分だ。南スラーフ特有の希に起こる熱い日射しによって、私の肌は小麦色になりかけている。私だけでなく、護衛兵達の肌色も黒銀の鎖鎧の如く黒ずんでおり、それは一層彼らの陽気さを引き立てているようだ。


「弓兵用意!」


 私は腹の奥底から声を出し、部下達へ合図する。周りで待機していた十数人の狩人が手に持っていた矢を数本ずつ地面に突き刺し、その内一本を弓の横に添えて次の合図を待つ。彼らは狩人であり、決して人間を殺すために弓の鍛練を続けてきた訳ではない。しかし畜産の拡大という時代の流れが彼らを許すはずもなく、こうして戦場に立つはめになるのだ。


「構え、狙え......放て!」


 号令と共に開けた丘の上から放たれた十数の矢が、綺麗一直線に丘下の人間達に向かって行く。そして、瞬きの間に彼らから悲痛な叫びが上がる。


「ぐはっ......」


「ぎゃあ!」


「敵襲!」


「クソッたれ、ラリカの残党狩りに捕捉されたか。全員槍を持て、敵の突撃が来るぞ!」


 敵の隊長らしき人物が大声で部隊の立て直しを図っている。彼の鉄兜とサヴァラの紋様布が巻き付けられた鎧は市場に出回りにくい一級品であり、是非とも手に入れたい。


「全隊突撃、敵部隊長を殺した者には銀貨をくれてやる!」


「聞いたか、行くぞ野郎共。とにかく敵は全員殺せ!」


 丘の上から数騎と五十人以上の護衛兵達が、恐怖に耐えかねるサヴァラ領兵へ食らい付く。カラシャの鼓舞―追加報酬によって彼らは暴れまわる獅子のように狂暴で、しかもその突撃は非常に秩序だっている。それを前に敵兵が逃亡を始め、まずは若い新兵から、次に傷を負っている兵士、そして良い武装の健康的な兵士までもが次々に全力で森を目指す。


「逃げるな、この距離ではどうせ逃げ切れんぞ。全員戦え。」


 隊長は必死に抵抗しているようであるが、その奮闘も虚しく、こちら側の槍騎兵の穂先が隊列の先頭にいた彼の胸を抉る。その衝突によって周りにいた敵兵までもが飛ばされ、怯える。よく見れば馬の前脚で踏み潰されたのか、衝突地点には赤と薄い桃色の物体が散乱しているようだ。


 そうして騎兵に隊列を乱され、指揮官を失い統制の効かなくなった敵部隊のほとんどが恐慌状態となる。その場にへたり込む者、全力で逃げ出す者と様々な人間がいる。しかし誰もが騎兵突撃の後に来る歩兵部隊の餌食となる。


「よし、弓兵隊抜刀、突撃隊が追撃している間に敵負傷者の確認と戦利品の確保を行います。」


「おお!」


「今回はどんな武具を得られますかな。」


「俺は武具より新しい靴が欲しいな。底がすり減り過ぎて使い物にならなくなりそうだ。」


「馬鹿お前、あそこにある物に新しい物があるわけがねえよ。全部中古品......だったものばかりさ。」


「馬鹿はお前じゃい、こいつが言ったのはもっと良い靴を見つけたい、予備が欲しいという事で新品を見つけようなんて事ではないわ!」


「ああ、そうか。すまねぇ、たぶん言語の壁のせいでそう聞こえちまってよ。」


「そういう所もお前さんの悪いところじゃ。」


「はははは!」


 熟練の初老から成人したての若者まで、狩人達は陽気に笑っている。彼らは弓矢の一斉射撃が大半であるため、誰かを殺したという意識は護衛兵達に比べて薄い。それでも少なからず、彼らは人の死の直前を目の当たりにしているため笑わなければ耐えられないのだろう。そしてこれから護衛兵同様に、あるいは以上の死の瞬間を見るのだ。


「ははは、まあとにかく全員作業を進めてください。マカはどうする?」


「僕も行くよ。」


「そうか、また離れて怪我しないようにしてくれよ。マカの身に何かあったらラーサ院長に申し訳が立たない。」


 私がそのように言うと彼はその端正な顔を悲しげに歪めた。


「うん、そうだね......ラーサ院長の心配をしているんだよね。」


「ああ、いやそうではなくて、それは要因の1つでマカの事を心配して言っているんだ。」


「本当に思っているかい?」


「本当だ。」


「ははは、ハイエナ様もマカ殿には弱いですな。」


 初老の狩人が豪快に笑い、他の者達も連られて笑みを浮かべている。


「黙りなさい。ほら、行きますよ。」


 話を強引に終え、私は彼らと共に丘を降りる。この数ヶ月を経て、部下達との会話も気楽になってきたが、依然として目の前の光景は変わらない。丘の下には、目を背けてしまいそうな哀れな肉塊が方々に転がっているのだ。


