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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
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43 宴と姦淫

 

 商業都市シュパレーでは、日が落ちようとも酒場や宿屋の灯りは消えず、営業時間は他の都市より長い。そのため夜の路地裏でも人々の声や様々な匂い、ぼんやりとした灯りを感じられる。夜に食料品を購入できる便利さを感謝すると共に、エートルの街がいかに貧しいかを再認識させられる。一度目はラルテーの街で、二度目はこの汚くも栄えた都市にて劣等感を覚える。一体、三度目はどの街で故郷の衰退を感じ取れるのかと頭の中で考えながら、緩やかにどこまでも続くような坂道を登っていく。


 ともかくだらだらと歩きながらようやく宿屋へたどり着き、寒さによってかじかんだ手を服の中で温める。こうしなければ指も曲げられないほどに冷たく、まるで死人のように青白い。普通なら赤紫の痣のような手足になるというのに、私の手は病人の肌色だ。そんな気味の悪い自分の手を優しく服の中で解凍し終えると、宿屋の扉をゆっくり開ける。


 建物の中からの灯りが私の目を細めさせ、明るい空間に目が慣れるまで数秒を用した。今回はまだいい方で、最近は暗い場所から明るい所へ出ると目眩や頭痛に襲われる事もある。おそらくは睡眠不足だと思うが、やはりカラシャの忠告通りに身体を休めるべきだろう。


「ああ、お帰りなさいハイエナ様。先に飲み始めていますよ。」


「おお、ハイエナ。お前もこっち来て飲めよ。」


 玄関口を開けた先は宿屋の食堂であり、四十人ほどの男達が愉快に笑いながら酒と肉を堪能している。目の前の屈強な体格の彼らは、あまりお行儀の良い人間といえない。彼らの会話の一つに食べ物を投げるという行為があり、それが決闘の合図となる。部屋の片隅では闘鶏のような男達が給仕の女性の気を引こうと喧嘩を始め、ほかの者は少し離れて楽しく観戦している。


 そんな彼らの食器の中を見れば、どれもこれも肉ばかりで緑色の物は見当たらない。私としては都市部に滞在しているのだから根菜類を食べて欲しいものだ。都市間の移動中は動物を狩る事はあっても野菜等を得る機会は少ないため食事に偏りが発生する。そのため手間暇かけて山菜を採るか、どこかの村民と取引あるいは略奪するしか入手方法はない。もしくは手持ちの塩漬けされた野菜を食べる事もあるが、そのまま食べると鳥肌が立つほどの味であるため基本的に汁物にしている。


 召し仕いや商人達はともかく兵士諸君には自分の身体、その体調管理が如何に重要かを説いてやりたい気持ちになったが、楽しげに食事を取る彼らを見て、その気持ちは脳の片隅に消える。そもそも私自身、体調管理に関しては彼らに強く説教できる立場かと言われるとそうではないため口も閉じたままというわけだ。


「相変わらず騒々しいですね、騒ぐのは構いませんが店の物は壊さないで欲しいです。特に食器、店主に不快感を与えたくありません。」


「まあそう言うな、野郎共にも何かと気を抜ける場が必要なんだ。それで戦果の方は?」


 私の胴体ほどの大きさの麻袋をかかえながらカラシャの隣に座ると、彼は目を輝かせながら内容物を聞いてくる。


「干し肉、パン、強い果実酒にワイン、極上の生肉までありますよ。あと塩まみれではない野菜類もあります。」


「戦果は上々だな。さっそく店主に調理してもらおう。ところで何でお前が買い出しにでたんだ、召し仕いに任せればよかったじゃないか。」


「まあ、色々ありましてね。」


 私の言葉を濁した煮え切らない発言に、彼はそれ以上の問いかけをしなかった。そして彼の手持ちの杯から酒を呷ると話題を変える。


「まあ、ともかく食料調達は助かる。そういえば、商人連中が呼んでいたぞ。」


 彼はそう言いながら部屋の片隅を指差す。その方向には商人が集まって話し合っているようで、護衛兵達と違い、落ち着いて食事を取っている。私は彼らの方へ向かい、空いている席に座る。


「お待たせしました。それで私に話があると聞きましたが。」


「ああ、ハイエナ様ご苦労様です。それで話というのが、今日の売上についての事です。」


 商人は真面目な表情で帳簿を取り出し、ある所を開いてこちらへ差し出した。


「今日の売上は、食料品から銀貨3枚と銅貨13枚、酒類等の嗜好品から銀貨1枚と銅貨2枚、武具類から銀貨5枚、それからフォルンツ殿のおかげで金貨15枚、合計で金貨15枚と銀貨10枚、銅貨15枚の収入です。ウラス系の貨幣ばかりでデナリ系貨幣はあまり入手出来ませんでした。詳細はその帳簿に書いてあります。」


