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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
遺跡編 友のために
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49 孤児院と鎧工房


 この鬱屈とした世界に慣れ始めた彼は様々な人間、出来事に影響される。彼が選ぶのは利益による大多数の救済か、友か...あるいは自分か。


 エートルへたどり着き、ラミン達に熱い歓迎を受けた後、私達はいつもの酒場の前へ来ていた。隊商のために残留させた他の部隊は未だラコテーの街から帰還しておらず、酒場は寂しい状態であったが、それも護衛兵達の喧騒によって消え去っていた。


「誰か肉をくれ。あと果実酒を樽ごと。」


「あああ、女抱きてぇな......後で鎧工房の女達の所行こうぜ。」


「ぶっ殺してやる!」


 様々な言葉が飛び交う様は、まさに一時の楽園といえる存在かもしれない。彼らはまた数日後に不安定な街道をマメの出来た足を引きずりながら行軍する事になる。だから私は彼らの楽園に水を差すような事をしたくないのだ。


「ハイエナ様、この資料と帳簿をお忘れなく。それと、納税費と権利書に目を通しておいてください。」


「ありがとうございます。貴方達も残りの仕事が終わり次第、自由にして構いません。すいませんね、何かと雑務を押し付けてしまう形になって。」


「いえ、それが商人の仕事ですから......それに私達は彼らと違い、命の危険はそこまでありません。この仕事量は誰かのために命を張れる彼らを尊敬しての事ですよ。」


 商人は微笑むように護衛兵達への賛辞を述べ、酒場の方を見る。それを普段から面と向かって言えば良いものを、商人達は頑なにそうしないのだ。それは気恥ずかしさ故であろうか。


「本当に助かります。」


「では良い休日を、ハイエナ様。」


 私達はそのように挨拶を交わして別れた。彼の仕事終わりの行き先はおそらく鎧工房だろう。しかしそれは、酒場で下品に笑う性欲の化け物達とは違い、愛する人との再会を喜ぶための事だ。私は鎧工房の女性達と部下達の密接な関係を素直に喜ぶと同時に、これまで以上に村人達を見捨てられない実情が増える事を残念に思った。ますます私は諦められない。







「ハイエナお兄ちゃん、お帰りなさい。」


「お帰りなさい、北の街に行ったんでしょう。北ってどんな感じだったの。」


「お話聞かせて。」


 孤児院に帰ると私を待っていたのは子供達の温かい言葉ばかりだった。少々暑苦しい気もするが無邪気な子供達の顔を見ていると、私は生きた心地を味わえるのだ。私は彼らのために利益を追及しているのだから当然の事である。


「ただいま、皆順番に待ってくれ。食事の時に話すからな。あと、お土産もあるぞ。」


「わーい、お兄ちゃんありがとう!」


「ハイエナお兄ちゃん!」


「お帰りなさいハイエナ様、ご無事で良かった。」


 ふらりと現れた褐色美人は落ち着いた声でそのように私を労った。


「シャラさん、ただいま戻りました。」


「ハイエナ様、お疲れのところ申し訳ありませんが、カラシャは無事でしょうか。北方はムステと同じほど戦争の多い土地と聞いておりましたゆえ、毎晩心配していたのです。」


 彼女は美しい顔を歪めながら、私の顔色を伺うように弟の安否確認を行い、私はそのあまりにも美しい兄弟愛に少し後退りした。


「カラシャなら大丈夫ですよ、五体満足でぴんぴんしています。彼も貴方に早く会いたいと言っていましたが、とにかく私達の仕事量は多いので、しばらくしたら彼もこちらへ来ます。」


「無事で良かった、彼にもしもの事があれば私は衝撃のあまり死んでしまいます。」


 どこぞの魚のような繊細的生態を語りながら、彼女は子供達を抱き抱える。その際に彼女の豊満な胸が子供に当たったようだ。抱かれている子供の内、女児はともかく男児にはかなりの刺激だったようで、彼は顔を赤らめている。子供といえど齢が十に近づけば無理のない反応だろう。しかし隣の女児はそれを良く思わないようで、物凄い形相で彼を睨んでいる。その微笑ましい光景に私の頬は緩んだ。


「そうだ、ラーサ院長と話はできますか。」


「え、ええ。ラーサ院長なら奥の部屋にいます。マカ様と話しておりますよ。」


「ああ、そういえばマカが先に帰っていましたね。では、3人で仲良く団欒といきましょうか。」


「それと、もうすぐ夕食の準備をすると言っていただけますか?」


「ええ、分かりました。」


 私はラーサ院長の私室へと痛む足に力を入れながら進む。かつて私が成人するまでに通った土床は立派な木組みに変えられており、また壁も風を完全に通さないよう補修されている。もしかするとこの孤児院はエートルで一番良い施設ではないだろうか。その事を良く思う反面、どこか悲しさを感じてしまう。床から採取して食べた幼虫の味も、就寝すれば身体が汚れ、痛くなるような劣悪な床も全ては存在しないのだ。


