50 約定と狂乱
「単刀直入に言おうハイエナ、お前の兵士をラリカに寄越せ。」
「は?」
「お前の隊商から護衛兵を数人軍役に就かせよと言うておるのだ。」
身支度を整える騎士は淡々とそのように言い放つ。ラリカ伯領のラルテー城―その責任者である騎士ラーテの部屋には当人と私しかおらず、彼の持つ鎖鎧が擦れて静かな空間に不相応な金属音を立てる。それを聞きながら、私は彼の言葉に戸惑いを隠せないでいる。それを読みとったのか、騎士はため息をつきながら言葉を続ける。
「お前の部下達の練度、武装、士気、どれを見ても高い水準にある。よほど良い人選をしているようだな、1人の行商人が持てる武力ではないぞ。」
「お、お褒めに預かり凝縮でございます。」
「その気味の悪い口調を止めろと言っておるだろう。まあいい、とにかく10人の護衛兵を3カ月差し出せば様々な権利を与えてやる。ラリカ領内における関税の免除、戦争における略奪の許可等だ。」
「なっ、どういう事ですか?」
「どういう事、とは?」
「いえ、その......私はあまりラリカの詳細な情報に詳しくありませんので、色々と理解出来ずにいます。」
私は額に流れる汗を服の袖で拭う。私に理解できない事は彼の発言の全てだ。しかしラーテへの護衛兵の提供から考えると、彼は私を本格的に従者としたいようだ。
この戦乱溢れる時代に、人々は封建的契約というものを重視するわけであるが、その内ひとつとして家臣には軍役の義務がある。強者に保護される代わりに税金や人員を差し出し、主人への忠誠を示すのだ。私がラーテの勧誘に返事をした覚えはないため、これはかなり強引な登用だろう。
「うん、お前がラリカに与するのは当然ゆえ、我々の内情についても教えなければな。」
「えっ、あの。」
「ハイエナ、お前はラリカの一部だ。お前の利益について、墓に入るまで秘匿しておきたい事もあるだろう。」
「はい、その通りでございます。」
「うん、よろしい。それでは簡単に説明する。」
彼の声色は普段の陽気なものへと変わる。私は騎士の強引なやり方に疑問を持つばかりだ。これでは家臣に不満を持たれ、労働意欲や忠誠は崩壊していく。それを考えているだろうか、もしくは彼がこのように接するのは私だけという可能性もある。私はラリカの武装を横流ししているとはいえ、彼らが出来ない事を私が代わりに行って金を納めているのだ。使われない武具を転売し、それなりの資金を稼ぎ、山の民の武器製造能力をラリカにもたらしているが、このように扱われても無理はないかと思考する。
「まず関税の免除について、ラリカ領内において関税の主な収入源は南方からシュパレーへ向かう商人だ。その大半はラルテー城周辺を通過するゆえ、ラリカ伯爵は私に彼らの荷の検めと税の徴収、それに伴うラリカ領内における保護を命じているわけだ。つまり、私には城周辺―西ラリカにおける関税徴収の全権がある。」
「それはまた大層な権利ですね、ラリカ伯爵は寛容なのですか。」
「いや、どこの領主もこんなものだ。土地を譲渡した場合、その土地における権限の大半は所有者に移るからな。とにかく、私がお前のここ周辺における自由な通行を許可する。」
「ありがとうございます。」
「よせ、納める金を増やさせたのだから当然だろう。正直これからも利益をあげて多くの金を納めてもらいたい、その分私が戦争に集中できる。」
彼は少し照れるように顔を歪める。その反面私は微妙な顔つきになっているはずだ。
「次に戦争における略奪の許可についてだが、お前にもサヴァラとの戦争に参加してもらうぞ。」
「ラーテ様、私には商売が......」
「お前には優秀な部下達がいるだろうに、それにお前が北方へ出向いている間、隊商は活動していたではないか。」
「それはそうですが......」
