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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
40/78

38 獣と獣達

 

 むせ返るような臭いと熱気、そしてテントの隙間から差し込む朝日と共に、私は重苦しい気分で身体を起こす。上半身を起こしたまま呆けていると、自然と起床は何ゆえに苦痛であるのか考えるが、とても今の脳ミソでは答えを出せない。しかし、私の気持の良い目覚めを妨げた原因はすぐに理解できた。


 せいぜい二人用の狭いテントの中に私を含めた大きめの男達が五人も寝ていれば、内部の臭いも相当なものだ。しかも水浴びをしていない兵士達の汗と汚れは中々に強烈な複合体となって私の鼻を破壊しようとする。よくこの場所で眠れたものだと自分を誉めたい気持ちを抑えながら、すぐにテントから出た。


 外へ出ると真っ赤な朝焼けの空と冷たい空気が出迎える。山の向こう側から差し込む日の暖かさと肌を刺すような寒さが入り交じり、私は言葉に出来ない気持ちを抱く。エートルから北へ進むにつれて寒さは徐々に増していき、スラーフにおいて比較的温暖な南方の気候に慣れた私達にはこの土地を愛せそうにない。それを体言するかのように見張りの護衛兵が毛布に身を包み、焚き火の小さな火に手をかざしながらブツブツと文句を垂れている。


「おはようございます。」


「ああハイエナ様、おはようございます。今日の朝も冷えますね。こんな嫌な時には強い酒と温かい食事、それから肌を温めてくれる女が欲しいもんです。」


 彼は震える声で私に呪詛のような要求を行う。私は彼の気持ちを理解できるが、目の前の哀れな男に今から告げる言葉を躊躇うつもりなどない。


「貴方の今言ったものは昼までお預けですね。女に関しては次の街まで待ちなさい。」


「ハイエナ様......女が無理なのは分かりますが、食事が無理とは?」


「そのままの意味です。今日の朝食はありません。なにせここは教会管下の野営地ですから彼らの教義に反して揉めたくありません。」


「そんな......」


「大丈夫です。昼間には飯を豪華にしますから我慢してください。」


「うぅ......腹減った。」


 屈強な兵士であるはずの彼は毛布をしっかりと握りしめながら小さく縮こまってしまい、そして情けない声でまた文句を垂れている。周りをよく見れば、夜警についていた他の護衛兵達も私の言葉を聞いていたようで、泣きそうな声になりながら悲しみの呪詛を繰り返している。私としては食人者に囲まれながら夜警を続けた彼らに報いてやりたいが、この地の支配人と対立したくない。だから彼らには耐えてもらう。


「ところで、マカを見ませんでしたか? テントにいなかったもので。」


「マカさんですか? 彼ならそこに。」


「誰もいませんが?」


「どうやらそのようで、どこに行ったのでしょうか?」


 彼と私は臭いテントから馬車の荷台まで敷地の隅々を捜索するが、マカはどこにも見当たらない。つまりはマカは敷地の外へ出たと、獣どもの敷地にいるという事になる。


「護衛兵、4人私と来なさい。マカを探しにいきますが、離れず行動するようにしなさい。残りは他の者を起こして出発の準備をお願いします。」


 私は昨夜の出来事を思い出す。それゆえに疲れた護衛兵を動員し、安全地帯だというのに戦場のような警戒心でマカを捜索するのだ。


 何かの焼ける匂いと人の生活臭を鼻で感じ、汚ならしいテント群をゆっくりと進む。四角の陣形を維持しながら、必ず隣の仲間を視界に入れるようにして捜索する。


 浮浪者達の大半はすでに起きているようで、ある者はこちらを見つめ、ある者は呆け、ある者は家事をしている。そして家事とは狼のような獣を串刺しにして焼いているようだ。それを食べるためか、はたまた別の目的のためか分からないが、確かな事は油断すれば私達もその獣と同じようになるという事だ。


