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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
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44 親睦と帰還

 

 物騒な夜は消え、朝日が昇ると徐々に人の声が街中に響きはじめる。その頃に部下達は全員宿屋の外へ退去しており、私も彼ら同様に欠伸をしながらすえた匂いの食堂で店主に迷惑料金を支払った。ばつの悪そうな顔をしながらも手の中の銀貨ににやける彼を見ると、つくづく金の力というものを実感する。


「注意したはずですが、中々に暴れたようですね。」


「いや面目ありません。彼女達は誰もが気に入るほどの技術と魅力を持っておりましたから、中々理性も回復せずにこの始末です。」


「まあ武装聖職者が乗り込んできたわけでもありませんから今回は不問とします。しかし今後はもっと気をつけてください。毎回迷惑料を払いたくはありません。」


「申し訳ありません。」


 垂れる大麦のようになりながら謝罪する兵士というのは、普段の様子と違って新鮮さと可愛らしさを感じさせ、私は彼らをついつい許してしまいそうになる。部下達は何かと些細な問題をたびたび起こすため注意喚起の頻度は多い。大抵はカラシャの一括で小動物のように縮こまるのだが、私には苦手らしい。どうやらいつの間にか怒り方というものを忘れている。


「ハイエナ殿。」


「フォルンツ殿、帰って来ましたか。それでご婦人とは良い夜を過ごせましたか。」


「まあ......なかなかどうして、しかし面倒事も起きました。さっさと街から出ましょう。」


 彼は少し荒い呼吸でそう言うと、馬車の荷台に乗り込んだ。彼をよく見れば急いで服を着たかのような乱れ具合で、若干落ち着きがない。私は多少なりとも彼の行いを察したため何も言わずに同じ馬車へ乗り込む。


「ではそろそろ行きましょうか。村々を巡りながら、まあ基本は普通の行商活動を行いましょう。」


 護衛兵達は私の言葉に鈍く反応すると、緩慢とした動作で街の北側へと歩いていく。その精を感じられない様子は、聖職者の監視のために朝食を取れない事によるものなのか、はたまた淫魔の如き寝子達によって吸いとられた結果なのかは聞かないでおいた。聞いたところでどうにもならないし、今私の横で飼い犬を可愛がっているマカの姿を見て、そのような下世話な話は選択肢から消え去ったのだ。







 私の視界は上下に揺れている。しかしそれは心地の良い一定の調子で続いており、不快感などみじんもない。何より普段とは違う視点の高さで街道を進む事に私の心は躍っている。草原のなだらかな丘と点々と生える木々が風に揺れ、風がこちらへ来る。私は迎え入れるように両手を広げた。


「ハイエナ様、乗馬中は手綱から手を離さないでください。」


 新鮮な空気を吸う前に側で付き添う御者に警告され、私は少し残念な気持ちになる。しかしそれは、もう1つの感動の前ではすぐに頭から消え去るほどだ。この隊商の中だと私の背の順は下から数えた方が早く、何かと気にしている事である。十年と少しの若者など二十過ぎの者達に比べればその程度であると言えるが、それでも屈強な兵士諸君、特にカラシャと自分を比べると多少なり劣等感を覚えてしまうのだ。その彼らの頂上が見えるのだから機嫌は良い。


「馬の扱い上手ですよ。」


「ありがとうございます。しかし意外と安全で楽しいものですね、乗馬というのはもっと危険で苦労するものかと思っていました。」


「まあ、乗るだけならすぐですよ。自由自在に操作したり、全力で走らせたりするにはそれなりの訓練が必要です。信頼関係の構築や調教、世話など色々と手間がかかるものですが、その中でも特に。」


「餌、食事の調整ですか。」


「ええ、馬は人間の数倍食べますし、食の質も気をつけないといけません。道端の雑草を食わせるなど論外、干し草や青葉、時には果実や糖蜜まで食わせます。それに水もね。数、質、量、どれを考えても大層な金食い虫ですよ。」


 御者はそう言うものの彼が馬を見る目はマカがヤタを見る目と同じ、つまり彼は愛情を持っているのだ。だから彼が金食いと言って馬を殺す等という事は決してない。


「だから、あれを市場で購入したんですけどね。」


 そう言って私は後方の馬車の荷台から見える薄茶色の長ものに顔を向ける。


「ああ、馬食根ですか。あれは値段が安くて大量に手に入るから良いですよね。食べると刺激が強いのが難点ですが、馬は平気な顔をしている。これはどういう事でしょうか。」


 彼の問いに私は心で賛同している。私自身馬については素人であるが、少なくとも馬が辛い食べ物を好んで食べる等聞いたことがない。ここが地球とは違う以上、植物や生物の相違について考えるのは無駄だろうが、それでも気になるというものだ。


