34 出発と暴露
型破りな行動を取る芸術家はその身なりも意外性に富んでいる。頭部に麻袋を被っている様子は処刑人であり、かと思えば他の服装は貴婦人好みの流行ものだ。青の胴衣の上に赤を基調とした装飾溢れる外套を身につけ、足には少し先の尖った黒色の高級靴を履いている。金銀細工のベルト、銀と宝石の指輪等、装飾品も高価だ。
頭の異質さを除けば、盗賊の格好の的とも言える様相の芸術家は上機嫌そうに荷を馬車へ積み込んでいる。だが彼の積み方は少々乱雑で、彼の弟子達が荷台の積み荷を仕分けている。彼らも芸術家同様に麻袋を被って、お洒落な格好をしている。
私としては、道行く人々の視線に頭を抱えたい気分だ。まるで奇っ怪なものを見るように我々を見ている。彼らは他人の視線が気にならないのだろうか。いや、気にならないからこそ奇抜な格好をしていると考えられるが、そこに同行者である私が含まれる事に納得できない。
「楽しそうですね、フォルンツ殿。」
「ええ、楽しみですとも。最近は南部も何かと物騒でしたから街の外に出るのは久しぶりです。色々と見て回りたいものですが......。」
「フォルンツ殿、貴方には仕事がありますから、それは無理です。休日はともかく、騎士ラーテとの約束と村人達への麻生産の指導をしていただかないと。」
「分かっていますよ。」
今まで上機嫌だった彼は不満そうな様子で答えた。自分の予定に水を指されて機嫌が悪くなったのだろう。私としては、彼の行動を制限するつもりはないため、その不満を何ら気にも止めない。
「ところでハイエナ殿、今日はマカさんは来ていないのですか?」
「ええ、マカはエートルに待機しています。彼に用事でも?」
「いえ、来ていないならいいのです。彼の美しい緑色の瞳、あれには興味を惹かれましたね。」
彼は残念そうに肩を落とした。マカとフォルンツは一度しか面識がないはずだ。フォルンツはマカに興味を抱いているのだろうか、マカは容貌こそ童顔の女性に近いが、確実に男であり、フォルンツもそれは知っている。
「フォルンツ殿、もしかして貴方は。」
「いえ、私は女好きですよ。」
「いやそうではなくて......。」
「ああ、積み込みが終わりましたね。さあ、参りましょうハイエナ殿。」
彼は私の問いに答える様子はなく、強引に私を馬車に押し込んで出発の指示を出した。弟子が手綱で馬に合図を送り、私は馬車の振動に揺さぶられながら彼へ問う機会を失った。
エートルへ到着すると、村の女性達を集めてフォルンツと弟子達を紹介した。彼女達も始めはラコテー市の人々と同じように怪訝な顔をしていたが、弟子達が麻袋を取り、その顔を見せると私も彼女達も表情を変えた。
女性達は驚き、しかしそれは美しいものを見た時のうっとりとした表情に変わる。どうやら弟子達は全員美男子だったらしい。女性達は彼らの顔ばかり見ている。私は彼女達の変わり様に驚くと同時に、いよいよフォルンツの性癖を疑い始めた。
当の彼は麻袋を脱がず、ただ立っているだけだ。どうやら弟子達と違って自分の意思は貫きたいらしい。女性達は彼に期待の眼差しを向けているが、彼は最後まで頑なに麻袋を脱がなかった。
紹介を終えた後、私は困惑する弟子達と黄色い声を上げる女性達の交流を横目にフォルンツを別室へ移動させた。彼を椅子に座らせると、私も重い腰を硬く冷たい椅子に落とした。
「大変でした。まさかかのようになるとは到底予想もしていなかった。」
「いや、申し訳ありませんハイエナ殿。彼女達と手っ取り早く友好的になるには、あのようにするのが一番かと思いましてね。しかし彼女達は可愛らしいですね。」
「フォルンツ殿、若い女性達はともかく、既婚者と問題を起こすような真似は控えてください。」
「分かっていますよ。弟子達にも厳しく言い付けてあります。」
「ならいいのです。喉、渇いていませんか。あまり高価なものは出せませんが、これをどうぞ。」
そう言って私は皮袋から杯に果実酒を注ぎ、彼に手渡した。彼は杯を揺らしながら鼻に近づけ、匂いを確かめてから口に含んだ。酒を味わいながらゆっくりと杯を机に置く。その一連の動作はどこか優雅な高貴さを感じさせる。
「南部特有の果実酒ですね。リネの実とイオの花、それから複数の香草を混ぜていますね。非常に甘く、口当たりの良い酒です。」