「まあいい、あくまで本命は兵力の補充にある。お前が戦場に向かわずとも、部下のみを私に送れば良い。」
「それだけはしません。」
私ははっきりと彼に答えた。その瞬間、別の方向を見ていたラーテはこちらへ向き直り、まるで獣を狙う狩人のように凝視した。私は、私の部下だけを戦場へ送るのはもうこりごりだと考え、もし戦争をするなら私も彼らと共に行くと決めていた。
「ならばお前も参加するのだ。なに、大した事をするわけではない。サヴァラ領内における敵部隊の牽制やラリカ主力の補助、敵施設の破壊活動を行ってもらう。」
「その一環として、私に略奪の許可を与えるのですか。」
「その通りだ、略奪とは兵士への給与及び補給、敵への経済的打撃となる。全ての国において、物流は未だに不安定、ならば村の略奪は最も安定的な補給基地だ。」
私は彼の言葉に賛同せず、良い表情をつくらない。確かにこの大陸における物流は前より良くなったとはいえ、まだまだ未発達の部分が多い。全ての領主が街道の整備に力を入れているわけではなく、敵の侵入を許さぬようあえて未舗装にしている領主もおり、そうしなければ領地を守れない。それ故通行可能な道は時に限定され、盗賊の巣窟となる。そのような事情からやはり軍事的行動における補給は限られた手段しか残されなくなるのだ。
「まあ、お前が略奪をしようとしまいと、私は構わん。ただ他の傭兵団が代わりに村を襲うだけだ。」
「私は何も言っていませんが。」
「そうか、ハイエナ......お前は自分が思っている以上に感情が顔に出るぞ。まあ、羽虫のように微細ではあるがな。」
「ラーテ様は人の感情を読み取るのも得意なようで、羨ましい限りです。」
「そうでもない。それのせいで時折、被害妄想のような考えに取り付かれる事もある。特に女はな。」
「女?」
「いや、話が逸れたな。何でもない。とにかく、護衛兵10人をこの城に寄越せ。それからラリカ傭兵の証明書と通行許可書をお前に渡そう。」
「分かりました。傭兵として仕えさせていただきます。」
「よろしい。私はこれからラリカ伯爵のところへ向かう。数日後に戻るからそれまでに心しておけ。」
そう言って騎士は立ち上がり、外へ出て行った。部屋にひとり残された私は大きく深呼吸をすると、すぐに部屋を出て部下達の元へ向かう。彼らに全てを説明する前に、私にはやるべき事がある。
ラリカ勢力、特にラーテにサヴァラと通じている事が露見すれば、今度こそただでは済まない。サヴァラ伯爵との会談は秘密裏に行われ、あちら側が素性を知らないとはいえ、私の緊張と不安は心臓を押し潰すほどだ。サヴァラ勢力は落ち目にあり、彼らと戦う以上は解約した方がいい。
急がねば、サヴァラ伯爵に会い、契約の破棄を告げるのだ。
翌日、私は何人か部下を引き連れて全速力でサヴァラを目指した。もちろん武具を満載した馬車を連れていくはずもなく、馬で街道を駆けたため2日もかからずにサヴァラ領内へと入った。
やがてサヴァラ伯爵の住まう城が見えると、私は部下を待機させて鉄の仮面を装着する。普段同様、伯爵の従者の案内によって薄暗い城の中へと入って行く。心無しか従者やサヴァラの兵士達の顔からは生気が感じられないように見えるが、私は問答せずに黙って城内を進んだ。
「伯爵、武器商の方がお見えになっております。」
「入れ。」
「失礼いたします。」
「よく来た。また武器や人員を売りに来てくれたのかね。」
従者に続き伯爵の私室へ進むと、私の目には痩せ細って今にも折れそうなサヴァラ伯爵の姿が映った。
「伯爵、そのお姿は?」
「ああ、あまり食事が喉を通らないものでね。最近は粥しか口にしていない。まあ、良いことだよ。その分食費が浮いて戦費に回せるからな。」
「左様でございますか、しかし腹が減っては戦も出来ないと、よく言うではありませんか。身体は大事になされた方が......」