「ラーサ院長、いますか?」


「どうぞ。」


 扉ごしに穏やかな声が聞こえてくる。私はそっと扉に手をかけ、ゆっくりと部屋へ入る。中には、立ったままのマカと寝床に座っているラーサ院長がこちらを見つめている。


「ハイエナ、お帰りなさい。」


「ただいま戻りました。あの......シャラさんがもうすぐ夕食の用意をすると言っています。」


「もうそんな時間か、じゃあラーサ院長、僕は先に向こうへ行っていますね。」


 マカは半開きの扉から食堂へ出て行った。この空間には私とラーサ院長が残され、微妙な空気と少し時間が流れる。


「ハイエナ、北スラーフはどうでしたか?」


「ええと、それなりに成果は出せました。だから今後も仕事は大丈夫です。」


 なぜそのような言葉が自分の口から出るのか、不思議には思わなかった。ただこの悪癖をせめて親しい人の前では抑えたいと必死に努力するしかない。しかしそれをすれば彼女は再び自分の身体を売って金を得ようとするかもしれないのだ。


「そうですか。先日、教会の方から孤児の受け入れの拡大要請が来ました。南スラーフにおける孤児院の数はそれほど多くありませんから、彼らはエートルの小さな孤児院も頼らざる負えないとの事です。」


「ラーサ院長、それは......」


 この孤児院は私がある程度の支援金を出しているから日々の生活や施設改装に余裕があるわけで、これ以上孤児達が増えればまた元の生活に逆戻りの可能性すらある。それに私の商売も必ず上手くいく訳ではないし、維持費の増加はあまり望んでいない。


「分かっています。孤児達の正確な数は不明ですが、おそらくは数十人規模、とても費用が足りません。ですから少し早いと思いますが、今いる子供達を奉公に出そうと思います。」


「ラーサ院長、彼らはまだ幼い。とても過酷な労働環境に耐えられるとは思えません。南スラーフでは職も限られていますし、既存のものは全てかなりの危険性を孕んでいます。」


「ですが、仕方ないのです。これ以上貴方に負担はかけられませんし、お金も足りません。私ももっと割の良い仕事を増やさなければ、この孤児院は立ち行かなくなります。」


 彼女の深刻な顔に私の身体は固まってしまう。また彼女に身売りをさせる事になる。私はそのような人間の末路を多く見てきた故に、彼女がどうなるか理解している。病気、暴力、飢餓、精神異常、全てが束となって彼女を襲うだろう。そしてそれは奉公に出る子供達も同じだ。


「ラーサ院長、私が全て何とかします。」


「ハイエナ、それは......」


「私に先ほど北スラーフでの商売の事を聞いたのは、助けをもとめているからでしょう。だから私は孤児院の皆を助けます。子供達は鎧工房へ、あそこは隊商や残党狩り、他の仕事よりも比較的安全で良いところです。孤児院の支援金も増やします。」


「ハイエナ、私はそのようなつもりで言ったわけではありません。貴方に負担をかけるなどあってはならない事です。」


「負担ではありませんよ。商売は順調、私はこの孤児院と貴方達に恩を返したいのです。」


「ハイエナ、私は......」


 彼女は泣きそうになっている。その歪んだ顔は罪悪感からのものか、それとも嬉しさ故のものなのかは分からない。もしかすると私の身を案じてくれているという都合の良い解釈をするが、それをすぐに頭から消す。


「ハイエナ、ご飯だよ!」


「ああ、マカ今行くよ。」


「ハイエナ、まだ話を......」


「では、行きましょうか。話の続きは後日という事で、今はマカと私が帰って来た事を食卓で共に喜んでください。」


 私は彼女の手を取って寝床から引っ張り、いたわるように食堂へと連れて行った。その間、彼女は良い顔でなかっただろうが、子供達の前に来ると、負の感情を抑え込んで健気に振る舞っていた。やがて皆が椅子に座り、祈りを捧げた後で普段より少し豪華な食事を楽しんだ。


 私はずっと考えている。なぜ私はあの嘘をついたのか、私の財布は常に穴が開いていて、落ちた金の先は私の親しい人物あるいは知人ばかりだ。それは私が生まれた時から変わっていない、ずっと変わらない事である。例えそれが血を吐く苦しみになろうとも私はそれを続けてきたのだからこの先も同じだろう。どうせその苦しみも明日には忘れていて、とにかく無心に金を稼ぐ事だけ考えているだから、余計な事を考えるのは無駄だと自分に言い聞かせる。和やかな食事風景を前に私の気持ちは重い。







 次の日、私は製品の回収と給与分配のために鎧工房へ出向いた。その際に孤児院の子供達をフォルンツの弟子や婦人達に紹介した。心無しか前より痩せた雰囲気の弟子達は、子供達に笑顔で接していた。婦人達は子供の養育というものに慣れているか、優しさと厳しさの中間のような感情で彼らに接し、良き母のように見えた。


