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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
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37 獣と墓守り

 

 二人の門衛が私を縦一列に挟む形で薄気味悪いテント群を進んでいく。その間彼らは一言も喋らず、私もこの異様な雰囲気に呑まれ、黙々と仕事をこなす彼らに易々と話し掛ける気にはならない。だが私の悪癖というべきか、私を挟む彼らを自然と観察し、頭の中で考察している。この野営地は広く静かであるため移動中は暇だ。それ故、人間観察は良い暇潰しとなる。


 彼らの内、私の前方を進む彼は後ろの門衛に比べて重装備だ。口元が鎖帷子で覆われた鉄兜を被っているため顔を見る事はできず、胴体には鎖帷子の上から革鎧を身に付けている。腰には膝までの鉄剣を下げ、右手に短槍、左手に松明を持ちながら常に周囲を警戒しつつ歩いている。もう一人は私の後ろを歩いているだろう。足音が聞こえない事に疑問を持ったが、わざわざ振り向く気にはならず、また軽装ゆえに足音もないのだと勝手に納得する。そして私は半分放心した状態で先ほど見た彼の姿を思い出す。


 薄汚れた普段着に革鎧をつけ、他のの門衛と同じような武器を持っている。そして、彼は頭に麻袋を被っており、それを見た時私は心底驚いた。まるで誰かに似ているとも考えたが、処刑人等の忌避される職業には顔を隠す者も多く、それと同じような事をしているのだと考えた。


 この野営地に到着した時には門衛達の素顔を見る事が出来たが、先ほどからすれ違う巡回者達は皆頭に麻袋を被っている。顔が全て隠れる鉄兜を被っている者もいるが、ほとんどは麻袋を着用しているようだ。なぜ麻袋を被りテント群内を巡回するのか、昼間ではなく夜に顔を隠すのか、私には到底理解の及ばぬ行為だ。明るい時間帯であれば顔の視認を防ぐ目的もあるだろうが、暗い時に被り物をしても意味はないだろう。


「着きましたよ。」


 私が頭の中に様々な思考を巡らせていると、目の前を進んでいた門衛が立ち止まり、穏やかな口調でそのように言った。どうやら私の寝床に到着したらしい。先ほどから謎の視線とテント群の不気味さをひしひしと感じていたため、私はそう言われるなり小さく安堵の息を漏らした。


「これでようやく熟睡できます。お二人とも、ありがとうございまし......た。」


 私は感謝の言葉の最後に後ろに振り向き、もう一人を労おうとしたが、そこには誰もいなかった。ただ暗く薄気味悪いテントが立ち並ぶだけだ。彼はどこへ行ったのだろうか。


「さっきまでいたはず。」


「あー、これは食われたな。」


 重装備の門衛が私の横に立ち、軽い口調で言う。彼は食われたと言ったが、この野営地内でそのような不可解な事が起こるのかという疑問が真っ先に頭に浮かぶ。


「門衛さん、食われたとはどういう事ですか?」


「そのままの意味です。どうやら同僚はあの獣どもに食われてしまったらしい。良い奴だったのに、とても悲しいですよ。」


 彼の言う獣とは、おそらく布の向こう側からこちらを見つめる浮浪者達の事だろうか。それとも単純に森の獣を指しているのかもしれないが、あれらがこの陣地に入り込む等考えにくい。かといって人間が、教会の庇護下にあるはずの彼らが教会職員を襲うなど信じられない事だ。


「なぜそのような事が。」


「司教様から貴方達に何も言うなと言われていましたが、限界でしょうね。気を悪くしないでください。司教様も貴方達を思っての事です。なぜこの野営地がこのような状況になっているのか、説明します。ハイエナ様は墓守りをご存知でしょうか?」







 門衛の話は実に興味深い内容だ。いや、正確に言うと彼らは門衛ではなく、教会の墓守りだったのだ。墓守りとは、その名前の通り墓を守る者達だ。獣や怪物から死者の安息と生者の信仰を守護する者として、この大陸の人々の生活に根付いている。ただ彼らは、その守護の手段として情け容赦のない心と武器を用いて墓を守り続ける。


 かつて帝国が崩壊した時に多くの救われない魂があった。当時の教会は、不十分な埋葬は治安の悪化に繋がるとして墓守りを制度化し、孤児や訳ありの人間から人員を募って武力と資金を与えた。結果として、墓守りは人間と怪物達の狭間で戦い続け、多くの犠牲の下に墓と生ける者を救ったのだ。時は流れ、教会あるいは修道院が率先して森の開拓を行い民衆を導く時、墓守りも教会に属する者として怪物と獣を狩り続けた。それ故に現在では教会の武力となって民衆から支持されている。


