39 貴族と理想
楽しげな戦闘は終わりを向かえ、各自はいつも通りの作業を始めている。部下達は、幾度となく戦闘を繰り返していれば戦闘後の処理など指示されなくてもわかるのだろう。まるで機械の様に淡々としている。カラシャと護衛兵は負傷した敵を追い討ち、一方的な虐殺によって森に敵のうめき声を響かせている。召し仕い達は死体から装備品を剥ぎ取り死体を焼く。商人がそれらを評して分別し、荷台に積み込む。
私も彼らの負担を減らすべく作業を手伝うが、久しぶりの死体漁りは難しい。欠損した腕に転ばされ尻を打つが、森の土は高級絨毯のように柔らかく大事には至らなかった。土を払いながら立ち上がると、四方から攻撃されたであろう凄惨な死体を動かし首に刺さった弓矢を引き抜く。すると吹き出た血が私の外套を汚し、そによって私の気分はより落ち込んだが、負けじと腹に突き刺さる短剣を慎重に取った。
その瞬間、傷口から血と汚物の臭いが吹き出し、悪臭の後から腸が絡み合う縄のように垂れてくる。その強烈な臭いと見た目は私の心と鼻に再びとてつもない不快感を呼び起こす。
「大丈夫ハイエナ?」
横で同じように作業をしていたマカが私を見てそう言った。彼はまるで母が子を心配するかのように優しく声をかけ、それが哀れな死体から装備を剥ぎ取るという卑劣な行為を打ち消している。
「大丈夫だが、もうすっかり下手になってしまった。一年前でももう少し上手くやれたはずだけど、いつの間にか死体に耐えられなくなったらしい。」
「僕とは逆だな。僕はもう死体に慣れてしまったよ。こうやって死人の腕から剣を取り上げて、汚れた鎧から血を落とすなんて造作もない事だ。」
「そうなのか。」
「うん、でも人を殺す事に完全に慣れたわけじゃないから、それを半人前と捉えるか、一人前になったかとするなら、きっと僕は一人前になってる。」
マカは少し言葉に笑いを含ませながら、他の者と同様に黙々と作業を続ける。その目は透き通った緑色ではあるが、よく見れば奥に野営地にいた墓守や聖職者と似た色がある。これも一人前となった結果なのだろうか。
「ハイエナ殿、見てくださいこの剣! これは凄く上等なものですよ。」
「フォルンツ殿、声が大き過ぎます。」
私を含めた皆が出来る限りの静寂を保つ中で、芸術家は気ままに過ごしている。彼は見事な細工が施された長剣を片手に、私の方へ全力で走ってくる。その無邪気さは本来良い特性のはずだが、当の人物が麻袋を被っていなけばの話だ。こちらへ全速力で向かってくるフォルンツの姿は森に潜む辻斬りと大差ない。
「ほら、この柄の部分の素晴らしい細工を見てください。柄頭には青い宝石、握りは滑り止め用の獣の皮、鍔は帝国文字の金細工です。剣身も......これは恐らく模様鍛接でしょうか、最新の技術ではありませんが、恐ろしく手間のかかる高級品ですよ。」
「それでフォルンツ殿、その値段はいかほどでしょう?」
「恐らく......金貨20枚です。」
「金貨20枚!?」
私は思わず立ち上がり今日一番の大声をあげる。たかが剣一本が約三か月分の収益と同じなど信じられない事だ。なによりそんな高価な品物をいち傭兵が所持しているなど理解が追い付かない。
「ええ、もちろん変動しますが、私の見立てだとそれぐらいです。」
「なぜそのような高級品がここに。」
「これを持っていた死体の人物は飛び抜けて良質な装備でした。おそらく彼が団長でしょう。戦利品として獲得していたか、もしかすると、どこぞの貴族の子息かもしれません。」
「貴族、それはまた厄介な事ですね。」
「ふふっ、ハイエナ殿安心して構いませんよ。確実に貴族という確証もありませんし、そうだったとしても領地なしの者かもしれません。そもそも黙っていればそうそう暴かれる事はありませんし、気づかれたとして大貴族でもなければ復讐など行いません。それよりも領主間戦争の方が大事ですから、面子を重んじない限り......ですけどね。」
フォルンツは私を安心させようと王侯貴族の事情について深く語る。落ち着かせようと努力してくれる姿勢は有難い限りだが、それで私の苦悩が完全に無くなるわけではない。
北方は戦乱の真っ只中、戦場に展開するのは領主勢力だけでなく、多数の傭兵が跋扈している。その中には土地を持たぬ貴族が名誉と金と地位のために働いているのだ。場合によっては彼らが盗賊のように道行く一般人を襲撃する場合もある。もし抵抗したとしても罰せられるのは弱い一般人側なのだ。我々は間違いなく罰せられる側であり、不安しかない。これから北へ進むに連れて、そういった反撃すら罪となる敵に出会うと考えると気が気でない。
