表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
30/78

29 帰還と祝宴

 

 百人以上の大集団がエートルの街へ向かっている。その大半は兵士であり、彼らは笑顔に満ちている。兵士以外にも多数の村人がこれまた笑顔で歩いている。その顔には兵士に対する不安が混じっているが、それは女達だけだ。男達は戦友のように兵士達と話し合っている。


 行軍中に警戒を怠り、歓談するなどと油断も甚だしいと感じるが、私は彼らを叱責しない。一時的に脅威は去ったのだ。村人や通行人を脅かす盗賊達は砦を捨て北へ向かい、我々は奴らに勝利した。だから今ぐらい細かい事など気にせず、部下達に気楽にしてもらいたい。そうしなければいずれ不満を持たれ、後ろから背中を刺される事もあり得るのだ。


「初めの頃とは全然違うな。」


 不意に私の横で酒を飲みながら乗馬する副官が声を発した。


「馬に乗っている時に酒を飲むなど危険極まりない行為ですよカラシャ。それで一体何が違うのですか?」


 私に注意されたカラシャは少し不満そうな顔で酒の入った革袋を仰ぎ、一息ついてから続きを話した。


「部下達と村の男衆だよ。俺達があの村を夜襲した直後は、あまりに恐れられて会話どころじゃなかった。俺達が何かするたびに村人達は怯えていたよ。そのせいで部下の一人が村人を殴りそうになったりした。」


「そんな事が。」


「まあ、ハイエナは忙しそうだったし、そういった問題は俺らで処理したけどな。人間関係で問題があらならとにかく酒に誘うんだ。酒が入れば皆陽気になる。そして、全てをさらけ出し、ぶつかり合えばすぐに仲良くなるもんだ。」


「そんなものですか?」


「おうとも。」


 きっと今の私はカラシャの自信ありげな表情に呆れた顔をしている事だろう。私は彼のそういう人間性が羨ましいのだ。彼は豪快で寛容な人間だ。寛容は言い換えればズボラな人間ともとれる。だが、彼は他人をよく見ているし、面倒見もいい。戦場では慎重かつ執念深い一面も見た。


 おそらく彼は、私よりも人の上に立つ人間の資質を備えている。そもそも私の長としての資質は軍の下士官のそれにも満たないかもしれない。部下達が反乱を起こさない理由も武器の密輸を出来る人間が私しかいないからだ。ラリカとの繋がりが薄れ、商売が右肩下がりになった時、きっと私は処刑されるだろう。


 自分の能力を他人と見比べた時ほど悲しい気持ちになる事はそうそうない。私にとっては不意にそれを感じる分、誰かの死より辛いものだ。私はこの世界でも中々に生きづらい。







 温かい日差しが徐々に沈む。夜になる前にエートルの門を通り抜けられたのは幸いだ。休息を挟んだとはいえ、兵士達は疲れた顔をしている。普段から鍛えている彼らもここ数日の活動で極限に披露している。村人達など街の中に入った瞬間道端に座り込んでしまった。私も彼らと同じように休息を取りたかったが、重い身体を奮い立たせて仕事に向かう。


 私の目の前には友人の門番とエートルの衛兵隊長が腕を組んで立っている。衛兵隊長は不満の表情を隠そうともせず、私を睨んでいる。


「またお前かハイエナ。」


「いや申し訳ありません。なにぶん宿屋が足りていないため兵舎か空き家をお貸し願いたいのです。」


「はぁ、お前達が出掛けている間、村人達がエートルに来た。奴らは物乞いまがいの行為や盗みを働いたりもした。まあ、それはいつものエートルだからいい。問題はうちの兵士が怪我を負わされた事だ。」


「怪我、それが村人達と何の関係がありますか?」


「巡回中の衛兵が村人に襲われたのだ。複数人から暴行を受け、重傷を負い、満足に食事も取れない。我々は謝罪と金貨20枚を要求する。」


 衛兵隊長は無表情で声に怒りを含ませながら法外な賠償金を要求した。金貨20枚など衛兵1人が負傷したぐらいで要求すべきものではない。私を拘束する口実でも作りたいのだろうか、その場合私は抵抗するべきだろう。理由はどうあれ、敵は私の破滅を望むのだから従っても安全は保証されない。


「どうした。早く結論を出せ。」


「いえ......。」


 私は内心焦っている。衛兵隊長の私室には隊長を含めて衛兵が五人いる。対して私は一人だ。数では圧倒的に不利であり、私は武器も持っていないため太刀打ちできない。武力での突破は無理だろう。私は友人の門番の方を見る。