「我々は南スラーフを統括するポム司教様をお助けするための墓守りです。この野営地には数十人の墓守りが任務にあたっております。我々の目的は、浮浪者達が物乞いとなる事を防ぐこと、つまり都市の治安維持です。」


「そのような事が......。」


 私の予想は幾分か当たっていたらしい。彼らは浮浪者達をこの場所に封じ込めているのだ。都市で物乞いをひとりひとり捕まえるよりも、元を絶った方が対策としては良いだろう。


「それは険しい道のりでした。現に封じ込めは成功したものの、物資も資金も不足しており満足に活動できません。特に食料の不足は浮浪者達の反乱を起こしかねませんし、教会のお偉方、全員がそうではありませんが、彼らは贅沢に安全な日々を過ごしているというのに、現場の我々はこうして痩せ細るしかないのです。さらに物資の不足からか獣のような彼らは私達を食おうとしている、物理的にね。それだけでなく、森の奥に住まう純粋な獣も夜な夜な陣地に入り込んでは我々や彼らの命を狙っている。この任務を始めてから獣たちのせいで何人もの犠牲者が出ています。」


「獣たち?」


「ええ、彼らは常に飢えています。我々も獣との戦闘と陣地の警備で常に疲労している。頭はまともに働かず、新人は特に死にやすい。」


「物資や人員の増援は頼めないのですか?」


「南スラーフの事は現場で片付けるしかないのです。司教様は手紙を書いておられましたが、未だに返事はありません。本来はこの仕事も領主が行うべき事であり、彼らの要請で我々が活動しているというのに誰も協力しません。それどころか、世俗は一層の教会への介入を強めている。教会は勢力を拡大しましたが、その弊害も大きいのですよ。」


「ではいっそ実力行使に出てみては?」


 私はその言葉を口にした瞬間に後悔した。墓守りは武装聖職者といえ、教会と民衆のために命を捧げる者達であり、民衆を傷つけるなど論外なのだ。私の言葉は彼の逆鱗に触れたかもしれない。実際のところ、彼の目が一瞬怒りを表すように細くなった。


「それもありかもしれない。ここにいるのは本当に私達が守るべき人々なのか、前々から疑問に思っていました。彼らは教会と神と恩恵に預かっているはず、なぜ守護者である私達に刃を向けるのでしょう。仲間の死体を弄ぶ人間を守る必要はあるのか。」


「やはり。」


「ええ、墓守りは無感情の奴隷とよく言われますが、そんな事はありませんよ、私達なりに色々と考えています。ですが、ポム司教様は私達以上に考えておいでだ......本当に凄い方です。」


「それはどういう?」


「いえ、なんでもありません。」


 私の質問に彼は饒舌な口をつぐむ。どうやらポム司教の深部について彼から得られる情報はないらしい。


「ですがここの獣達や世俗の者達が教会を軽んるじるのも無理はないのかもしれません。それほどまでに教会は拡大し、腐敗したのです。彼らは私達に愛想を尽かせている。それに、私達墓守りが民衆を虐殺しては、誰が善であるというのか。」


「教会への忠誠心、その最後の砦ですか。」


「ええ、かつて時代を動かした為政者あるいは暗黒から人々を救おうとした人は、未熟な社会の中で味方もなしに善意と正義を掲げました。弱者救済と善意ある者のために身を粉にして戦いました。私達の慈善活動はそのなごりです。教会は善意の最後の砦として愛情の教育と食事を施し、この大陸に住む全ての生物が幸福の道を歩めるように努力しました。今や、教会の善意は消え去り、残された意志は利益追求と体制の維持か、はたまた盲目的な信仰です。世俗もまた、自分自身の利益しか興味はなく、他人を思いやる事はない。ハイエナ様、私達は何を間違えたのでしょうか。」


「それは分かりません。」


「何を間違えたらこのような事に、私も間違えなければ、同僚や弟の死をもっと悲しめたでしょうか?」


 彼の顔は鉄に覆われていて表情は見えなかったが、彼の声は確かに悲しさを含んだものだ。食われたのは彼の弟で、彼はあまり悲しめない事に悔いているらしい。墓守りとは皆そうなのだ。彼らは死んでも墓に入れず、また死を悲しむような家族もほぼいない。孤児や成人してない人間から人員を募っているのだから当然だろう。子供は洗脳しやすく、孤児であれば騒ぎ立てる人間も存在しないため教会には都合がいい。


 ともかく私は目の前の墓守りにかける言葉など頭に浮かばなかった。もし私が移動中に振り向いたとしても彼の弟を救えなかったはずだ。私はずっとそれが頭の中にある。だから私は、自分の背中に浮浪者達の視線を感じながら、無言のまま彼の言葉を聞き続ける。


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