31 提案と仕事
朝の冷気が残る昼前、貸し切りの酒場には老若男女問わずエートル周辺の村々、その村民達が集まっている。ただの街酒場に百人以上の人間を収容できるはずもなく、過半数は外で棒立ち状態だ。
彼らもいい加減待つのは嫌だろう。その気持ちは私も同じであり、早急に事を解決するべく、彼らを掻き分けて酒場へ入る。その時の私を見つめる村人達の目は、まるで保護猫のように不安と期待の混じったものだ。
酒場の中には、外の群衆と同じような顔で話し合うラミンと若い男達が座っている。私が入ると、閃光を放ちそうな目力でこちらを凝視する。あまり経験のない注目は私を十分に萎縮させるが、どうにかして平静を保ちながら呼吸を整える。
愛想のない顔で奥へと進み、最奥の椅子にたどり着くと、その使い込まれた座板に腰を下ろし、少量の手汗を手ふきで拭いながら鞄の中の資料を手に取る。
「お集まりいただきありがとうございます。今回は私から貴方達への提案があり、召集をかけました。先の戦闘から貴方達の疲労は極みに達している。ですから提案の説明は簡潔にさせていただきます。」
こちらを見つめる男達の目付きは真剣そのものであり、それは私に使命感を与え、この空間に重圧を生む。その空気の中で私は話を続ける。
「先の戦闘においてエートル周辺の村々は破壊され修復は困難な状態です。今から復旧を開始しても貴方達は餓えて死にます。」
その言葉は村人達を意気消沈させるには十分過ぎるものだ。目の前の若者達は敗走した兵士よりも絶望した表情でうつむく。
「ハイエナ様。」
「はいラミン、何ですか?」
「盗賊達から手に入れた食料があるでしょう。まだ餓えて死ぬと決まったわけでは。」
「確実に死にます。うちの商人達に計算させたところ後1か月もしないうちに食料は無くなります。何もしなければの話ですがね。」
「では森で狩りをすれば、私達でも1か月あれば井戸と家の修復はできます。畑は次の春まで待たなければなりませんが、それまでには......。」
「ラミン、本当に生き延びられると思っていますか? 冬になれば確実に間引きが行われるでしょう。場合によっては食人もあり得ます。そして、生き残った村人達が新しい盗賊になるかもしれない。こちらとしてもそのような事態は避けたいのです。」
ラミンは言葉に詰まり、何も喋らなくなってしまった。彼の顔は、私が虫を食べた時と同じ顔をしている。なんとも形容し難い、不快な感情が溢れる様だ。
「だから仕事をするんです。資源がないなら奪えばいい。貴方達には死体漁りと残党狩りをしてもらいます。」
「ハイエナ様、それは......。」
ラミン含め男達の何人かは驚いた顔をしたが、ほとんどの者は私の言葉に首を傾げている。
「ここ南スラーフでは、ラリカ伯爵とサヴァラ伯爵が長きに渡って戦争しています。今は攻城戦主体ですが、じき野戦主体になるでしょう。そうなれば兵士の死体から装備品を剥ぎ取れる。それらを私が換金しましょう。他にも、北部から傭兵が流れて来ている。奴らを囲んで殺せば装備品を剥ぎ取れる。」
「ハイエナ様、それは聖教の教えに反します。死体漁りなど冒涜的な行為は教会が許さないでしょう。武装した聖職者や墓守達が私達を討伐しに来ます。それに同胞の亡骸から遺品を奪うなど、人としてどうでしょう。」
村人のひとりが饒舌に反論する。聖教を信仰する彼らは現世より来世の生活を心配する。教義に反する行為は来世での安寧を捨てるという事であり、聖教徒にとっては破り難いものだろう。
「後ろを見てみなさい。貴方達の後ろには、貴方達の大切な家族がいます。彼らが飢え、木の皮を噛りながら不確かな来世を想い、死んでいくのに耐えられますか。貴方達は確実に神の国で幸せな来世を享受されると思っていますか。もうすでに同胞を殺した貴方達に幸福が訪れると思っていますか。」