「まあ、私たちも食べられない事はありませんから、今日の食事の時間にカラシャのスープに入れてみては?」


「ハイエナ様、私を殺す気ですか。カラシャ隊長は怒ると怖い人ですよ。」


 彼の苦虫を噛み潰したような顔から察するに、隊商内にはカラシャの指導が行き渡っているのだと実感した。しかしそこで疑問も生じる。戦闘や行軍、普段の生活における彼の行動から明らかに従軍者であると分かるが、彼は頑なに奴隷時代の事を話さない。他人に使われながら危険な戦場に身を投じていた日々など良いものではないだろうし、彼にとってすぐにでも忘れたい記憶もあるかもしれない。誰にも話さない事は当然といえばそれまでだが、私には納得できない部分があった。私はこのような状況を前にも一度体験しているはずだが、それを頭から捻りだそうとしても覚えているのは、記憶の存在だけで他はまったく思い至らない。だからきっと考えるだけ無駄なのだ。


「すいませんハイエナ様、私なんかのために......それに貴方に召し仕いの仕事をさせるなど。」


 荷台で横になる若い兵士は申し訳なさそうにそう言う。彼を含めた数人が行軍中に体調不良を訴え、私はその様子から彼らに休むよう指示した。


「いえ、構いません。慢性的な人手不足ですから、それに貴方も部下を見捨てるような雇い主にはあまりついて行きたくないでしょう。」


「ええ、それはもちろん痛いほど分かっております。そんな不真面目な指揮官は三流傭兵の貴族だけで十分ですからね。」


「診たところ、貴方達は軽い貧血か、もしくは軽度の熱中症ですね。もしかして鎖鎧を着たまま行軍しましたか。」


「ええ、その通りです。」


「ああ、確かに街道では盗賊の襲撃や遭遇戦もありますから武装したくなる気持ちはわかります。しかし行軍中は鎧を外してください。それか軽量の革鎧、もしくは外套を着て水分補給を小まめにとる事を心がけるように、鎧の加熱と水分不足は避けてください。それと、先遣隊が馬車いっぱいの糖蜜樽を見つけましてね、後で全員に配りますから楽しみにしておいてください。」


「ハイエナ様、ありがとうございます。」


 彼は少し笑顔になりながら感謝の言葉を告げる。カラシャや熟練の護衛兵が数人いるとはいえ、それでも荒は出るのだ。さらに隊商の護衛は略奪で賄う正規軍と違い守るべき荷物が存在し、なおかつ盗賊の標的に成りやすい。それ故に彼の気持ちは分かるし、私は強く責められない。そしてここが諸侯の軍でない以上、過度な規律も存在しない。


 看病を終えた後、私は隊商の後方を見回っていた。行軍中において、基本は先頭から偵察のための先遣部隊、間隔を空けてカラシャと新兵達、馬車を守るよう側面に熟練の護衛兵が配置されている。そして今、私達の後ろには二十名余りの旅人が追従している。その中で一人の商人が声をかけてきた。


「ハイエナ様、如何なさいましたか。」


「いえ、ただの見回りです。何か困っている事はありますか。」


「お気遣いありがとうございます。しかし我々は貴方達に無理を言って追従している身、あまり迷惑はかけません。」


 彼ら旅人の一団は、行商人や遍歴の職人が多く、中には吟遊詩人のような人物もいる。そして全員に共通しているのが、まだその職に就いて浅いという事だ。それ故に私は彼らの追従を許している。


「まあ、これも慈善事業ってやつです。世の中ギルドの遠隔地貿易者ばかりが儲けて、新しい商人との間に格差が出来ている。これでは新規参入者は減り続けて、大商人に市場を独占されてしまう。」


「まったくその通りですよ。ギルドの徒弟になるか、あり得ないほどの上納金を納めてやっと商売できる。こんなの理不尽だ。」


 彼の発言に周りで耳を傾けていた行商人や職人達も軽く頷いている。既存の利益者達は利権のために独占を推し進めている非常に保守的な人物ばかりだ。そのため新人の商人と対立しやすく、また利益者達の間でも闘争が行われているため、ある意味経済戦争といえる状況だ。経済など常に戦争だという学者もいるが、ギルド間による対立は領主戦争を上回る場合もある。聞くところによれば、大陸の東側にある独立都市連合において、ギルド関連での要人暗殺や施設の強襲は度々起こっているらしい。あくまで噂であるため真偽のほどは分からないが、似たような状況ではあるのだろう。


「それにギルドの大商人は教会と手を組んでいるという噂もあります。教会の金融調査に合わせて、ギルドは従わない者達の粛正を行っているとか。教会の監視者や拷問を用いて私利私欲のために行動しているから番人達の発見も遅れたのだと。」


「それはまた良くない事ですね。」


 突飛な話―と言いかけた口をすんでのところで閉じる。彼らからすれば、私は賛同者的立場なのだから印象を悪くしたくない。私自身商人ギルドについて多々思うところはあるが、それでも何とか商売はやっていけている。それも袖の下を有効活用した結果だろう。私はギルドの大商人の手下であると本心から思っていないし、またこの体制を崩そうという余分な熱意もないのだ。