 そして護衛兵達は腰の剣に、私は弩に手をかけながら歩いていると、マカと複数人の声を聞いた。それは怒鳴るような口調で誰かと口論しているのが分かる。私は護衛兵達と顔を見合わせると、四角の陣形が崩れるのも気にせず急いでその声へ向かう。


「そいつを離せと言っているんだ!」


「嫌だ、お前達はこの子を食うつもりだろ、絶対に渡さない!」


「マカ、何をしているんだ。」


「ハイエナ!」


 少し息を切らせながらマカの元へたどり着くと、そこでは彼と十数人の浮浪者達が言い争っている。マカは何かを抱えるようにうずくまり、浮浪者達はまさに今から彼を殺そうとする勢いで迫っている。そして浮浪者達の向こう側には先ほどと同様に獣が串刺しに焼かれおり、肉の焼け焦げる匂いと血臭が漂ってくる。


「皆、ごめん勝手に外に出て。」


「それは別に、よくは無いが今は追及しない。それよりこれは?」


「なんだお前らは、この女の仲間か? ならこいつにその獣を渡すように言え、さもなくばこの女ごと串刺しにして食うぞ。」


 マカに掴みかかっていた浮浪者の男は口汚く一方的に要求を突きつけてきた。私は鼻持ちならない態度に弩を出し威嚇する。護衛兵達も剣を抜き、腰を落として刺突の構えを取っている。


「まずは彼から離れてください。彼が何をしたかはっきりとゆっくり喋って、もし彼に非があるなら謝罪と賠償をします。しかし事情も話さずに攻撃するならこちらにも用意があります。」


「俺らはいつも通りに獣の死体を焼いていただけだ。」


 私の警告に浮浪者はマカから離れ、その隙に彼はこちらへ来た。よく見れば彼の腕には、幼い獣が大事そうに抱かれている。獣は怯えるように震え、しかしその目は非常に恐ろしい。なぜこのような問題が起こったのか、私は何となく察した。


「なぜ獣を焼くのですか?」


「食べるためだ。ここは教会が支援してるが、俺達の腹の音は一向に収まらない。かといって自分達で食料を確保しようにも、領主が猟を許さないし、森には怪物がいるから山菜も十分に確保できない。だから墓守達が殺した獣の死骸とそれに集る虫を食うしかないんだ。」


「働こうとは思わないのですか?」


「どうやって、農村から出てきたばかりの俺達には何の能力もないし、そもそもここから出られない。自由を求めて都市を目指したのに行き着いたのはこんな肥溜めで、常に食料不足や疫病、獣や異教徒の襲撃に困窮している。そんな中でその女に獣を取られたんだ。これが黙っていられるか!」


 男と周りの浮浪者達は怒りながら自身の現状と不幸を語る。それは私にとって微塵も興味のない事であり、目の前の浮浪者達の行く末など気にも留めないが、私達の障害であるのは確かだ。きっと彼らはマカの腕の獣を得るまで私達を逃がす気は毛頭ないだろう。かといってマカも気持ちを変える気はなさそうで、今争えば死ぬのは私達だ。だから私は一番確実な解決方法を取る。


「何をそんなに貴方達は憤っているのですか。昨日教会の警備体制を見ましたが、貴方達はここから出ようと思えば出られるだろうに、そうしないのは教会の施しをすすりたいからでしょう。貧しいとはいえ、比較的安全な寝床と最低限の食事は出ますからね。」


「何をガキが偉そうに......」


「私は成人していますからガキではありません。きっと貴方達は出る事ができても貨幣を持っていないからそうしないのでしょう。だからこれを差し上げます。」


 そう言って私は腰に下げた小袋からセステル青銅貨2枚を取り出し、男に放り投げた。彼は青銅貨を掴み取り、しばらくそれを見つめると再びこちらを見た。私は間髪入れずに彼に向かって話す。