「何を今更冒涜的な行為を躊躇うのですか。もう全て行ったではありませんか。そして、そんな貴方達の道は決まっているのです。今死ぬよりも、生き延びて許しを得る機会を作る方が良いとは思いませんか。そうすれば現世でも来世でも貴方達と家族は幸せに生きられます。」
目の前の迷える村人達は建前を言っているだけだ。教会のお偉方の大半は民衆の信仰よりも組織内での地位と生活を心配する。そして彼らの一部、理想に生きる敬虔なお偉方はそれら世俗的な者達との対立に忙しい。だから一々民衆の行為に武力介入しない。
後は民衆に意欲を与えるだけだ。生きるための指針をどこにでもある偶像から生存への欲求に変えるのだ。そうすれば彼らは私に易々と協力する。そして、私が微笑みかけながら提案をした後、男達は話し合った。話し合った上で結論を出した。
「分かりました。ハイエナ様に協力します。」
「よかった、では話を続けましょう。」
そう言うと、机の上にある酒の入った杯を持ち、乾いた喉を潤す。一呼吸置いてから、また村人達に計画の続きを話す。
「死体漁りと残党狩りはあくまで急場しのぎです。貴方達が十分に資金を稼いだ時、村の復興を始めましょう。そして、私が貴方達に麻の栽培や街道沿いの木々の伐採を依頼しますから、農業と合わせて十分に収入を得られます。その方が隣人を喰らって傭兵に堕ちるよりずっといいはずです。」
男達は表情にに不安を残しつつも、私の提案に賛同しているようだ。また、酒場の壁の小さな隙間から女子供の目が見える。自身の行く末を勝手に決められるというのは、一体どのような気分であろうか、私はそれを知っている。
「ああそれと、しばらくはエートルの街に住んで構わないと衛兵隊長から言われています。ただし罪を犯した者は容赦なく厳罰に処すとの事で、物乞いも見つけ次第牢屋にぶちこむとの事です。気をつけて下さいね。住居は空き家を好きに使っていいそうです。」
物乞いは街の治安を悪化させ、経済活動を妨げる。為政者は戦時に傭兵の処遇に頭を悩ませるが、平時には物乞いに苦労している。むしろ契約に縛られず、無闇に殺す事ができないため物乞いは傭兵より立ちが悪いと言う領主もいる。
集団で通行人にたむろし、自分の不幸を宣伝しながら金銭をたかる。時には暴力で経済的な困窮を打破しようと、教会や商店を襲撃する存在だ。そんな暴徒がまっとうな人間から好かれるはずもなく、この大陸の人々にとって物乞いは、盗賊や怪物の次に忌むべき者として扱われている。
妻に暴力を振るいながら酒に溺れる日雇い労働者ですら物乞いにはなりたくないと言う。それでも一向に物乞いが消える事はなく、その理由は戦争か、あるは人間の性というものだろう。恥を忍んでも生きたいと願うのはごく当たり前だ。
「まず、男衆は護衛兵と一緒に残党狩りと追い剥ぎの訓練をします。女子供達は、別の仕事があります。」
「ハイエナ様、女子供の仕事というのは......。」
「ラミン、心配しなくても娼婦まがいの事はさせませんよ。彼女達には武器防具の製造等をしてもらいます。」
「武器防具の製造ですか、しかしそれは鍛治仕事ではありませんか。彼女達にそのような酷な仕事が務まるとは思いません。」
「作ってもらうのは、布鎧ですから心配しなくて大丈夫ですよ。貴方達もあの鎧の事はよく分かっているでしょう?」
「そうですね、お願いする立場ではないと思いますが、どうか彼女達を使い潰す等という事は私どもが彼女達の分まで働きますのでお願いします。」
「大丈夫です、全て任せて下さい。さあ貴方方は護衛兵に、残りの方は商人達に着いていって下さい。」
