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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
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46 死者と灰

 

 どれぐらい同じような道を延々と歩いたのか定かではないが、ようやく人工的な灯りが目の前に見えた事を喜ぶ。黒森には多くの自然的な灯りがある。水たまりに集まる羽虫、謎の茸から排出される胞子、鮮やかな光石が暗闇の中で淡い光を放っている。どれも目にした事のない不思議な光景であり、書物だけでは得られない情報ばかりだ。それゆえ自身が噂や本にも載らない不確かな場所にいる事を不安と感じる。


 やがてその光と人工物らしき建物へ近づくと、その全容がはっきりと目に映る。木製の崩れた小屋のあちらこちらに深緑の苔がびっしりと付いている。そして倒壊した小屋の柱には、老婆の持つカンテラよりも一回り大きいものが吊るされており、その光からは一種の神聖さを感じさせる。


「白い魔女殿、ここは?」


「改めて私の事は、ヒガンと及びください。ここが私の住まい、魔女の家です。」


 そう言いながら彼女は小屋に近づき、置いてあった板を取り外した。そこには地下へと続く階段が一つあった。


「ではヒガン殿、あえてお聞きしますが、ここは安全なのでしょうか。」


「ええ、十分に。獣は香と光を、怪物は私を嫌います故、ここはどこより安全でございます。」


「よかった、それでは周辺に野営地を設営します。部下達の休息が十分に取れたら、出口までの案内を頼みます。それと、どこか埋葬できる場所をご存知ないでしょうか。」


 私のその言葉にヒガンは一瞬固まったが、数秒後に鼻で笑うように喋り出した。


「自ら殺した相手の墓をつくり、葬るとは......信仰心か利益のどちらか気になります。」


「ははは、どちらでもありませんよ。例えどんな恐ろしい姿をしていようと、間違って殺した場合は罪悪感が残るものです。それに、故郷を離れて死ぬ者達への最後の救いです。あと、私は穴を掘るのが好きなので。」


「これは、墓守のような事を言いなさる。無礼と存じて申しますが、獣あるいは怪物どもがいづれ墓を暴くでしょう。死者は傷つき、食い荒らされる。彼らに救いはありません。それでも埋葬なさるならどこへなりとも。」


「感謝します。」


「私は下におりますので、いつでも声をかけてください。」


 ヒガンはゆっくりとした動作で礼をすると、階段を一段ずつ丁寧に降りていった。私はそれを見届けた後、馬車の荷台から複数の死体を地面へ降ろした。そして野営地から少し離れ、光の限界点であろう場所に穴を掘った。気づけばヤタがその可愛らしい手で赤黒色の土を掘り返しており、私はその健気な姿を見て思わず彼を人撫ですると、彼は少し唸りながら気持ち良さそうにした。


 やがて全ての死体に赤黒土を被せ、その上に石を置いた。彼らの信仰する神を知る由はないが、おそらく埋葬したという事実が彼らを救うはずだ。いやむしろ、救われているのは私の方でないかと考えるが、すぐにそれを頭から消し去り、私はヤタを抱えて野営地へ戻った。


「ハイエナ、肉焼けてるぞ。」


「おおハイエナ殿、お待ちしていました。」


 二人の男が声を弾ませて私を焚き火のもとへ迎え入れる。カラシャは少々焦げの付いた肉を両手で持ちながらかぶり付き、フォルンツは読書をしながら甘い匂いのする液体の入った杯に口を着けている。他の者達もここが安全地帯だということで皆食事を楽しんでいるが、それでも普段の様相と違い、どこかぎこちない。それでも麻袋の紳士と褐色隊長は落ち着き払っているためそれが彼らを冷静にしているのだろう。


「ほらハイエナ、お前も肉を食え。塩はないが、かわりに干し肉スープを表面に塗った。」


「ありがとうございます、いただきます。」


 カラシャは相変わらず豪快に笑いながら裏表を感じさせない目つきで焼いた肉を薦めてくる。私はその香ばしい匂いのする肉を受けとると、彼と同じようにかぶり付く。また彼は私の横でこちらを見つめている。