「あまり敵として会いたくないですね。」
「まったくその通り、あちらが攻撃すれば正義、こちらが反撃すれば悪となりますから、貴族あがりの傭兵団は面倒な存在ですよ。それも証人さえいなければ回避可能ですがね。」
「言わないで下さいよ。」
「まあ、今はこれら戦利品の獲得を喜びましょう。確実に金貨数十枚の利益ですからね。」
そう言うとフォルンツは心地の良い様子で馬車の方へ走っていった。私はその姿に思わず笑ってしまう。彼の自由奔放な人との接し方は誰もが望むものだろう。だが他人に左右される事なく、自分のやりたいように生きるなど常人の成せる事ではない。少なくとも私には出来ない事だ。
卑屈になりながらも私はマカや部下達と作業を続ける。カラシャ達は掃討を終えたようで血濡れの剣を肩にのせながら護衛兵に指示を飛ばしている。その頼もしい声を聞きながら、私は死体漁りと品定めに精を出す。
私の耳に聞こえるのは、誰かの怒号と砲弾の風切り音、数秒後着弾音によって怒号は消え去り、後に残るのは耳鳴りだけだ。そして肌に温かな血と肉片を感じながら誰かに揺さぶられている。
「また......夢かな.....」
「草薙さん、起きて!」
「ここは?」
「よかった、さあ行きますよ。」
そう言うと薄汚れた迷彩服を身に纏う若者は私を担ぎ上げ、砲弾の音が絶え間なく続く中を走り出す。無数の土煙と破片が飛び交う戦場に硝煙の臭いと男の息づかいが小さく感じられる。
「こっちだ急げ!」
また男の叫ぶ声が聞こえ首を動かすが、鋭い痛みが首筋に走る。なんとか声の方向へ顔を向けると、塹壕の中から男が大きく手招きしている。私を運ぶ若者は息も絶え絶えになりながら塹壕の中へ私を放り投げるようにして飛び込む。
塹壕に投げられて打撲の痛みが全身を駆け巡るがそれもすぐに消え去り、塹壕にいた男達に介抱されながら空を見上げている。青い空に無人偵察機がこちらを監視する様子で弧を描いている。私はそれを静かに見つめ、塹壕の男達は怒鳴りながら無線通信機の相手と話している。
「味方に砲撃する奴があるか、砲兵部隊は何をしている!!」
「くそっ、企業の背広どもが、研修も満足に受けてない新兵に砲撃させるなよ!」
「あいつら俺達の命を何とも思っちゃいない。このままじゃ、敵じゃなくて味方か病気で死んじまう。」
男達は皆口々に無線機の先の誰かを罵っている。その様子から私が彼らの仲間である事、味方に誤射されて死にかけたという事を理解した。そして、その様に考えながら呆ける中で、若者が私を見つめている事に気づいた。
「草薙さん、なんで笑っているんですか。」
若者の問いに私は心底困惑した。私は笑っているのか、自分では分からないのだ。
「佐藤隊長、草薙さん笑ってて、あと足首も硬直してます。大丈夫ですかこれ?」
「ん、ああ大丈夫だ。それは笑顔じゃなくて顔が痙攣しているだけで、たぶんストレス反応だろう。こんな過酷な戦場に1か月以上いればそうなるさ。」
「そうなんですか、痙攣にしては何というか......幸せそうに見えるんですね。まるで楽しんでるみたいな。」
若者の言葉から考えると、きっと今の私はとても素晴らしい顔をしているのだろう。だが私には見る事など出来るはずもない。それなのに、私の脳裏には誰かの顔がぼんやりと見える。鼻は長く突き出たように伸び、頬は引き攣り口角があがっている。頭部の皮膚が痙攣して、まるで頭の中に虫を飼っているように蠢く。そして、光る黒い目の奥にはそこはかとない恐怖を感じる。
足から首がピクリと動き、私は激しく揺れる馬車の荷台で目を覚ました。いつの間にか眠っていたようで、目を擦りながら目やにを取り除き、自分の周りを見回す。
いつものようにマカとフォルンツが同じ荷台に座っており、馬車の後方にはカラシャが馬に乗って護衛兵と話している。今までと違うのは、可愛らしい獣の子供がマカの隣で静かに寝ている事だろう。
「おはようハイエナ、よく眠れたかい?」
「ああマカ、よく眠れた......とは言い難い。」
「うなされてたからね。起こそうと考えたけど、せっかくの貴重な睡眠だからそのままにしといた。」