私が立ち上がって指示を出すと男達は酒場から出て行き、外の村人達に事の顛末を話す。彼女達の中には納得してない様子の者もいたが、彼女達に決定権はないため渋々従っている。
家族に不安を述べる者、抱擁を交わす者と様々だ。そして、皆一様に覚悟を決めると、部下に連れられて各々のすべき事へ向かった。
「ハイエナ。」
「ああ、マカ。どうした?」
彼はずっと酒場の隅でカラシャや護衛兵達と待機していた。彼を含む狩人達は男達に訓練を施す手筈だが、なぜ彼は残っているのだろう。
「ひとつ聞きたい事があってね。村の人達の事なんだけど、ちゃんと毎日家族と会えるよね?」
私は彼の問いに沈黙した。少しも予想していなかった問いに動揺したのだ。
「どうなんだい?」
「分からない。俺としては、すぐにでも仕事させたいんだが、訓練していない状態で戦場に向かわせるわけにはいかない。だから訓練期間中は家族と過ごせるかもしれないが、仕事が始まれば会えない日も多くなるだろう。」
「そっか、でもそれは。」
「そう、仕方ない事なんだ。そうしないと生き残れない。」
私の答えに彼の端正な顔は暗くなったが、すぐにその表情を明るくした。だが、その健気な行動は少し無理があるように思える。
「分かったよ、ハイエナ。なら、せめて少しでも村の人達が家族と再開できるように僕も頑張るよ。家族と離れるのは誰でも辛いからね。」
「ああ、頼む。でも出来るだけ無茶な事はしないでくれ。」
「分かってるよ。」
そう言うと彼は護衛兵と男達の後を追った。男達の訓練は護衛兵と狩人達、カラシャやマカに任せておけば大丈夫だろう。問題なのは女子供達の方だ。
布鎧の生産は他の鎧に比べ容易いが、その分模倣される確率が高く、時間が立てば立つほど我々が不利になる。早期に量産体制を確立し、すぐに金を稼ぐ必要がある。
唯一の救いがあるとすれば、この大陸の生産者のほとんどは家内制手工業に近い形態をとっているという事だ。熟練の職人が手間暇かけて物づくりを行うため商品の量産には向いていない。ギルド等はその生産者の連合体であり、彼らは自身の利益のために時として暴力に走る。保身のためならなんでも行うのが一般的なギルドなのだ。
そんな独立したギルドではあるが、最近ではその内部に問題を孕んでいる。徐々に貨幣経済が浸透していく中で商人ギルドの大商人達が利益を独占し始めている。遠隔地貿易によって富が一極集中する事に不満を抱く他の商人や手工業者達が商人ギルドと対立している。
手工業者達は同職ギルドを設立し、商人ギルドと事を構えている。それはギルドをより保守的な組織へと変えているという事になるが、この状況はむしろ成り上がる機会といえるのだ。鬼の居ぬ間に新人の商人達は、自由な経済活動を始めようとしている。彼らを隠れ蓑に我々も利益を得る事が出来るのだ。
「という事です。皆さん分かりましたか?」
エートルの街の大きな空き家、私はそこに集められた村の女子供にこの大陸の経済状況を説明している。だが、目の前の村人達は苦い顔しながら互いに話し合っている。彼女達はよく分かっていない様子だ。
無理もないだろう。興味のない話を長々と説明されて全てを理解するのは苦痛だ。私だって聖職者に神学を長々と話されたら発狂するに違いない。私は商人達と顔を見合せながらため息をつく。
「つまり、経済も戦乱渦巻いていて、貴方達も上手くすれば儲けられます。儲けるためには、ここにある大量の麻でひたすら布鎧を作ればいいのです。」
私は自身の説明力の不足に嘆いた。こんな事なら経済学の本をもっと読んでおくべきだったと後悔するが、今さらどうしようもないのだ。
その後も説明を続け、目の前の婦女子達は歯切れの悪そうな顔でこちらを見るが、どうにか納得したようだ。ただ子供達はキョトンとした顔で呆けている。正直な話、彼らも労働力として布鎧の生産を手伝ってもらいたいが、私には躊躇いがある。
