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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
42/78

40 果実園と老婆

 

 フォルンツは次の街に到着するまで、興味深い話をその止まる事を知らない口から吐き出し続けた。流石に自作品の売り込みを生業とする芸術家だけあって、彼の語りにカラシャや周りの部下達も耳を傾けていた。彼もその事を気にしてか、話す内容は貴族の失敗談や貴婦人の話ばかりだ。戦場に身を置くその日暮らしの彼らからしてみれば、雲の上の存在である人々、とりわけ女性の話は妄想も相まって心惹かれる内容なのだろう。それはきっと青い芝生現象であり、芸術家は彼らの望むものを与えているのだ。


 彼らに反してマカは猥談にあまり感心なく作業を続けている。時折彼は母のような表情になり、深い眠りにつくヤタを撫でて麻の破れ衣服から破損した鎖帷子までの修繕をこなしている。その姿はまるで孤児達を抱き締めるラーサ院長のように慈愛に満ちている。


「ハイエナ殿、あれを......」


 私がマカを見つめていると、先ほどまでの談笑するフォルンツの声が警戒心に満ちたものに変わっており、私に街道の先を見るように促す。


「何ですかフォルンツ殿、これは、なぜこのような事が、一体何が起きているのか......」


 彼の言う通りに視線を変えると、そこには枯れ木に無数の死体が吊るされている。目を凝らすと、その趣味の悪い装飾は、街道に並べられている木々全てに施されているようだ。


「フォルンツ殿?」


「ええ、信じられない事です。とても惨たらしい。」


 彼はそのように言って馬車から降りると木々の方へ向かっていく。私は馬車から降りてまで近づく気にはなれなかったが、その木々は街道の側にあるため馬車は段々とその惨状へ進むしかない。そして近づくに連れて腐敗と血の臭いが鼻を突き抜け、羽虫と幼虫が木々周辺に散らばっている。


 そのまま街道を進んでいくと、真横に死体実る木々が我々を出迎えるように並んでいる。赤い果実畑のように数え切れない死体群とその物言わぬ肉塊から滴る血と肉は黒い土に十分な栄養を与えている事だろう。時折死体の重さに耐えきれなくなった枝が折れ、その顔も判別できない誰かだった物が転がり落ちてくる。そしてその腹は蠢き、一瞬の静寂の後に破裂して辺りに腐臭を撒き散らす。


 まさに死体の果実畑といえる光景に、カラシャやマカを含めた部下達は先ほどと打って変わって意気消沈している。普段なら死体漁りを始めるだろう私も、この光景に言葉が出ない。それでも北方に慣れている芸術家は違ったようで、彼は街道の先にある小さな小屋でひとりの男と話をしている。男は芸術家と同じように頭に麻袋を被っており、彼らの話し合う光景は周りを含めて気味の悪いものだ。


「ハイエナ殿、こちらへ!」


 彼はこの場の雰囲気に合わない大声で私を呼ぶ。私は仕方なく馬車から降りて、部下に待機を命じると彼らの元へ向かう。命令を下した時の部下達の顔は朝飯を抜きにされた時よりも悲壮なものだったが、気にせず走った。


「ハイエナ殿、こちらの方は、この街道を警備する墓守だそうで、許可証が必要なようです。」


「許可証ですか? ではポム司教の通行許可証と商人ギルドの身分証明書を......」


 男は私から書類を受けとると、ポム司教と同じように目を光らせながら羊皮紙を確認する。その麻袋のふたつ穴から見える眼光には恐怖を覚えるほどの凄みを感じ、私は老人から数歩ほど後退りした。


「確認しました。問題ありません。」


 男は優しげな声で私に書類を返すと、小屋へ帰ろうと身体の向きをゆっくりと変える。


「お待ちください。この惨状は一体、戦争でもあったのですか?」


 私はとっさに背を向ける男へ質問を投げ掛け、すると男はそのままの体勢でくぐもった声を発し、この悲惨な光景の事情を答える。


「戦争があったのか、ええその通りでございます。なれどそれは日常のこと、この目を覆いたくなるような光景は大戦によってつくられるのもです。」


「大戦?」


「貴方達は南スラーフから来たご様子、ならば近頃の北方の情勢を知らなくても無理はないでしょう。今までは戦闘など精々数百人規模のものでしたが、最近は数千人が入り交じる戦場などごく当たり前になっているのです。さらに領主間戦争だけでなく、聖教会と森に住まう者達、あるいは帝国の遺跡に潜む怪物達が日夜問わず戦い、その被害に終わりはありません。」


「つまり、戦争はより大規模なものになったため相対的に被害が拡大したという事ですか?」


 私の解釈に男は歯切れの悪い様子で一時的に話を止める。そして数秒の思考の後にまた話を続ける。


「その通りです。しかしそれだけでなく、一番の被害は戦争の影響にあるのです。戦争によって産み出される傭兵需要、それは閉鎖的な農村で自由を求める男達に希望と死を与えるものです。一連の流れを説明すると、技術の革新によって鉄板鎧や鎖帷子、長剣といった武具が量産され、貴族や騎士等の職業軍人だけでなく一般人も戦争に参加できるようになりました。」