「本当に、食ってしまったのか。」


「え、いったい何を。」


「これはこの土地の獣の肉だ。」


「なっ、獣を殺すなと魔女に言われたでしょう。取ってしまったのですか。」


 私は心底驚いた反応をすると同時にカラシャの顔を見る。そして、彼がわざとらしく泣いている動作をしながら顔を隠し、後ろにいる麻袋頭は読書中に震えているようだ。


「大丈夫だよ、ハイエナ。その肉は狩っていい肉だからね。」


 そう不意に声をかけられ、私は彼らから視線をずらして後ろを見ると、そこには兎のような少動物の首を絞めて歩くマカの姿があった。


「マカ、狩っていい肉とは......はあ、つまり騙されたという事か。」


「そういう事だ、ハイエナ。さっき婆さんに聞いたら小動物なら殺していいと言われたから、マカが狩ってきてくれたというわけだ。全くお前ときたら、面白いなぁ。」


 カラシャは食べかけの肉を片手に杯を呷りながらそのように言った。なんと性格の悪い遊びだろうか、もう少しで地下室へ走り、ヒガンの助けを求めるところだった。


「ほーらヤタ美味しいお肉だよ。」


「わふっわふっ、くーん。」


 私が憤りを越えて失笑する後ろで、マカはヤタへ優しげに食事を与えているようだ。それを考えてとにかく私は食事を続ける事にした。


「すまなかったなハイエナ。ほら詫びの酒だ。ほとんど酒気はないから果汁みたいだが、旨いぞ。」


 かなり使い込んでいると思われる薄い赤色の杯に淡い桃色の液体を注ぎ、それを私に手渡す。


「はあ、確かに驚きましたよ。それも冷や汗が止まらず、鳥肌も出てる。」


「獣は嫌か。」


「当たり前です。獣は恐ろしい存在ですから嫌に決まっています。」


「ふふふ、冗談はよせよ。さっきもヤタと戯れてたじゃないか。ヤタも一応は獣で成長したらそれはもうこれほどまでデカくなるぞ。」


 そう言ってカラシャはおおげさに両手を広げて獣のような声を放つ。私は今一度自分の持つ杯の中にある液体をすくい、本当は酒なのではないかと疑う。それほどまでに目の前の男はいつにも増して陽気なのだ。


「そんな大きくなるわけないでしょう。よくてせいぜい貴方の半身ほどですよ。」


「そうとは限らないかもしれませんよ、ハイエナ殿。獣は環境によって体格の差は凄まじいものになります。特にこの森で育てればどうなるか予想もつかない。」


「それはまた、なぜでしょうか。芸術家は地理にもお詳しいようで良ければ見解を聞かせてください。」


「もちろん、ですがこの森に関して以外ですけれどね。この森は植生から現象にいたるまで全てがおかしい。」


 フォルンツは先ほどの笑う様子と違って真剣な声を醸し出している。そのため私とカラシャとマカ、周囲の部下達は自然と耳をこらしたのだ。


「おかしい、とは?」


「まずこの光る石、こんなもの見た事はありませんし、どの献文にも載っていません。地元の人間に聞いた話とも違います。」


「それはまた奇っ怪な事ですね。」


「ええ、私とカラシャ殿で地元住民に森の事を聞いた時、彼らは案内人が男である口振りでした。さらに案内も1日で済むはずだとね。」


「フォルンツ殿、それは......」


「まあ、あくまで他人の噂程度の情報ですし、もしかしたら老婆の事を男と間違えていたのかもしれません。それに彼らは必ずしも姿を明確に見ているわけではありませんから。」


「だといいのですけれど、いずれこの土地の恩恵に預かりたいですからね。」


「恩恵って?」


 それまでヤタを撫でていたマカが手を止めて不思議そうに質問した。


「恩恵とは森の資源について、一応皆さんにも説明しましょうか。まず森というだけで価値があり、またこの場所の土はおそらく農業に向いています。何かしらの栽培に使えるかもしれません。さらにこれです。」


 私は顔をそのままに焚き火を指差す。すると皆一様に疑問の顔を浮かべている。


「灰、木の灰だ。」


「そうです、これこそが一番換金しやすいお宝でしょうね。他の商人にはここへ来て欲しくないものです。」


「灰が何になるんだ。」


「森の灰は硝子になります。まあ厳密に言えば材料の一部ですが、それに規制がかかっているため高額になりやすいのですよ。特に東側の独立都市では商人ギルドを中心に次々と物の規制が激しくなっていますから、その分売った時の利益は巨大です。南スラーフ以南の独立都市でも近々規制される代物ですから、これは本当に貴重です。大抵は領主や教会、ギルドが森に法律や税をかけて保護し、利権を得ているはずなのですが、ここはそうでないようです。もしここで灰を独占できたなら、各地で職人や商人に販売し、武器の製造や輸送以上に利益を得られるはずです。」


 私はやっとひと息ついて、ぬるい果汁をひと口飲む。もう少し冷たければ良かったと心の中で考えながら杯を地面に置く。


「取り敢えず森から利益が得られそうなのは分かった。しかし規制があるならより慎重にならないと本当に死にそうだな。ギルド、教会、領主を敵に回したら死ぬより辛いかもしれんがな。」


「まあ、その前にあの魔女と相談しようかと思っています。」


「大丈夫か、正直俺はあまり話したい人間と思えんぞ。マカやフォルンツはどうだ?」


「僕も無理かな。」


「私は良いと思いますよ、彼女と話せば色々と見聞が深められそうです。あとでハイエナ殿も一緒にいきましょう。」


 麻袋頭の芸術家は嬉しそうに私を誘っているが、当の私も乗り気ではない。だが、経費の増加や投資の費用、騎士ラーテとの取り決めを考えると、支出は膨大だ。今まで以上に利益を得られるならそれにすがる他ない。


 かくして食事を終えた私とフォルンツは、部下達が就寝につきながら見守る中、風の吹く地下室へと足を踏み入れる。


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