「いいんだ、それよりも今日の納入品はどれほどか。」
「その事ですが、今回にて契約を終了させていただきます。急なご挨拶になり申し訳なく思っています。」
「契約の終了だと、今更契約を破棄すると言うのか。」
伯爵の声が震え、重苦しいものに変わる。
「なぜこうも上手くいかぬ、なぜ厄災が私にだけ降りかかるというのだ!」
「伯爵様、何を!?」
「商人風情が!」
伯爵は腰にある半剣をゆっくりと引き抜き千鳥足で私に近づくと、斬りかかってきた。私は咄嗟に近くに置いてあった弦楽器で斬撃を受け止める。
伯爵の不安定な足取りからは想像できないほどの重い衝撃が楽器を通じて私の手を震えさせたかと思うと、どうやら彼の一撃によって楽器は完全に破壊される。そして散らばる木片の間から鋭い刃が私の胸を掠めた。間一髪で身体に刃は届かなかった事に私は安堵するも、すぐに伯爵の方へ向き抗議する。
「伯爵、何をなさるのですか!?」
「黙れぇ、しね!」
「伯爵様!」
伯爵が再び剣を上段に構え鉄塊を振り下ろさんとした時、彼の従者が止めに入った。伯爵の腕を掴み、うごきを封じる。どうやら彼の部下達からすれば想定外の出来事だったようだ。
「離せヴァルドー、こいつを斬らせろ!」
「なりません、この者は武器商といえどギルド所属の商人でもあります。ギルドとの問題になりかねません。どうかこの者をご容赦ください!」
「離せ!」
「くそっ、衛兵、伯爵様の発作だ。商人殿をお連れしろ!」
従者は伯爵と揉み合いながらそう叫ぶと、数人の衛兵が部屋に走り込んで来た。そうして、一番屈強な衛兵が伯爵を押さえ込み、私は残りの衛兵達によって部屋の外に連れ出された。
「離せ!」
室外に出るとそのまま城の外まで連れていかれる。その最中ですら伯爵と彼の従者の怒鳴り声が聞こえてくるのだ。私は何も理解出来ずにただ慣れた様子の衛兵に運ばれている。そうして城の中庭まで逃げた。
「はあ、また伯爵が乱心されたか。」
「もうサヴァラも終わりかねぇ。」
中庭まで来ると、衛兵達はそのように呟いている。私は面食らった表情で彼らに話しかける。
「あの、一体これは?」
「ああ商人殿、今回の事は本当に申し訳ありません。サヴァラ伯爵は今、心を痛めておいでなのです。」
「心ですか。」
「ええ、ここ数ヶ月で我々の軍勢は多くの死傷者を出しました。特に敵騎士の追撃凄まじく、こちら側の司祭にまで被害が及ぶほどだったのです。」
「つまり、サヴァラが劣勢ゆえに伯爵は機嫌を損ねているという事ですか。」
「それもありますが、前の戦いにて彼の従者の1人が敵騎士に目前で討ち取られたのが大きいのです。その...従者は伯爵のお気に入りでしたから。」
「ああ、なるほど。」
つまり、伯爵は恋人を殺されて心が荒んでいるという事だ。領主の結婚というのは愛に基づく関係ではなく、政治的な意味合いの強いものばかり、それゆえ婦人以外とそのような関係になる事もしばしばある。
聖教では同性での色恋沙汰が重刑にあたる。しかし領主ともなれば見逃される場合もあるのだ。何より教会は一々それら戒律のために動くよりも、人類の敵である金品を善良なる人々から集め、救済するのに忙しい。
「さらに、ラリカは複数の傭兵団を雇用しており、奴らの活動によって多くの村々に被害が及んでいます。刃向かう男達は殺され、無抵抗の者や女達は犯され奴隷として売られるのです。」
「つまり、伯爵は家臣や民の被害に精神がもたなかったという事ですか。」
「はい、伯爵様は、普段理想の領主たるために整然と振る舞われておいでですが、内面はとてもお優しく、争いごとに慣れていないのです。」
「殺されそうになりましたけどね。」
「伯爵様も限界なのですよ。とにかく、商人殿は何があってもここへ来ない方が宜しいかと思います。」