「その青銅貨があればこの場にいる人間にパン1つとチーズの切れ端、ワインを配れるくらい出来るでしょう。それをこの獣の代金としなさい。」


「これだと獣を食う方がいいな。」


「そういえば私はここの司教に食料の援助をしましてね。しかしあくまで援助であるため今から取り下げる事もできます。」


 それは嘘でないが、事実でもない。私が援助したのは物資であり、貨幣ではないため教会に申請すれば私の善意は取り下げる事ができる。だがそれをすれば、ポム司教は私に不快感と不信感を抱き、墓守との関係も悪くなる。さらに申請には金が必要であり、金欠の私にとっては借金か人件費の削減で利用可能だ。つまり、援助の取り下げは莫大な損失覚悟の手段であるため私は絶対に行うことはないだろう。


「まさか獣1匹のために得られるはずだった配給を無駄にするなど、賢い貴方には到底出来ないことでしょうね。」


「いいだろう。青銅貨2枚でその獣くれてやる。だがな、クソガキが調子に乗らないことだ。」


「ありがとうございます。」


 それから浮浪者達の興味は男の手にある青銅貨に移ったようで、彼らはそれを巡ってまた激しく口論しだした。それを横目に私達はその場を後にする。そして戻る道すがら、私はマカに一連の行為の理由を聞いた。


「マカ、なぜこんな事をしたんだ。」


「ごめん。」


「一から話してくれ。」


「わかった。僕は起きてすぐにテントから出て、そうするとこの子が目の前にいたんだ。酷く怯えてまるで僕を敵のように見つめるけど、どこか助けを求めているみたいで放っておけなかった。それで近づくと逃げたから後を追って行くと。」


「マカ、もういい。」


「ごめんハイエナ。それにお金......」


「それは大丈夫だ。青銅貨2枚はまた取り返せる。だけど今後はこういう事は止めてくれ。」


「わかった、ごめん。」


 マカはずっと謝り続けている。私はそんな彼に対してある言葉を口にしようとするが、今一度考えた上でそれを飲み込んだ。ここは友人として、危険に身を置かないように促すべきだろう。だが、私にはその資格がなく、すでに戦場へ来てしまっているから今更だ。彼をここに連れてきたのは私だ。いくら彼が同行を望んだからといって、危険に身を置く機会を作ったのはハイエナなのだ。どうして彼を攻められようか。


 獣に関しても彼を繋ぎ止めるために買ったに過ぎない。私達が北へ向かうに連れて、人が死んでいくのだ。それが盗賊か私達の誰かであれ、心優しい彼には耐えられないはずだ。だからせめてもの癒しとして、幼く愛らしい獣の子供を与えたのだ。愛玩動物は、まだ成人して間もない彼にはとても効果的だろう。


 だが用心すべき事を考えれば、その獣がいかほどの価値を持つのか分からない事だ。母親を串刺しにされ、孤独となった獣が果たして愛玩動物となり得るのか疑問だ。最悪の事態は、獣が人間への恨みを溜め込み、いつしかマカの喉元に牙を突き立てる等という事だ。考え過ぎだと自分で思うが、それほどまでに獣の目を見た時、私は底知れぬ恐ろしさを覚えた。







 事件とも言えぬ事件の後、私はポム司教に別れの挨拶を告げて野営地を出発した。明確な目的地はなく、あくまで北部諸都市の調査が目的であるため、あらゆる場所に寄る予定だ。


 出発してしばらく、街道から少し離れた森の開墾跡地で総勢六十名ほどの傭兵団が血生臭い戦いを繰り広げていた。どうやら給与の分配が滞り、古参と新入りで揉めていた。そして彼らの一方が激昂して一人を殺すと、そのまま戦闘になった。


「あいつら、俺達が見ているとも知らずに呑気に戦争しやがって、もっとこういうのが増えて欲しいもんだ。」


 カラシャは鉄装備に泥を塗りながら上機嫌でそのように言った。他の者も日光で反射しないように金具や兜等の装備を汚している。ここで見つかると寄り道した意味がなくなるため皆普段より真面目に準備をしている。


「もっと北に行けばこういうのも増えると思いますよ。とにかく損害だけは出さないようにお願いします。皆さんもあまりはしゃぎ過ぎないように。」


「「「へーい。」」」


 護衛兵達はやや声を落としながらカラシャ同様上機嫌そうに返事を返す。朝食のお預けを食らい、陰気な野営地で狭苦しいテントに寝泊まりした彼らの鬱憤は相当なものになっており、どこかで発散させなければ村1つ滅ぼすような雰囲気であったため仕方なく傭兵団を襲わせる。