「何も答えないか、では死ね。」


 衛兵隊長は腰に下げていた剣を抜く。その顔は無抵抗の獲物をいたぶる獣のそれと大差ないものであった。だが、その顔はすぐに一変した。


「何をしている。剣を抜け。」


 隊長以外の衛兵は剣を抜かずただ立っているだけだ。私の後ろにいる衛兵達など微動だにしない。


「貴様ら上官の命令がっ!?」


 部下への叱責も横にいる私の友人に遮られた。彼は隊長の首目掛けて剣を薙ぎ払い、それは首の骨で止まった。首を保護していた鎖帷子は友人の一撃に耐えられず破損し、威力は軽減したものの完全に刃を止める事は出来なかったようだ。友人が剣を引き抜くと隊長は首の傷口を押さえながら膝をつく。


「かっ......はっ!」


 隊長は驚きの表情でこちらを見ていた。そして、衛兵達はようやく剣を抜き、膝をつく隊長の身体目掛けて次々に振り下ろした。まるで恨みを晴らすよう一心不乱に剣を振り、床に大きな血だまりと肉の破片が飛び散るまでそれは続いた。


 やがて隊長の声が聞こえなくなると、衛兵達は剣を収め、作業に取りかかった。一人が水の入った桶と麻布で掃除を始め、二人がかりで細かい臓器や死体の大部分を袋に詰める。そして、友人は私を見て話し始めた。


「大成功だな。」


「その通りですね。今回は助かりました。」


「いつも助けてるだろまったく。でもこれで隊長は死に俺達の利益は守られたわけだ。」


「良かったのですか?」


「構わんよ。こいつは衛兵隊の皆から恨まれてたし、盗賊とも繋がりがあった。奴らとの関係がなくなった今は殺しても問題ない。それにハイエナ、お前資金厳しいんだろ、お前のところの商人から聞いたよ。だから友人の危機を助けるのは当たり前の事さ。」


「ありがとうございます。」


「よせ、照れるだろ。まあ、俺達もお前から通行税金取れないと困るし、俺は晴れて衛兵隊長になったからな。互いに良い事なんだよ。これからもよろしくな、ハイエナ。」


「ええ、もちろんです。」


 私と友人は、血と臓器で装飾された部屋の中で熱い握手を交わした。作業をする衛兵達もにこやかにこちらを見ている。私はそれに一種の恐怖を覚えるとともに、ひとつの教訓を得た。私が部下を満足させられなかった時は、きっとこうなるのだという事を知れたのだ。







 血生臭い部屋を後にし、外へ出ると私は大きく息を吸った。新鮮な空気が肺に流れ込み、私の気分は先ほどより良くなった。見慣れたとはいえ内臓が外臓になったり、溢れ出る血飛沫の光景に気分が良くなる事はない。


 今や衛兵隊長となった友人に礼を言い、部下達の宿について相談するとこちらの提案を快く受け入れた。おそらく先ほどの口止めも含めての事だろう。上官殺しの噂が立つのは新隊長にとって防いておきたいものだ。


 そうして一人の死で百人以上の宿屋代を支払うと、村人は特に喜んでくれた。護衛兵や傭兵隊はともかく金のない村人からしてみれば有難いのだろう。


 空から日は消え、あたりは闇につつまれる。そして、エートルの街の大通りには温かな灯りがあった。いつもは寂しく冷たい道だが、今日は勝利を収めた兵士と村人が祝宴を催しているのだ。


 馬車の荷台から略奪品の食料を下ろし、それを料理人のもとへ運ぶ。臨時に婦女子や料理人を雇い、彼らを酒場の厨房に立たせている。その中にはマカの姿もあった。どうやら彼は本格的に料理にのめり込んでいる様子で色々と研究している。心なしか料理に没頭する彼は前より確実に笑顔が増えている。喜ばしい限りだ。


 酒場の外にも机を出して大勢が料理と仲間との会話を楽しむ。兵士や一般人などの身分も関係なく、村の女子供も帰還した男達を労い、この宴を楽しんでいる。


 私は陽気に振る舞う彼らを、酒と肉を堪能しながら見つめる。ただ私の思考には、その光景と反対のものがあった。死んだ兵士と盗賊達、かつての護衛隊長や羽アリの護衛兵の顔が何度も頭に表れる。