「そのつもりですよ。」
私は会話を終え、中庭から伯爵の部屋の窓を見つめる。すでに関係のない事とはいえ、後ろ髪を引かれる思いが私の心にあるのだ。
そうして窓を見ていると、伯爵の憎々しげな目と私の目が合った。まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまったが、どうにか一礼をして私は待機している部下の所へ戻った。これ以上この場所に留まれば、いよいよ理性を失った伯爵とその配下に殺される気がしたのだ。
「散々でしたね。大丈夫ですかハイエナ様。」
部下の一人がそのように話しかけてくる。私は頭を抱えながら彼に微笑むように返す。
「大丈夫ですよ、サヴァラとの繋がりが消え、麻やその他資材の供給も消えたのは痛手ですが、それでも他に供給地はありますからね。」
「いえ、そうではなく......ハイエナ様の心配をしているのです。」
「ああ、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ、敗戦濃厚な勢力で問題が起こる、というのは慣れていますからね。」
「そうですか、大変ですね。」
そうして馬に乗りながら街道を進む。風に当たりたいという気持ちから先ほどとは違う道を進んでいる。気づけば街道はどんどん狭くなり、木々が道につき出している。しばらくその道を進んでいると、何か腐敗した匂いが鼻を掠めた。
「こちら側からはエートルへ帰還できましたか。」
「ええ、帰れるはずです。何か?」
「いえ、何か肉の匂いがします。」
「肉ですか、いえ私には何も......お前はどうだ?」
「いや、何も匂わない。ハイエナ様、私どもには何も分かりません。」
「確かにこの道の先から腐った肉の匂いがします。このまま進んでみましょう。」
そのまま木々生い茂る道を慎重に進むと、いよいよ強い腐敗臭がはっきり辺りに漂い出す。部下達もそれに気付き、鼻を押さえている。私は鞄から布を取り出すと、口と鼻に巻き付け臭い避けとする。そうしてどんどん馬を前進させていくと、奥の方に人が見えた。
「ハイエナ様、これは!?」
「ええ、また人肉果樹園ですか。」
臭いの原因に近づくと、私はそれらをまじまじと観察する。道の両側の木々に血の滲む肌の死体が無数に吊るされているのだ。死体の中にはサヴァラの紋章の入った軍装を身に付けたものがある事から、吊るされているのはサヴァラ勢力の者達だと分かった。
「おそらくラリカが雇っている傭兵団の仕業か、サヴァラが同様に略奪部隊を編成しないように脅しているのかもしれません。」
「ここから先に進軍するとこうなるぞ、という事ですか。見慣れているとはいえ、気持ちの良いものではありませんね。」
「全くです。」
そうして部下に相槌を打ち、適当な方向を見ると見知った顔を見つけた。その瞬間、私は馬を止めてその死体に近づいた。
「ハイエナ様?」
部下達は不思議そうにこちらを見る。
「ハイエナ様、どうしたのですか?」
「彼は、知り合いです。どうやら弓の的にされたらしい。」
私の言葉に部下達は黙る。私の目の前には一年前に戦場で初めて出会った従軍司祭がおり、身体に十以上の矢が刺さったまま目をこれでもかと見開いて死んでいる。私がまだラリカからの武器輸送で完全に生活を賄う前まで、あるいはサヴァラに立ち寄った時に彼と親しく会話した。
「彼を埋葬しても良いですか。」
「ええ、私どもも手伝います。」
司祭の亡骸を木から降ろす際に、私は彼の目の奥を見た。何もなく、何も見ていない色だ。これも仕方ない事だろう、彼も覚悟の上で戦場に赴いたのだから私が言える事は何もない。それにきっと私はこの後には彼の事を忘れているだろう。だからせめて今彼を墓守の代わりに埋葬するのだ。