 早い話彼らは定期的に誰かを殺さないと熟睡できないような人間なのだ。新兵は殺人を忌避し夜も眠れなくなるというが、彼らはその対極として殺人に快楽を見出だしている。唯一の救いは、その行為の対象が善良な一般人でなく、同じような人間達という事だろう。いずれにせよ異常な事に代わりはないが、カラシャだけは私の気苦労を知ってか知らずか、上手く護衛兵達をまとめあげている。私はもっと彼に感謝するべきだ。


 傭兵の殺し合いを見つめながらそのように考えていると、新兵の傭兵集団が森の中へ逃げようとするのを、古参の傭兵達が虐殺している。流石に質の差は歴然だが、古参側も数では負けていたため中々に消耗しているようだ。そして、時が来たと言わんばかりにカラシャが突撃の号令をかける。


「突撃!」


「「「うおおおおおおお!」」」


 計四十名の二列横隊が膝をつく老兵達と幼い新兵達へ一斉に牙を向ける。護衛兵達は皆鎖帷子を着込み、かなりの重装備だというのにその足の速さときたら、目視百メートルほどの距離を先に逃げた軽装の新米傭兵に追い付くほどだ。


 彼らはその能力故にとてつもない維持費を食らい、隊商の利益の四割は彼らの食い扶持に消える。もう少し人材は選ぶべきだと過去の自分に言いたい気持ちだが、今更どうにもならないため私はただ彼らの殺し合いを見る。


 一方で、隣にいる友人は戦いに興味はないと言わんばかりに新しく手に入れた獣の腹を撫で、戯れている。


「ここがいいのかい?」


「くーん。」


 狼のような獣は、マカの前だと犬にしか見えないほど彼になついている。先ほどまでの警戒心はどこにいったのかというほどの情けなく愛らしい鳴き声が聞こえる。


「ほらー、ここがいいでしょ。」


「くーん。」


 マカは孤児院でも年下の子供達に好かれていたが、それが関係しているのだろうか。とにかく私は目の前に広がる2つの光景のうち、どちらを見ればいいのか迷っている。そもそも相反する光景が同じ空間にあっていいのかという疑念が頭に過る。


「ハイエナもこの子のお腹撫でてみてよ。」


「え?」


「いいからほら、気持ちいいでしょう?」


 マカは無理やり私の手を引っ張ると、獣の腹の上に置いた。私は言われるがままにその腹を撫でる。確かに触り心地はよく、まるで上質な絨毯を撫でているような感覚だ。なにより獣の満足そうな顔と小さな身体が私の保護欲を呼び起こす。


「これは?」


「いいでしょう。」


「確かにいいが、この獣が毛皮にされないか心配だな。」


「ハイエナ......」


 マカは呆れたようにこちらを見る。その目は彼が不快なものを見る目と似ている。


「冗談だ。この獣の名前は?」


「ああ忘れてた、どうしようか。じゃあ、僕には名付けの才能がないらしいのでここはハイエナに譲ります。」


「なんだ、俺が前に言った事まだ覚えて......まあいい。そうだな獣、狼の名前か。」


 私は自分の脳ミソを絞りに絞って考える。そして一つの言葉が頭に浮かんだ。


「ヤタとか、どうだ?」


「ヤタ? いいんじゃないかな。じゃあこれからこの子はヤタで!」


 そのように彼は声を張りながら言うと、ヤタを天に掲げるように持ち上げた。私はその光景に思わず微笑んだが、ある事を疑問に思った。なぜヤタという単語が頭に浮かんだのだろうか。それが個人の名前なのか、はたまた地名なのかすら分からないのに自然と思い付いたのだ。


「ヤタ......?」


 私はそれを繰り返し口に出しながら、マカと獣、その後ろに広がる虐殺の光景をしばらく見ていた。


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