「意外と残るものだな。」


「どうされました?」


「いや、なんでもありません。」


「ハイエナ様、盗賊の討伐見事でした。さて、諸々の報告に移りましょう。」


 そう言うと目の前の商人は帳簿を開いた。それには赤と黒の文字がぎっしりと書かれている。


「今回の討伐にかかった費用ですが、傭兵隊や護衛兵の支払い、物資の調達や各所への代金を含めると、おおよそ金貨63枚です。」


「金貨63枚か......。」


 私は目の前の仏頂面の商人の言葉に頭を抱える。その金額は私の1年以上の努力を一瞬で消し去るに等しいものだった。


「ハイエナ様、これだけでありませんよ。次の給金や隊商の維持費、必要経費を除くと手元に残るのは金貨1枚です。」


 そう言って彼は金貨1枚を私に差し出した。私は机に置かれたそれを手に取り、凝視する。残された資産は金貨一枚だけだ。破産寸前と言っていいだろう。


「ハイエナ様、はっきり言ってとんでもない状況です。私どもの中にも逃げる準備をしている者がおります。早く商売を再開しなければ破産しますよ。場合によっては首を切られます。」


「分かっています。一応稼ぐ手段は考えてますよ。」


「というと?」


「まず、隊商の再開は当然として、新しい商品の販売と村人との提携、多角化を検討しています。今回の戦いで布鎧の有用性と販売方針、火壺の効力を知る事が出来ました。これらを商品としてラリカ、サヴァラ、ラコテーで販売します。」


「疑問点があります。材料の調達はどうするのですか? それに確実に売れるという保証はありません。」


「ああ、それは問題ありません。材料の麻と樹脂等はサヴァラとの契約で手に入りますし、ラコテーの街には協力者がいます。それに火壺は確実に売れますよ。城攻めに手間取っているラリカとサヴァラは喉から手が出るほど欲しいものでしょう。」


「布鎧に関しては?」


「布鎧は正規軍だけでなく、傭兵や村人等の様々な人間に低価格で売ります。生産は簡単ですから数売って儲ける戦法です。」


「模倣されそうですけどね。」


「まあ、そういった問題は後々対処しますよ。今は金が必要なんです。あと、村人との提携に関しては明日皆を集めて話します。」


「わかりました。ハイエナ様どうか無理をなさらぬように。」


「ありがとうございます。貴方も今は宴を楽しんでください。」


 軽い礼の後、彼は料理の並ぶ机へ戻っていった。よく見ればそこには女性が待っており、彼が来ると嬉しそうな顔をして一緒に食事を取っている。とても微笑ましい光景だ。


 私は再度思考に戻った。これからの事を考えると頭と胃が痛くなる。だが、私には仕事を放棄する事は許されない。逃げ出した先にはきっと死が待っているから、私は恐怖しながらも自分の役割を続けるのだ。







 宴は終わり、皆満足した様子で帰路についた。護衛兵は兵舎へ、傭兵と村人は街の空き家で夜を過ごすことになった。


 先ほどとは打って変わって大通りには灯り一つなく、また寂しげな景色がある。私はそんな中で酒場の外で壁にもたれかかりながら待っている。その風貌はそこらの盗賊と変わらないだろう。街中だというのに弩と剣を腰に下げ、布鎧を身につけて辺りを見回している。だが、エートルではそんな人間などいくらでもいる。大して問題はない。


 しばらくして、酒場の中からマカの呆れるような声が聞こえてきた。そして、扉が開くと酔い潰れたカラシャと彼を二人三脚のように運ぶマカが出てきた。


「ハイエナお待たせ。カラシャさん酔い潰れてるよ。」


「はあ、本当に酒癖悪いな。孤児院が近いからそこに運んで寝かせよう。シャラさんもいるしな。」


「そうだね、それがいい。じゃあ手貸してくれる?」


「ああ、もちろん。」


 そうして私とマカは気持ち良さそうに眠るカラシャを運びながら孤児院へ向かう。彼の息は非常に酒臭く、あまり良いものではない。マカも苦笑しながら歩いている。


「そういえばさ。ハイエナは今日の料理どうだった? 特に肉料理とか。」


「ああ、とても美味しかった。子牛の薬草焼きは絶品だったな。また食べたいよ。」


「そう、ありがと。」


 そう言ってマカは前を向いた。それ以降会話は続かなかったが、彼はとても満足していた。


 夜のエートルには突風が吹く。北方人も厚着をするほどだ。普段は寒く感じるその風も今日だけは平気だ。酒の飲み過ぎで体温が上がっているカラシャのおかげなのか、あるいはマカの料理によるものかは分からない。ただ私はその温かさにどこか安堵した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