 騎士ラーテとの約定から私はラリカとサヴァラの戦いに介入した。ラーテに十余の部下を差し出し、隊商から活動に支障をきたさない程度の人員を引き抜いてラリカの尖兵としてサヴァラの人間を殺して廻っている。


 私達の任務は、ラーテが率いるラリカ主力の護衛と敵略奪部隊及び残党の掃討だ。長期に渡る紛争とラリカの略奪によって、サヴァラ勢力も本格的に雇いの傭兵達を略奪へ送り出している。また、ラリカは数でサヴァラに劣り、騎兵戦力にも乏しいため残敵の追撃と掃討は必然的に私が行っているのだ。


 そのような掃討部隊において、機動力は非常に重要になってくる。そのため部下の大半には布鎧の着用を命じて行軍力の底上げを図っているが、カラシャや護衛兵の一部は未だに鎖鎧を着込んでいる。その分彼らは普段より一層懸命に仕事を果たしているから私は何も言わない。







 私達は倒れている敵兵の後始末を開始し、三列横隊となる。前列の狩人達が倒れた敵兵を突きながら確認し、また次列の狩人が同様に確認する。そして最後の列が戦利品を剥ぎ取り、後から来た馬車へ積み込む。その馬車は後方の味方部隊へ送られ、後から回収の代金が支払われる。もちろん二束三文であるためいくつかは私達の正しい給料として、地面の下に埋める。余裕のある時にそれらを掘り出し、自分達で売り出すのだ。


 他戦場の事例から考えると、追撃部隊が戦利品を全て得られないのは特殊な事だろう。しかし私達の部隊は速度が重要ゆえに戦利品のほとんどをラーテへ献上している。戦利品を取捨選択すれば十分に利益は確保でき、またラーテへの大きな貢献になる。


 そのために護衛兵と狩人で別々の動きを取っているわけであるが、私自身、部下達に酷い事をさせていると思う。彼らから全ての戦利品を自分の物にするという優越感を奪い、過酷である残敵掃討をさせている。そして今、友人の目の前でも自らそれを行っているのだ。


「やめて......助けて。」


「マカ、お前はこっちを見ない方が良いぞ。」


 私は小さく助けを請う敵兵士の喉に短剣を当て、目の前で死体の装備品の確認を行うマカへそのように言う。しかし彼は動揺のない顔で作業を続けた。


「大丈夫だよ。特に問題はない。」


「しかし......」


「痛がってるよその人、内臓がはみ出してもう助からないなら、早めにトドメを刺した方が良いよ。」


「ああ、分かっている。」


 マカの進言通り、私は敵兵士の喉をひと突きした。それなりの痙攣の後に彼の目が極限まで見開いたかと思うと、次第に細くなっていった。そして彼の口から多量の血液が溢れる。私はもう彼に意識がない事を願った。おそらく彼は刺突によって死亡したと思うが、そうでなければ自分の血で溺れて死ぬはずだ。いくら敵といえど、それはあまりに不憫だろう。


「上手くなったものだな。」


「どうしたの?」


「いや、なんでもない。それよりマカは?」


「うん、どうやら僕は本当に、完全に慣れてしまったみたいだね。まあ、別に良いよ。ハイエナは?」


「俺は、やはり慣れない。いくら経験しても多少なり嗚咽感は残る。仕方ないだろう、誰がどうする事も出来ないのだからな。これが本当に痴呆症でない事を願うばかりだ。」


「誰に願うんだい?」


 その質問に対して私は即座に口を開けなかった。どう答えるべきか、無神論者は罪となるが、私は神など心から信じているわけではない。嘘をつけば良いのだが、中々公然としてそれを言う気にはなれないのだ。


