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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
35/78

33 奴隷商人と芸術家

 

 三日間ほど書類の整理や農民への訓練確認を行い、二日間の休息を経て隊商活動を再開した。村人を含めて部下達はそれなりに疲労から回復したようだ。カラシャの言う通り、村の男達の訓練は狩人と負傷兵を教官に行っている。森での動き方や敵の囲み方等を教えている。私も少し参加したが、思うように身体は動かなかった。


 残党狩りの基本戦術は、敵の退路を断ってから包囲するというものだ。包囲した後に降伏勧告を行い、従わなければ拳ほどの大きさの石を投げ、弱ったところを三人がかりの槍兵でトドメを刺す。故に狙う敵は少数で行動している敗残兵や傭兵となる。


 死体漁りに関しては、私の経験した事を思い出しながら村人達に指導した。戦場での死体漁りに最適な時間や方法、どのように装備品を多く回収し持って帰るか、彼らは一切のまばたきなしに聞いていた。自分の苦い経験を語るのは良いものではなかったが、真剣に話を聞く彼らを見ていると、それを忘れて夢中で話していた。


 もし彼らが一人前の死体漁りとなり、亡き強者達から装備品を安定して回収するようになれば、誕生するのは素晴らしい経済活動だろう。私が装備品を売り、兵士がそれを死ぬまで使い、農民が回収し、修復した後また私が売り捌く。これぞ経済の基本といえる。


 しかし、その理想を達成するには金が必要なのだ。訓練や情報の収集、買い取りにも金はかかる。企業の言葉を借りるなら、より金を稼ぐために金を稼ぐのだ。私はそれに苦悩するのと同時に、少しの快感を覚える。もはや、苦痛は快楽へと変化する。


 現在の私的財産は金貨一枚となり、隊商とその他の維持費はその数倍、あるいは十数倍となっている。だからこそ早急に隊商活動を再開したわけだが、その儲けにも限りがある。私がラリカから手に入れた装備品や布鎧はラコテーのスラム街や近隣の開拓農村、ひいては修道院や教会にまで販売している。その中でもラコテーのスラム街が主な収益となるが、スラム内でも徐々に武器防具の需要が満たされ、売れ行きに陰りが見えたのだ。つまり、売れば売るほど儲からなくなっていく。その問題を解決するべく、私はスラムの王であるハシャに会うのだ。


「はあ、武器がスラムで売れないと、なら繁栄の街で売ればいいだろう。それぐらい思い付くだろハイエナ。」


 目の前で涅槃像のような体勢になりながら優雅にくつろぐ男は、無遠慮そうに口を開く。訪問したのは私の方とはいえ、もう少し気を使って欲しいものだ。


「繁栄の街は商人ギルドが取り仕切っているから難しいだろう。彼らの利益は平和と独占によって作られているから、それを脅かす者には目を光らせているはずだ。」


「いや、そうとは言い切れんぞ。ほら最近出てきただろうその......なんと言ったか。そう、職人ギルドの連中だ。奴等は色々と影で動いているらしい。さらに言えば、街の市民の方々はでかい顔して道の真ん中を歩く大商人どもを快く思っていない。お前が考えている以上にこの街の人間は闘争を求めているぞ。」


「そうなのか、それで何故その情報を俺に話すんだ?」


「はっ、友人に必要な情報を話すのは当たり前だろ。ハイエナは俺の大切な友人なんだからさ。」


 ハシャは怪しげな笑みを浮かべながら、私の横に移動する。彼が横に座った瞬間、服の隙間から褐色の肌が見え、それと同時に異国のものとおぼしき香が私の鼻を通り抜ける。


「本当に思ってそうに見えないが、嬉しいとだけ言っておく。」


「本当に嬉しそうだなハイエナ。」


 私の返答に彼も皮肉めいた口調で答えた。


「それと、先に使いを出したはずだ。」


「ああ、そういえば来てたな。確か奴隷を売りたいのか、正直あの奴隷の質は最悪手前だぞ。奴隷にする奴等は吟味してくれ。自我喪失した小汚ない男を送られても困る。」


 そう言いながら彼は鉄筒を手に取り、煙草のような草をその中へ入れ、火を着けた。そして、鉄筒を口に近づけ、煙を吸う。そして、満足そうな顔で煙を吐き出した。


「それは?」


「なんだ、お前タバコを知らないのか? 人類の始まりから共にある嗜好品だぞ。まあそんな事よりも、奴等どうしたんだ?」


「お前にもらった魔法の装飾品の実験台にした。今金がないから、あの骨董品を売るために色々と調べたが、何も分からず売るに売れない。」


「そうか、それで奴等はお前に何をしたんだ?」


「俺を殺そうとしたり、俺の尊敬する人と寝たりした。他にもエートルで殺人を繰り返していたから構わないと思ってな。」


 私はエートルの街で禿げを探して拉致し、廃人となるまで実験に使った。奴と共にいた男達もまとめて捕まえた事には疑問が残ったが、後悔する事もなく禿げと同じにした。


「おお、じゃあ復讐を果たしたわけだな。胸のすく気持ちか?」


「よく分からない。前は確かに憎悪の対象だったはずだが、実験した時も含めて今は何も感じない。」


「おお悲しいかな、復讐者であったはずの友人は、時という悪魔に骨抜きにされてしまった。まあ、骨抜きも美味しいから構わないがね。」


 ハシャはわざとらしい様子で声を大にして嘆いた。とうてい心の底から悲しんでいる姿には見えず、道化師のような演技だ。


「それにしても、そんなに金が必要か?」


「ああ、維持費というのは厄介なものだよ。」


「なら友人であるハイエナには良い事を教えてやろう。北スラーフは今まさに戦乱渦巻いている。領主間戦争は絶え間なく起こり、民は飢えと盗賊に怯える日々を過ごしている。そんな状況だから傭兵業は盛んで衰える兆しすらない。傭兵が盗賊となり、盗賊は村を襲い、生き残った村人は傭兵となる。つまり、上手くいけばお前は新しい市場を開拓できるかもしれんぞ。」