「そうですか、それは良かった。」
「先ほどここの建物に入る前、複数の馬車から同じ香りがしました。見れば酒樽がいくつかあったようですが、酒も運ぶのですか?」
「ええ、せっかく北スラーフへ行くのですから商売のひとつでも思いまして、酒や南部の珍しい品物を集めました。」
私は事前にラコテーの商人ギルドで滞在している北方からの行商人と情報交換を行った。その行商人に酒を奢りながら様々な北の情報を聞き、どのような商品を売り捌けば大儲けできるか、それを予想できる情報が含まれていた。
北では生活必需品があっても足りない状況であるということ、とりわけ酒は安定して稼げるという事がわかった。北方で飲まれる酒の大半はリンゴ酒や麦酒のようなもので、種類も多くはない。ワインを含め南部特有の果実酒は、高い需要があり値段も高騰している。
「それは良い選択です。酒は多種多様な人間、あるは生き物に好まれますから十分に利益を出せるでしょうね。」
「フォルンツ殿、2つ質問してもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。」
彼は微笑むように話しながら杯の酒を呷る。そして杯を机に置き、ゆっくりと身体をこちらへ向ける。
「今さらですが、なぜ貴方は麻袋を被っているのですか?」
「前も説明したでしょう。まあ、説明不足だったかもしれませんが、この麻袋は私に新しい発見と完璧な防護を施してくれます。この世には見なくていいもの、聞かなくていいもの、言わなくていいものが多く存在していて、大いなる知識はその中に埋もれ、屑の中の宝石のように我々を待っています。だから私は麻袋を被り、その恩恵にあずかりながら信仰しているのです。」
麻袋の良さを語る彼は、まるで神学を語る聖職者のように静かに狂気じみている。あるいは、妄信的な学者や敬虔な騎士、教会に集う民衆のようにも見える。そして、私はかつてそれらに似た人々を知っていた。
「そうですか。では、2つ目の質問です。貴方の弟子達、なぜ彼らはあのような容貌なのですか?」
「ええ、それには事情がありましてね。芸術家といえど生きていくには金がいる。だから細工師の真似事をしている訳ですが、それには商才も必要なのです。貴婦人に装飾品を売り込むには美男子が効きますから、色々と無茶をしながら集めたのですよ。」
そう語る彼は、どこか後ろめたいような様子で杯に残る酒を全て飲み込んだ。一体どのような方法を使えば彼らを集められるのか、私はこれ以上聞く気はなかった。
「では、そろそろ休憩は終わりにしましょう。」
「ええ、騎士ラーテへ挨拶しに行かないといけません。確か貴方は製作した装飾品を献上するのでしたか。」
「ええ、こう見えて私の作品は多くの高貴な方々に人気らしいです。」
私達は杯を机に置くと立ち上がり、騒がしい建物内を歩いていく。これからラルテーに向かい、ラーテとあった後、北方へ進まなければならない事を考えると、頭と胃が痛くなる。
その痛みを和らげるために薬草を吸いながら部下に指示を飛ばし、出発の準備をさせた。複数の馬車に隊商から引き抜いた数少ない護衛兵と荷物を乗せる。漠然とした不安を感じつつも、カラシャやマカが部下達と戯れる姿を見てどこか気が抜けてしまい、不安も少しは消えるというものだ。
私達を見送るラーサ院長や孤児院の子供達、残った部下達に手を振りながら、私はエートルの崩れかけそうな壁と青い空を見つめている。
分厚い壁がそびえ立つラルテー城の門には、騎士ラーテと彼の部下達が武装して待機しているようだ。彼らの顔は険しく、ただ事ではないと察する事ができる。気が立っている兵士達にあまり声をかけたくはないが、意を決して苛立っている騎士達に近づいた。
「ラーテ様、お久しぶりです。」
「ん、ああハイエナか。久しいな、最近城に来ていないようだったが?」
「はい、その......色々と事情がありまして。」
「そうか、まあいい。少し時間があるから部屋で話そう。」
彼は重武装のまま城の中へ入っていく。私も彼に付き従い、彼の私室へ進んだ。
「くつろいでくれ。」
「はい。」
ラーテの部屋には山積みになった書類や本がある。さらに前に来たときより武器の数が増えており、それは武器庫のようだ。一見すると羊皮紙の束より武具の方が丁寧に扱われている。