 彼いわく北方の傭兵産業は拡大し続けており、おそらく先ほどの傭兵団もその類いなのだろう。夢を追い求め農村から脱出し、今度は隊列から抜け出した残党が行き着く先が森の中で虐殺される事というのは鬱々たるものだ。彼は話を続ける。


「その結果として動員兵力の拡大と紛争の激化、それに伴う傭兵の農村の略奪被害は増え続け、またそれによって居住地を失った農民達が傭兵となる。それでも北方の生産能力と人口を維持できるのは商人ギルドの物流や職人達の努力、教会の開拓による食糧生産の増加によるものでしょうね。しかしそれに牙を向ける者達が存在します。」


「というと?」


「森と遺跡に潜む怪物達、あるいは人間達です。暗黒の時代から我々墓守は多くの怪物を殺して来ました。だから奴らの最後の砦が森なのです。そして、聖教会と対立する狼信仰者、その他異教徒は森に逃れ、噂によると森の民が奴らを支援しているようです。開拓とは則ち森の破壊ですから彼らが怒るのも無理はない。」


 男の表情は麻袋によって読み取れないが、その声から森の民に対する罪悪感のような感情を見出だした。何か彼には後ろめたい事があるのだろうか。


「つまり、貴方は」


「カムラです。私の名はカムラ・ドゥラメレ、2030人目のカムラです。」


 今まで無感情のように淡々としていた彼の声が自分の名前を話す時に一瞬怒りに満ちていた。


「ああ、すいません。」


「いえ、こちらこそ......それでカムラさん、この虐殺の光景はその領主や教会、異教徒達によって作られたものなのですか?」


「ええ、見せしめとは時に権威や法律以上の効力を持ちますからね。もちろん、これら木々は異教徒や略奪傭兵等の犯罪者ばかりですよ。善良なる市民や兵士は、私が黄金の墓場へ埋葬し、番兵を努めております。」


「黄金の墓場ですか?」


 彼の口から非常に興味深い単語を聞いた。金欠続きの私にとって、金となるものは是非とも情報を知りたい。


「ええ、黄金の墓場とはかつて帝国崩壊時に、ある戦士達が遠征のためこの土地を訪れた事に関係しています。ここより遥か東の地には、草も生えぬ貧しい土地がありました。そこに住まう彼ら戦士達は狩りと傭兵を生業としていましたが、それも家族を養うには足りなかった。だから帝国の黄金を目指してこの土地まで来たのです。そして黄金を見つけた彼らは、家族の元へ戻る事なく、骨はこの地の下に眠り続けています。」


「それは伝説でしょうか?」


「史実に基づいた伝説です。そして私の祖先は彼らと親交を持っていましたので、彼らを手厚く埋葬し、一族をもって彼らの安らぎを守ると誓いました。だから私は教会の墓守であると同時に、黄金の戦士達の墓守でもあるのです。彼らの好物の蜂蜜酒と一欠片のパン、一袋の小麦を墓に供える事が最大の敬意です。」


「なるほど、もしここに墓荒らしなんて出ようものなら瞬殺でしょうね。」


 私は目の前の緩慢とした男へ揶揄するように話しかけるが、麻袋から見える男の目は私を真っ直ぐ見つめ、相変わらず感情など微塵も感じさせない。


「ええ、この木々に吊るされている大半の者達は死体漁りの狂人どもですから、我々にとっては容赦なく殺せる唯一の者です。豚を殺して食べる事はとても辛いものですが、彼らと接する時はいつも笑顔になれますよ。」


「そうですか、話が長くなりましたね。では我々はこれで失礼します。」


「ハイエナ様、どうかお気をつけて。良い旅と商売を......」


 彼はやはり緩慢と、しかし今度は優雅さを感じさせる動作で礼をした。彼の麻袋と独特な動き、そして街道に立ち並ぶ木々とそこから感じる複数の視線が立ち去ろうとする私に鳥肌を立たせる。吊るされた死体か、あるいは彼の言う通り黄金の守護者である一族が監視しているのかもしれない。


 とにかく私と、苦悶の表情をしている部下達は急いでこの惨憺から逃れようと馬車を全速力で走らせる。







 腐敗と虫ばかりの死体の果実園を通り抜けると、全員が猟師から逃れた狐のように安堵の表情を浮かべている。あの場所で感じられた複数の視線と禍々しい雰囲気は、屈強な職業軍人である護衛兵隊をも疲弊させるのに十分であった。


 部下達が不満を漏らしながら帰り道や周囲の確認を行う中で私は、先ほどの強烈な体験によって今日の夕食の量が軽減できるのではないかと淡い期待を抱いている。エートルから北方へ向かう数日間で積み込んでいた食料品の半分が荷台から腹へ、腹から土へと還っていったのだ。商売用の南スラーフの特産品には手を付けていないが、それもいつ何時部下達に消費されるか不安で仕方がない。