 そう言い終えるとハシャはまたタバコを吸い始めた。スラーフ王国の王権は不安定そのものであり、各地の有力者が名乗りを挙げては王となり、一年以内に消えていく。そんな状況が繰り返されているため戦乱が終結する事はない。特に北スラーフには、スラーフ王国最大の都市があり、歴史的にも重要な地域である事から争いが続いている。


「そうだな、それもいいかもしれない。」


「あと、北スラーフの大森林には森の民がいるし、北方人も流れてくる事がある。機会があれば森の民と北方人を捕まえてくれ。森の民は珍しいから価値が高いし、北方人の美しい銀髪は高値で売れるからな。お前には特別価格で買い取ってやる。」


「そうか......。」


「どうした、何か言いたい事でもあるか?」


「なぜ情報を惜しみ無く売るのか、お前の事だから弱った俺を潰しにくるものかと思っていたが。」


「はっ、無遠慮な言い様だな。まあ、そんな事はせんさ。いや、厳密に言えばお前が弱りに弱りきった瞬間、喉元に短剣を突き立てる。もしくは便所や飯の時、お前が油断している時に殺しに行く......かもしれない。」


 彼はまるで子供に怖い話をする母親のような口調で私に殺害予告を行う。やはりわざとらしい様子に心を許してしまいそうになるが、それは便所で油断するよりも危険な行為だろう。少なくとも私はそう考える。


「面白いな、奴隷の事考えておくよ。じゃあ、またな。」


 私は立ち上がり、煌びやかでどこか得体の知れぬ部屋から急ぎ足で出ようとする。扉の前に立った時、ハシャが私の肩を掴んだ。


「ハイエナ。」


「なんだ?」


「目的は明確にしておいた方がいいぞ。でないと、あの尊大で肥えた人間ども、ギルドの欲豚のようになる。漠然とした金稼ぎは、危険を孕んでいる。」


 ハシャはそれまでの軽口を叩いていた様子とは違い、落ち着いた声でそう言った。


「心に留めておく。」


 そう言い残し、私は彼の手を振り払うように外へ出た。







 スラム街を出て、私は芸術家のもとへ向かう。あまり彼に会いたくはないが、仕事に私情は挟むまいと気を改める。


 もはや見慣れた小屋の前に立つと、鍵が開いている事を確認して中へ進む。地下へと続く階段の途上に、動物の死体や謎の肉が吊るされている。居住者の正気を疑う光景が広がっており、すぐさま地上へ戻りたいと願うが、どうにか自分に言い聞かせて先へ進む。


「フォルンツ殿、いらっしゃいますよね。返事をお願いします。」


 フォルンツに呼び掛けながら進み、最奥に到着すると、私は少し躊躇いながら彼の部屋へ足を踏み入れた。


「フォルンツ......殿、何をしているんですか?」


 そこには、頭に麻袋を被った男が五人ほど立っている。私は不可解な光景に固まってしまい、一歩も動けないでいると、部屋を反響しながらフォルンツの声が聞こえた。


「よく来てくれましたハイエナ殿。さて、ここで問題です。この中で本物の私はどれでしょうか。そこに置いてあるクロスボウを1発どれかに打ち込んでから当ててみてください。」


「は?」


 やはり彼は頭に重大な欠陥があるのだろう。とても正気の沙汰ではない。私はあっけにとられてしばらく黙っていたが、ようやく落ち着きを取り戻した。


「何馬鹿な事をやっているんですか。それに事前にクロスボウを撃つ必要がありますか?」


「ええ、とても大事なことです。やってくれないとここから動きませんよ!」


 あまりの無茶苦茶な要求に私は呆れ返ってしまい、気づけば机の上に置かれていたクロスボウを手に取っていた。


「はあ、いつもこうですね。では撃ちますよ。」


 呼吸を整え、一メートルもないほどの至近距離でクロスボウを両手で構える。そして、息を大きく吐き出して、絞った引き金を引いた。


 矢は五人のうち真ん中の脳天に当たり、その刺さった場所から赤い液体が麻袋に染み込んでいる。


「残念、はずれです!」


 弾むような声と共に右端の麻袋男が動いた。


「フォルンツ殿、これは一体なんのつもりですか?」


「心配しなくて大丈夫ですよ。これらは人形で中身は赤い染料ですから。」


「そうではなくて......まあ、いいです。迎えに来ました。さあ、仕事を済ませましょう。」


「確か布鎧製作の指導ですよね。任せてください。人に教えるのは、特に女性の方は大歓迎です。」


「まったく、頼もしい限りです。では、行きましょう。」


 私は狂人を捕獲するように連行して穴ぐらから引っ張り出した。次に向かう先は騎士ラーテの城ラルテーだ。


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