「ラーテ様、これを。」
「それはフォルンツに頼んでおいた装飾品か?」
「そうです。」
「彼は今何を?」
「彼とは先ほどまで共に行動していましたが、彼は召し使いの女性と話すのに夢中でどこかへ消えてしまいました。仕方なく私が献上品をお届けに。」
ラーテに話しかける少し前、フォルンツは城の侍女を見るなり口説きに行ってしまい。止める暇さえなかった。次見つけたら締め上げるべきなのだろうが、あまりそういう事はしたくない。
「そうか、まあいい。あいつはそういう人間だ。かくいう私もあれのその部分を気に入っているのだ。」
「そうですか。では私はこれで。」
「待て。」
ラーテは低く威圧感のある声で私を呼び止めた。
「ハイエナ、お前には聞きたいことがある。最近、ラリカの収支報告に不明な点が見られるのだ。役人が言うには、前より収入が増えたと、謎の金がラリカに流入しているらしい。加えて、今まで非協力的だった山の民が鍛治仕事に従事している。そして、武器庫にも不振な点が見られるのだ。」
「それは。」
「お前には私の言いたい事がわかっているだろう。もしやこの場で私に斬りかかろうと、逃げ切れると思っていまいな。そうなればお前はいずれにせよ死ぬ。」
「理解しています......。」
「安心しろ。私にそんなつもりは毛頭ない。今のところ我々には損失はないし、むしろ利益しかない。お前を殺した場合、山の民がどうするか分からないし、ラリカの収入の2割がなくなる可能性がある。それに、友人を殺したくはない。」
目の前に座るラーテから読み取れる感情はいくつもある。彼は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。そして、私の勘違いでなければ彼は楽しんでいる。
「お前が我々に利益をもたらす限り、我々もお前に利益を与える。だが、その関係が崩れた時、生きておれると思うなよ。それと、もっとラリカに金を納めろ。」
「はい、肝に命じておきます。」
「ならいいんだ。さあ、酒を飲もう。」
苛立っているような口調は軽快なものに変わり、彼は箱にあった水瓶と杯を取り、ワインを注ぐ。
「戦前の祈りだ。一杯ぐらい構わないだろう。」
「ええ、もちろんです。」
「せいぜい私が五体満足で帰れるよう祈ってくれ。私もお前の幸運を祈ろう。」
私はそうなれば良いと思う反面、どこか納得できない様子で杯の酒をラーテと同時に飲み干す。いつかは私の行いが暴かれると予想していたが、あまりにも早かった。なにより、またしても支出が増えた事に私は目眩がした。
「ところでラーテ様、そのような完全武装でどこへ向かわれるので?」
「ああ、サヴァラへ少しな。最近新しい攻城兵器を手に入れたおかげでラリカ伯も重い腰を上げた。今から始まるのはラリカによるサヴァラの蹂躙だ。」
「なるほど。」
「ハイエナ、努々忘れるな。サヴァラと繋がっている事が分かればお前を斬らねばならない。一切の不利益は許容されないのだからな。」
「重々承知しております。」
止めろと言われて止める人間はそう多くない。私はサヴァラへの武器販売を止める気など毛頭ない。ラーテは、私とサヴァラの繋がりが分かった時に殺すと言った。つまりその事が彼の耳に伝わらなければいいのだ。
その場合、彼を暗殺するのが一番良い事に思える。しかし、それは危険度が最も高い手段であり、失敗すれば今までの努力が無駄になる。それは避けたい事だ。
別の手段もある。サヴァラの他に麻や樹脂、金の供給場所を見つけるという事だ。南スラーフでは麻など麦より安く手に入るためそれほど問題はない。樹脂も商人から直接買えばいいだろう。問題は金だ。
今までは金をラコテーの細工師、ギルドの商人や職人に売る事で利益を得ていた。それがなくなるという事は、収入源の消失以上に利益を失っている。顧客を失うという事は情報を失うという事であり、永続的な利益という面で大幅な損失だ。だから金に代わる収入を探さなければならない。
私は北方へ行っても不安から解消される事はないだろう。むしろ北方で利益を出さなければ確実に商売が破綻するため、どうしても死ぬ気で努力するしかないようだ。今のところ、私から不安と痛みを取り除けるのは、北方の市場開拓とハシャから言い渡された人狩りの利益予想だけなのだ。