 そんな工房従業員に対して、子供達の反応は良く、まるで家族が増えたようにはしゃいでいる。だが子供達、特に男児は私の隊商で働けない事を不満に思っているようだ。確かに鎖鎧や長剣を身に付けて盗賊や怪物から交易品を守りながら都市間を移動するのは男にとって夢のある職業かもしれない。しかし夢と現実の差は常に残酷なもので、私は彼らにその差を知って欲しくない。だから子供達を隊商へ配置する気はないのだ。


「今回の製造は150以上の布鎧ですか、なんと言うかこの短期間で作り過ぎではありませんか。」


「申し訳ありません。彼女達の意欲は素晴らしいもので、私達も適度な量を心がけるよう指導しましたが及びませんでした。」


「いえ、たぶん問題ありません。作った分売ればいいのですからね。後は私達に任せてください。後で製品指定をまとめた文書を届けさせます。」


「ありがとうございます、ハイエナ様」


「はあ」


 私はため息をついた。工房が稼働した初動に忙しかったとはいえ、製品数を指定しなかったのは失策だ。布鎧は必要材料と製法から大量生産しやすいとはいえ、ここまで予想していなかった。私は頭を抱えて悩んでいる。


「おお凄い、こんなに鎧が並んでいる所なんて見たことないね。」


 茶化すような口調で武装した男が工房へ入って来た。弟子や婦人達は一応警戒しているようだが、私は男の気抜けした顔を見た時安堵した。


「エートルの衛兵隊長殿が、こんな昼間から暇そうにしていて大丈夫ですか?」


「うるさい、これでも職務を遂行してるんだ。」


 彼は口を尖らせながら、完成した布鎧のひとつを手に持つ。


「良い鎧だよな。軽くて手入れがしやすそうだ。なあハイエナ、これ衛兵隊の人数分くれないか。なにかと重い鎖鎧だけじゃ不便でな、やっぱり整備しやすくて軽量な防具も欲しい。」


「それはお買い上げなさるという事でしょうか?」


「いや、タダでくれないか。」


「皆さん、衛兵隊長殿はお帰りになるそうです。」


「嘘だ。1着銅貨1枚で頼む。」


「ふざけていませんか?」


「いたって真面目だ。いつもハイエナの隊商の関税は免除しているだろう。それに検査もしていないし、理不尽な文句をつけて略奪もしない。俺たちはかなり真面目な衛兵だからそれぐらい良いじゃないか。」


 彼はまるで旅人から金を騙し取るギルド商人のようなあくどい笑みでこちらを見つめる。非常に腹立たしい顔だ。


「いつも関税の代わりに友達料金を出しているじゃないですか、というか貴方達の給料ってどうなっているのですか。」


「ああ、基本的には不法滞在者やごろつきから金を取ったり、他の隊商からの関税だな。後者はあまり金を取りすぎると次からエートルを利用しなくなるから、主な収入は前者だ。でも浮浪者どもの所持金なんて高が知れてるから賄賂が重要なんだ。」


「結局関税と変わらない気がします。まあ良いですよ、当分の友達料金を無しにしてくれるならタダで人数分の鎧を提供します。」


「うん、まあそれでいいだろう。俺達も街を治める領主がいなければ大変なんだ。」


「しかしなぜこの鎧を欲しがるのですか...他にも手立てはあるでしょう。それにエートルは寂れた街ですが外敵はそれほど多くない、武装の充実には早いと思います。」


「契約した後でそれを言うのか......まあいい。最近南スラーフでも獣信奉者が彷徨いているだろう。それにエートルの森で不振な集団を見たと報告があってな、早期に警戒しておくのは大事だ。それとお前のとこの村人達を見たからだな。」


「ラミン達ですか?」


「ああ、最近奴らが訓練のために外へ出るのを見ていたんだが、かなり様変わりしてな。ラミンと言ったか...隊長みたいな奴の変化と言ったら凄いぜ。」


「確かに彼は筋肉、統率力共に成長していましたね。まるで子供狼のように成長が早い。」


「だから奴らの身に付けている防具が欲しくなってな。」


 私は衛兵隊長の意外な一面に驚いた。彼にもそのような他人を羨む、向上心のような気持ちが存在したのだ。失礼かもしれないが、いつも気だるそうに空を見上げ、酒を飲んで奇声を放っているのだから無理もない。しかし、鎧が同じだからと言って訓練をしなければ部隊の練度は上がらないだろう......という無粋な質問は心にしまう。


「そうですか、ともかく鎧は後で届けさせます。」


「助かるよ。あと、ラリカからお前に使者が来ていたぞ。北門にいるからな。」


「はあ、分かりました。」


 私は重いため息をつき、返事を返す。ラリカからの使者が私に訪れるなど騎士ラーテと関係しているに違いない。それ故に私の足取りは大きな岩を引きずるように重くなる。しかしそれでも私は気持ちを切り替えて北門へ向かう。


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