 それはさておき、商人にとって噂とは曖昧で貴重な情報源だ。出所不明のあらゆる噂が世の中に出回っているわけであるが、それら全てを精査するほど商人達は暇でない。しかし全く情報がないよりかは良いという事で、やはり噂を信じて行動する人間は多いのだ。それ故に根も葉もない噂が一人歩きして―教会は民衆を縛る古道具―と認定されてしまう。しかしそれも教会への不満が些細な事で爆発した結果かもしれないし、これまで以上の混乱が起こるかもしれない。とにかく世の中の情報は錯綜している。


 幾分進んだところで街道の分岐路に立ち、追従していた一団は礼をしながら私達と別方向へ向かっていった。護衛兵達は手を降り、また彼らもそれを見て笑顔で言葉を尽くしている。私達に出来る事は彼らの安らかな旅路を祈る事だけだろう。







「今日の食事すら満足に取れない私どもに、その琥珀色の器がどれほどの価値を持っていようとも買う事は出来ません。」


 白い顎髭を蓄えた老人はボソボソとそのように言う。その後ろにはこちらを睨むように数人の男が立っており、彼らの手には短い鎌が握られている。そして奥の家々の窓の隙間から子供や女性がこちらを見ている。


「貨幣での取引でなくとも物々交換なら......」


「無理です。今月税を領主様と教会の方々へ納めたら、残された麦は10袋ほどになります。これはこの村の人間を養う半分の量です。だから余裕など全く無いのですよ。」


「そうですか、それは仕方ありません。では失礼します。」


「待ちなさい。どこの村もここと似たような状況です。ここ周辺で商売などなさらず、南スラーフか北東へ行きなさい。あそこは羊毛で栄えていますから、争いは多くとも豊かではあるはずです。」


 村長はそのように忠告し、私は彼に礼を言って部下ともども村を離れた。シュパレー周辺の村では余剰生産物に溢れ、干し肉や小麦の満ちた麻袋が倉庫いっぱいに積まれていたのに対し、北へ行けばいくほど村の発展度合いは落ちていった。時偶街道の隅に謎の肉塊が落ちており、また人の居ぬ小屋が点在している。川辺には完全に焼け落ちてしまった炭場が見え、弓矢や血痕から事故があって潰れたわけではない事を知る。


「ハイエナ様、どうやら盗賊は貴族の傭兵団かもしれません。これを......」


 護衛兵の一人が持ち手の折れた弓を差し出す。


「折れた弓ですか、これはまた大層なものですね。」


「単一の素材で作られた大型の弓です。狩人も弓を持ちますが、これよりもっと小さく取り回しの良いものを使います。」


「ここの住民のものでは?」


「ハイエナ様、炭職人は弓など使いませんよ。武装するとしても槍ぐらい、元弓兵だとしてもその技術を狩猟に使うならもっと小さいものを用意します。それに刺さっている弓矢はどれも対岸から射られたものです。」


「そうですか、しかし狩人というのは強力な弓を使うのかと思っていました。」


「特定の獣を標的にした狩人はそうかもしれませんが、大半は小動物を狩りますからね。それに大きすぎて運搬や騒音、手入れに困る事を考えると、小型の単一弓が人気なのです。」


「なるほど興味深い、しかし貴方は弓に詳しいのですね。」


「昔密猟で儲けていましたから、家族を養うために色々とまっとうな仕事を探したものです。粉引き、徒弟、弓兵、でも一番稼げるのは違法行為でした。私もエートルにいる狩人のようにまともなら、家で1人になる事もなかったかもしれません。」


「すみません。」


「ふふふ、なぜハイエナ様が謝るのですか。私は今の部隊の居心地の良さに感謝していますよ。」


 彼の顔は鉄兜と鎖帷子によって見えなかったが、確かに微笑んでいる。そして話を終えるとまた周辺の調査へ戻った。私はあらゆる時間においてなるべく部下と接するようにしているが、中々全員の好物や特徴を掴むのに苦労している。夜遅くまで記憶に焼き付けようと努力しても、次の日には半分以上の情報が抜け落ちているため骨折り損ばかりだ。


「ハイエナ。」


「カラシャ、どうかしましたか?」


「いや、ここらへんを巡ってもまともな商売は出来ないだろう。それに北へ行けばいくほど帰りが大変だ。ここが盗賊の潜む紛争地帯である以上、分遣もできない。それにエートルに残した村人の事も気になるし、そろそろ帰還するべきだと思う。」


「そう言われると反論できそうにありません。では、エートルへ帰りましょうか。」


 私の言葉にカラシャは大層嬉しそうな反応を見せた。エートルへの帰還がよほど楽しみなのか、おそらくは最愛の姉に会えるからであろう。


「おう、なら良い近道を地元民に聞いてな。そこへ言ってみよう。」


「近道、それは大丈夫な場所なのでしょうか。」


「心配するな、危険なら引き返せばいい。それにここにいる30人の護衛兵はそこらへんの傭兵より強い。」


 彼は厚い胸を張って自慢するように答える。その動作と彼の見た目が合わずに、違和感から笑いそうになるが、どうにか笑顔を抑えて仏頂面を保つ。可愛らしい一面を見せる彼に私はどうしても打ち解けられない。


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