「分かりました。しかし、貴方達はよく銀貨10枚以上の売り上げを出せましたね。昼間の状態からは考えられない。」


「我々も色々と粘りましたから、特に夕刻で稼いだ感じです。あの時間帯は人通りも最大でしたからね。」


「そうですか、とにかくありがとうございます。今日はしっかり休んでください。」


「ああハイエナ様、まだ話はあります。噂について......」


 私が立ち上がろうとすると、商人は先ほどよりも深刻そうな顔でこちらを見つめる。


「噂......噂とは?」


「私が今日の昼間、他の商人から聞いた話てすがどうやら我々の来た道で戦闘が起こっているようです。」


「戦闘ですか、なら稼ぎ時ですね。明日にでも向かいましょう。」


「いえ、その戦闘はもう終わっておりまして、噂によると番人達の手によるものだとか。」


 彼の口からその言葉を聞いた時、私に頭痛が走った。しばらくは南方の街道を利用できず、また帰還も大幅に遅れるという考えが頭に浮かんだからだ。


 番人とは、姿の見えぬ集団の事だ。誰も彼らの形姿を知らず、また人間なのかも分かっておらず、ある者は四足の怪物と主張し、ある者は森の民の勢力だと言う。分かっているのは、彼らは武装した人間に容赦のない攻撃を行い、襲われた者は知らぬ間に死ぬという事だ。唯一の助かる方法としては、武器になるような物を遠くに投げ、武装解除を行う事である。番人達は、こちらが武装していなければ攻撃を行わない。だが大半はその前に殺されるか、番人達が去った後、建て直し中に盗賊によって殺されるかの二択だ。運が良ければ三択目の権利を得られるだろうが、そういう人間は今までに指の数ほどと言われている。まるでおとぎ話の怪物のような存在であるが、実際に被害が出ているため認めざるおえない。


「それで被害は?」


「話によると、100人規模の傭兵団と3つの隊商が全滅、生存者はいません。商人ギルドはエートル・北スラーフ間の街道を利用しないよう呼び掛けています。また、教会の監視者と墓守が封鎖と調査を行うとの事です。」


「普段は厄介な商人ギルドや教会ですが、このような時だけは助かります。しかし唐突ですね。ここ最近番人達は大陸の東側で暴れていたはず、なぜ急にスラーフ内に現れたのか。」


「ハイエナ様、とにかく不運だったとしか言えません。しばらくは北スラーフにて調査を行うか、別の街道を遠回りして帰還するかの二択です。それともう1つ噂を......商人達に貴方の事を言うと、無定見のハイエナと彼らは言っていました。どういう事でしょう。」


「ああ、それはたぶん南スラーフで私相手に大損害を出した商人がある事ない事言った結果でしょうね。私は商売で主張が変わるほどの嘘をついた事はありませんし、きっとその商人達は嘘に惑わされたのでしょう。」


「はあ、そうですか。ハイエナ様も大変ですね。」


「そうでもありません。目の前の惨状に比べればね。」


 そう言って私は商人に護衛兵達の方を見るように促す。彼は不思議そうな顔をしながらそちらを見て、数秒の後に呆れた顔をした。


「カラシャ様~。」


「ぐへへ。」


 どうやらカラシャは自分と部下達のために娼婦を呼んだようで、胸元を開けた服装の女達が大勢なだれ込んで来た。


「カラシャ、そういうのはほどほどにしてください。教会に見つかったら集団姦淫の刑で全員投獄されます。」


「ハイエナ、分かっているさ。彼女達はフォルンツの紹介で来た子達だし、宿屋の店主にはそれなりに金を出した。代金に関しては俺の財布から出しているし、部下には癒しが必要なのさ。」


「貴方もですか?」


「いや、俺は娼婦と寝ない。部下達への奢りだ。」


 私は彼の言葉に驚いた。カラシャと言えば、誰よりも体格の良い戦闘狂であり、普段の食事の量は馬かと思うほど豪快で、いかにも欲望に忠実な人間というのが私の彼への認識だ。


「もしかして貴方はそっち側の?」


「いや断じて違う。俺には決めた女性としか寝ないという誇りがある。彼女のためなら死ねるし、彼女のために尽くす。」


「意外です。」


「部下達にもそう言われたよ。」


 私は部屋の隅で小さくなりながら酒を飲む商人達の方を一瞥する。どうやら彼らはこの淫らな行為に参加しようと思っておらず、部屋に帰る準備を始めているようだ。


「貴方達はいいのですか?」


「ええ、集団による姦淫は神が許すはずもかりません。それに私達にはエートルに残してきた彼女らがおりますので。」


「恋人がいるのですか。しかもエートル、まさか......」


「ええ、あれ以降仲良くなりましてね。」


「そうですか、おめでたい事です。では、お休みなさい。」


「お休みなさいハイエナ様。」


「貴方達もあまり調子に乗って問題を起こさないようにお願いします。」


「分かっていますよ、ハイエナ様。」


 何も理解していなさそうな戦士たちの返事を後に、私は薄暗い宿屋の奥へと重い身体を運んでいく。そして、自分の部屋の前に立ち、ゆっくりと扉を開けて中へ入る。どうやらマカは先に寝たようで小さな寝息が静かな部屋の中で響いている。彼の側にはヤタがうずくまるように眠っており、灰色の毛玉が一定の調子で動いている。


 それゆえ私は音を立てないようにゆっくりと動き、しかし自分の寝床へ崩れ落ちるように倒れた。麻布の隙間から藁が飛び出し、それが私の頬に当たる。床に落ちている掛け布団の羊毛を手に取ると、それから埃を払って自分の胴体に被せる。冷たい風が木製の窓から侵入し、ヤタが唸る。私もうずくまり、どうにか小さな掛け布団に身体を収めようと努力するも徒労に終わる。


 そんな中で風と共にどこからか男の怒鳴り声や悲鳴が小さく聞こえてきた。おそらくは教会が金融業者を取り締まっているのだろう。墓守や監視者による虐殺は安全地帯にいても平気で行われ、人々の影を苦しめる。それは私にとっても他人ごとではなく、せいぜい部下達がこれ以上の騒ぎを起こさない事を神ではない誰かに祈りながら瞼を閉じる。


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