「天に住まう方々だよ。」


「ふーん、そうかい。」


 私は答えが分からず、気づけばそのように言っていた。それにマカはあまり興味を示さなかったため私は安堵した。


「ばうっ......」


「ヤタ、ここに連れてきたのか。」


「駄目かな?」


「構わないが、しっかり見張っててくれ。死体に噛みついて人肉の味を覚えられては困る。」


「分かっているよ。そういえば、ハイエナに聞きたい事があるんだ。」


「なんだ改まって。」


「聞きたい事は2つある。なんで傭兵稼業を承諾したんだい?」


 彼のその質問に私はきまりの悪い顔をしている事だろう。


「ごめんよ、ハイエナのそんな顔を見るために質問したわけじゃないんだ。ただ、気になったんだ。僕達が敵味方になんて呼ばれているか知っているかい?」


「なんて呼ばれているんだ?」


「痩せた獣のような集団とか、残党狩りの屑どもだってさ。前ラリカの馬車が来た時に聞いたよ。」


「仕方なかったんだ。気付いた時には色々と流れていて、逆らう事も出来なかった。諦めたわけじゃないけれど、どうしても無理なんだ。これで逆らえばより悪い方向に流れてしまいそうで、それに聞き分けの悪い子供みたいだと思ったんだ。」


「そう......」


「すまない、言い訳がましくなってしまって、いや愚痴にも聞こえるか。」


「大丈夫だよ、そんな事はない。ただの事実さ。」


 彼はそう言って固まった死体から勢いよく鎧を剥ぐと、こちらを向き微笑んだ。


「それでも傭兵稼業にだって利益はあるんだ。」


「利益かい、考えつくものとしては戦利品ぐらいしかないけれどね。」


「それも利益のひとつ、目の前の利益だな。そして未来の利益、つまり投資とはあれの事だよ。」


 私は部下のひとりを指差す。マカはゆっくりと彼の方へ向いて少し考えた後、真剣な顔で喋った。


「つまり彼が僕達の希望というわけか。」


「おい......」


「ふふふ、冗談だよ。なんで布鎧が投資なんだい?」


「理由は2つある。1つ目は俺たちが布鎧を使って戦果を上げる事で、その需要を一気に伸ばせるという事だ。誰しも強い奴らが使う武装は欲しいからな。2つ目はラリカとの契約をしたからだ。」


「契約、もしかして布鎧をラリカ軍に売り込んだのかい?」


「ああ、厳密にはラーテと彼の友人達へタダで提供した。つまり試供品だ。ラリカの大半の軍は弓兵と歩兵が主体の構成だから軽歩兵向けの鎧は重宝するだろう。上手くいけば、次は彼らから購入を申し込んでくるはずだ。」


「なるほどね、そういった事情があるわけか。」


「それともうひとつ、この1ヶ月で改めて気付いたが、やはり戦場での追い剥ぎは金になる。特に長剣が稼ぎ頭だ。」


 私は長い話を終え、彼の作業を手伝う。どうやら部下達は敵の処理を終えたようで、ちらほらと護衛兵が戻ってきている。


「なんというか、やっぱりハイエナは凄いね。」


「ありがとう。」


「いいよ別に......次の質問、ラリカは敵の重要人物をよく殺しているよね。なぜ捕虜から身代金を取らないんだい?」


「それについてはよく分からない部分も多いが、おそらくはラリカ軍の構成に問題があるんだ。」


「というと?」


「さっきも言ったけど、山岳部という地理的関係からか知らないけど、ラリカ軍の大多数は弓兵と歩兵が占めている。基本的に決め手となる側面攻撃や追撃を行うのは騎士達だ。それゆえ決定打に欠けるラリカは資金と人員の豊富なサヴァラ相手に捕虜を狙うほど余裕はなく、どうしても手加減が出来ない。そうして勢いあまって敵指揮官をうっかり殺してしまうわけだ。」


「なんというか、よく教会や他領主と関係が悪くならないね。」


「何事も黄金に勝るものはないかな、ラーテいわく教会も一応は注意喚起するがそれだけ、領主達も今は自領の管理に手一杯だ。それに戦場では必ずしもしきたりが守られるとは限らない。騎士だって人間、そして職業軍人だから時として柔軟に規則を破るんだ。騎士は降参した相手を痛め付け、殺す事もある。弱者を積極的に狩るのが模範とされる場合もある。つまり建前と本音というやつだ。」


「へえ、夢なんてあったもんじゃないね。」


「本当にそうだ。か弱き貴婦人の中には、それを欺瞞だと言って頑なに認めない方も多いらしいが、彼女達は所詮知識のない馬鹿者だと、どこかの学者が言っていた。」


「へえ、中々過激だね。」


 そうして私はマカと共に戦利品の仕分けを続ける。突撃隊は敵を殺し切ったようで、人だったものを抱えた護衛兵達が森の奥から歩いてくる。また、狩人達も倒れている敵の判別を完全に終えたようで黙々と仕分け作業に入っている。


 私はマカと会話を続けなければ死体の顔を見れないようで、そのまま彼と喋りながら敵から装備を剥ぎ取っていった。


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