私も成人したばかりの身であり、まだ子供の気持ちは多少分かる。なにより向こう側の価値観が子供達を労働力として使う事を妨げている。だからといって、孤児院に子供達を送ればラーサ院長を困らせてしまう。また、孤児院に支援する金も尽きかけているのだ。となれば結果は一つだ。子供達を働かせるしかない。だがそれもしばらくの我慢だ。
説明を終え、商人達に後を任せると私はエートルの森へ向かった。街から百歩も離れていない空き地で男達が騒いでいる。
「カラシャ。」
「ん? ああハイエナか、どうだった?」
「まずまずですね。商人達のおかげでなんとかなりそうです。彼らには助けられてばかりですよ。」
「はははっ、まあ商人どもは優秀だからな。あいつらの欠点は酒の席で遠慮がちなところだけだ。それ以外は良い奴らだよ。」
カラシャは豪快に笑いながら男達の訓練風景を眺める。どうやら槍の訓練をしているらしい。
「槍の訓練ですか?」
「ああ、武器の中だと槍が一番使い易くて安価な武器だからな。それにハイエナの計画と一致するだろ。安価な兵隊達にはぴったりの武器だ。」
カラシャはその巨大から声も大きい。そして、彼は喋る時に少し笑いながら話す。とても微細なものであり、彼いわくどんな時でも楽しく話した方が良いとの事だ。今の彼は、声に笑いが混じっているもののその目付きは厳格な指導官そのものである。まるで企業軍の嫌われ教官のようだ。
「ひとつ疑問なんだが。」
「なんでしょうか?」
「隊商はいつ再開するんだ?」
「はあ、すぐにでも再開したいところですが、村人の訓練がありますからね。でも訓練に人員はあまり割きたくない。金を稼がないといけません。」
「なら護衛兵から出す指導官は、隊商に参加できない程度の軽傷者だな。歩くぐらいはできるから、あいつらには白兵戦闘を指導してもらおう。となると、主な指導官は狩人達になるわけか。ハイエナ、資金大丈夫か?」
カラシャは私の財布の心配までしてくれるようになったらしい。正直なところ優秀な弓兵の狩人達を雇い続けるのは無理に等しい状況だが、彼らにも弱点はあるのだ。
どこの領主も猟を独占し、また畜産業が盛んになっている現在では狩人の居場所は前より無くなりつつある。さらに教会、修道院が農地の開拓を推し進めているため、年々獣の数は減り続けている。かといって森の奥地に踏み進むと待ち受けているのは怪物の群れであり、数十人程度の狩人ではどうしようもないのだ。つまり、狩人の業界は縮小している。
これから収入が減り続け、弓と弓の腕前が腐り落ちていくより、彼らは弓兵として生きる道を選ぶだろう。だが、弓兵とて容易い道のりではないのだ。弓兵は強力な兵科ではあるが、習熟に時間がかかり運用も難しい。さらに傭兵主体の領主間戦争では常備兵は避けられる傾向にあり、替えの利く傭兵や農奴あがりの槍兵が多用される。ほとんどの領主は弓兵を軽んじている。
そんな状況を彼らは知ってか知らずか、あるいは直感的に分かっているのだろう。私との契約を引き延ばしたのだ。
「カラシャ、何も問題はありません。」
「そうか、ならいいんだ。」
私とカラシャは、男達の訓練を眺める。ラミンは率先して訓練に励み、男達を鼓舞しているようだ。全員が苦しげな表情で訓練を続ける。しかし彼らの雰囲気は出会った頃と比べて確実に希望を見出だしているようだ。
彼らの訓練を眺める中で、私は騎士ラーテの事を思い出していた。あの美人熱血漢は何をしているのだろうか。ここ最近は訓練に行っていないため顔を見ていないが、騎士身分の機嫌を損ねるのはかなり問題ではないかという考えが今さら頭によぎる。
私は自身のすべき事の多さに頭を抱えながら、汗と大音量の男声溢れる空き地に立っている。