「カラシャ、地図をお願いします。」


「はいよ。」


 カラシャが皮の鞄から羊皮紙を取り出し、私の目の前に差し出す。その薄汚れた紙の上には荒々しく大雑把に北方の都市の位置と私達の辿ってきた道が書かれている。その稚拙な手作り感溢れる地図を凝視し、現在位置と近くの都市、その方角を確認する。


「一番近い都市は、ここですね。」


「これは、シュパレーか?」


「ええ、ポム司教いわく、この都市には薪や岩塩といった生活必需品から、宝石や香料等の高級品、嗜好品まで集まるそうです。この都市では定期市が開かれることもあるそうで、つまりこの都市は商業が盛んな街みたいです。」


「そうなのか、やっぱり北と南を結ぶ中間都市だから商業が発達するのか?」


 珍しくカラシャが社会的な考察をした事に、私は一瞬戸惑った。彼が戦闘以外で頭を使う等、見た事がなかったため驚きしかない。しかし私は決してそれを表情に出さないよう耐える。


「そうでしょうね。しかもこの大陸における北商業圏と南側の中間地点ですから、相当賑わっているはずです。戦争でやられていなければですが。」


「ハイエナ、不安か?」


「ええ、ですが不安も慣れれば口の苦味だけで済みますよ。」


 私は苦笑しながらカラシャと、腰や腕を伸ばす部下達に指示を出して再び北を目指す。







 そうして私と四十名の部下達は、空腹と焦りに心を痛めながらなだらかな丘に登り、だらだらと長い街道の先に堂々たる城壁に囲まれた巨大な都市を見つけた。その頃には、日は山の向こう側から赤い空を作り出し、その都市を神々しく照らしている。そして都市の半分には蝋燭の灯りと夕煙が確認でき、よく目を凝らせば城壁の周りにもテント群と灯りが見える。


「やっと到着したか。」


「長かったな。あれが商業都市シュパレーか。」


「飯、特に仔牛煮込みが食いたい。」


 護衛兵を中心として、皆口々に到着の喜びを言い放った。私もそのようにしたい気分ではあったが、それを胸にしまい込んで御者に前進の命令を下した。


 丘から都市へ続く街道を進んでいくと、草原に切り株や地面が掘り返された跡を見つけた。どうやら都市周辺の木々は伐採され、開拓されたらしい。このなだらかな丘陵地帯には、見える範囲で木は一本も存在しない。よくそこまでの労力を費やしたものだと感心しながら、私達は城壁外の人だかりに進んでいく。


「参ったなこれは......」


 カラシャの呟きに、私は同意して首を縦に振る。城壁の外側、その黒い荘厳な門の前には数百人の人間が待っているようだ。よく見ればその人間達は多種多様で商人のような男、小汚ない物乞い、軽鎧の兵士、薄着の女等が不満げに待っている。


「どうするハイエナ?」


「カラシャ、取り敢えず暇そうな門衛か、衛兵隊長を見つけてください。」


「了解した。」


 カラシャは私の命令に返答すると、数人の部下を連れて人混みの中へ消えて行った。私は彼を待つ間、どのように門衛を説得するか思考する。


「もしそこのお方、不死の秘薬などに興味なはございませんか。」


 唐突に声を掛けられ、私の頭から計画が完全に消え去る。その事に多少の苛立ちを覚えつつ、声の主の方を見ると、そこには全身を覆うほどの外套の上に、黒い頭巾を被った人物が立っている。声からして老婆である事は分かったが、頭巾から顔を見る事はできない。


「不死の秘薬をお求めではございませんか?」


 老婆は再度そのように言い、こちら側へゆっくりと詰めてくる。私はその得体の知れぬ雰囲気に不信感を覚え、誰かに助けを求めようとしたが、気付けば近くに部下はおろか、マカやフォルンツまで見当たらない。私はその事を認識し、諦めから老婆に返答する。


「不死の秘薬など求めてはいません。それにそんなもの、あるわけないでしょう。」


 私は突き放すように返事を返し、どうにか老婆を追い払おうとする。どう考えても不死の秘薬など存在するはずがなく、この老婆も旅人を狙ったイカサマ商人だろうと思考する。


「おお、なんという事でしょう。貴方様なら疑いもせずに、この万能なる下僕を取られると思いました。」


「何を言って。」


「ですが、仕方ありません。よく見れば、貴方様は欠落しておられる。だから私は待ちましょう。もし私の力を借りたいのなら、いつでもお申し付けください、ハイエナ様。」


「貴方は?」


「ハイエナ!」


 私が老婆に正体を尋ねた時、カラシャの呼ぶ声に静寂は破られた。彼が人混みの向こう側から手を降っているのが見える。


「ハイエナ、衛兵隊長見つけたぞ。こっちに来てくれ。」


「ええ、すぐ行きます。」


 私がカラシャから老婆へ目を向けた時、そこに彼女の姿はなく、ただ果実の熟れた匂いと死臭が残っているばかりだ。彼女は一体何だったのだろうか、私の名前を、知らないはずの名前を言った。

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