そのように言いながら、彼は小さな樽に木の棒を通した人台に服を当てて修繕作業を行っている。どうやら回収した装備品を修繕しているようだ。
「修理してくれているのか?」
「うん、ラルテーのドラヴさんは修理のたびにお金取るでしょう。だから節約のために僕も出来る限りの事したくてね。」
「ああ、確かにそうだな。この前なんて鎖帷子数着に金貨3枚取られたしな。助かるよマカ、ありがとう。」
マカは私の感謝の言葉に照れくさそうな反応をすると、小さくうなるヤタの頭を撫でてから作業に戻った。落ち着いて針を扱うその姿はギルドの職人にも引けを取らない。だが彼の横に山積みになっている服を見れば、あと数時間以上かかる事が分かる。眠りから脱して軽く話したい気分の私は、同じく暇そうに空を見つめるフォルンツに声をかける。
「フォルンツ殿、そういえば前に本について話してましたよね。例えば今の流行りは成り上がりだとか、他には何かないのですか?」
「ああ、ハイエナ殿も流行りの本をお求めですか。ならお話しましょう。前にも話しましたが、特に人気があるのは恋愛もので、特に寝とり、寝取られものが安定して人気です。」
「寝取られものですか......」
芸術家の意外な言葉に私は困惑する。もしかすると世界の翻訳が間違ったのではないかと思うほど、私は動揺する。まさか純愛等の真っ当なものではなく、なぜそのような批評家から下品と言われる部類が人気なのか理解できない。
「そうです。例えば結婚して2か月の夫婦がいて、夫は木こり、妻は夫の手伝いをしつつ家事をして仲良く暮らしているのですが、妻には気になる相手がいました。それは村外れの粉屋の親方です。しかも粉屋は独身で、村では多少厄介者として扱われているのです。」
「へぇ、それはまた中々のものですね。」
「ええ、それである時豪雨によって外に出ていた夫婦が粉屋で雨宿りをするのです。そして、粉屋は、この豪雨が終末の大洪水となると、神話から事実と嘘を織り混ぜて夫に話し、夫は恐怖のあまり地下へ引きこもってしまいます。そして、粉屋は残された妻と共に寝台で愛を育みます。」
「うわぁ」
「まだですよハイエナ殿、これからです。時間が経ち、雨の勢いが小さくなると、司祭が粉屋へ訪れました。司祭は壁に耳を当て、妻がいる事を確認すると、窓を開けて口づけしろと言うのです。司祭は前から妻の事が好きだったのです。そして、妻は粉屋と相談した上で、その通りに司祭と熱い接吻をした時、夫が地下からそっと顔を覗かせたのです。」
「ええ......」
「そして、夫が声も出せずに仰天している時、雨水の重みに耐え兼ね、粉屋の家の屋根が音を建てて崩れ始めました。粉屋と妻は急いで外へ出て、夫は間に合わず潰れて死にます。」
フォルンツは話終えたが、私は話す気分になれなかった。私はマカの方を見ると、彼もどうやら片耳を立てていたようで、渋い顔をしながら黙々と作業を続けている。そして御者の召し仕い達も心なしか気分を落としているように見える。
「なんというか、なんでそんな話が人気なのですか?」
「さあ、私にも分かりません。背徳感かあるいは支配欲か、どの登場人物に感情移入するかによって需要も変わりますから一概に評価できないのですよ。まあこの話はあくまで例なので、もっと良い恋愛ものもありますよ。」
「そうですか。恋愛の本を買うのが怖くなりました。」
「ははは、まあ王侯貴族等にも人気の理由は、身近な事だからではないでしょうか。貴族の結婚は愛のないものも多いですし、婦人が騎士と床を共にする話もよく聞きます。それを仕方ないと流す主君もいれば、戦争にまで発展する場合もあります。」
彼は悠々とこの世界の貴族事情について語る。彼らの傍らには常に謀略と苦悩ばかりの日々だと予想していたが、まさか現実逃避できるはずの読書まで現実と同じだとは思わなかった。一体どのような心境で自分の配偶者との起こりうる問題を好むのか、とても理解できない。
しかしよく考えてみればそのような書物を買うのは必ずしも主君だけではないのだ。その妻が退屈な、あるいは牢獄のような生活に辟易し、理想を抱いて本に現実逃避する事もあるのだろう。だから芸術家はそのような貴婦人達に絶望と隣り合わせの希望を提供し、一時の夢を見させるのだ。彼らはある意味では私と同じ商売人だろう。
フォルンツの話す王侯貴族の事情は理解に苦しむ事も多かったが、その大半は興味の惹かれる話ばかりで、私はそれらを街までの暇潰しとした。




