28 埋葬と談笑
炭化した肉の塊を次々と馬車の荷台へ投げ入れる。部下達は一言も喋らず、ただ作業を続けるだけだ。かくいう私も黙々と戦利品の目利きを行っている。熱によって形が崩れてしまった鉄剣や柄の部分が黒く変色した槍が並べられている。どれもこれも火壺の力には耐えられなかったらしい。唯一再利用できそうな装備品は鎖帷子と数本の剣だ。鎖の所々に肉がこびりついて一部溶けているが、致命的な部分を取り除けば修繕は可能だ。剣もラルテー城のドラヴに頼んで打ち直せば問題ない。
火壺を用意するのに金貨十枚を使った。得られた物は損壊した中古品ばかり、修理や販売の費用を差し引くと金貨一枚に届くか怪しいほどだろう。圧倒的に割に合わない。だが、私には敵拠点の物資が残っている。それらの内容によっては、私の人生が決まるだろう。
「ハイエナ様、死体と戦利品の積み込み終わりました。」
部下が精気のない声で作業の終わりを報告した。私は荷台へ無造作に積み込まれた死体を見つめる。その黒い中には、かつての友が何人か含まれている。その事実に私は不可解な感情を抱く。悲しさでもなく、かといって喜びでもない感情が私の心に溢れる。きっとそれは、達成感に近い感情なのだろう。
「そうですか、では拠点に戻りましょう。」
私も同じような声で返答する。御者は鞭を打ち馬を進める。その速度は人間の歩行と大差なく、私達は重い足取りで馬車に続いた。
砦に戻ると部下達を休ませ、私は設営された自分のテントへ向かい装備品を外して普段着に着替えた。極度の疲労感が私を寝床へ誘うが、その誘惑に負けず私はテントを出た。干し草の上に敷かれた毛皮の寝床は、きっと私を気持ちよく熟睡させる。たが、私にはやるべき事があった。
私は鍬を持って砦の外へ出ると、野ざらしになっている馬車へ歩いていく。そして、荷台から丁寧に死体を下ろし、鍬で地面を堀り始める。丸太を割って薪を作るように、鍬を振りかぶって地面を掘る。その動作は緩慢としていて、作業は一向に進まない。そして疲れから、私は鍬を手離してその場に座り込んだ。墓ひとつ作れない自分を情けないと思った。
「私も手伝いますよ。」
突然の声に振りかえると、鍬を持ったラミンが立っていた。
「ラミン、なぜ?」
「ハイエナ様はお疲れでしょう。だから私も手伝いますよ。」
そう言って彼は慣れた手つきで鍬を振り始める。私も立ち上がり作業を再開する。
「すいません、ラミン。こんな事をさせてしまって、仲間達の墓も作ってないのに......。」
「ご心配いりません。墓は作りました。」
そう言うとラミンは砦の方を指差した。よく見れば門の近くには小さな土山の上に簡素な丸太が立てられている。
「死んでしまった護衛兵と傭兵の皆さんと、村の皆はあそこに埋めました。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「カラシャさんやマカさんと一緒に作ったんですよ。2人とも真剣に手伝ってくれたので早く終わりました。そうそう、カラシャさんが諸々の報告があるからハイエナ様を見かけたら呼ぶように言ってました。」
「2人は今どこに?」
「カラシャさんは傭兵隊長と共に見回りや負傷者の手当てを、マカさんは食事の用意をしてます。」
その後は沈黙が続いた。私には話す気力もなく、手を動かすだけで精一杯だった。だからほとんどラミンが墓を作った。私の心に感謝と悲嘆が入り交じり、その感情は私の頭を穢す。そうして作業を続ける。
穴へ丁寧に死体を入れ、その上から土をかける。黒い肉塊は徐々に姿を消し、最後の土を穴に放り込む時に誰かの顔を見た。その顔が鮮明に記憶されたが、しばらくしてその像は崩れるように消えた。私の死者に対する感情は土の中へ消えたのだ。
丸太を土の山へ立て、私とラミンは目を閉じうつ向いて祈る。私はすぐに目を開けたが、隣の彼は未だ祈る。彼は何を思っているのだろうか。疲労困憊する私には彼の思考を予測できない。ただ彼を見つめるだけだ。そして、その観察の中で彼の傍らに置かれた剣に目がいった。
「それは?」
私の疑問の声にラミンは祈りを止め、こちらを見た。そして、私の疑問の先を知り返答する。
「ああ、これですか。これは1年ほど前に私が貴方からいただいた剣ですよ。」
「私が?」
「ええ、砦で見つけました。やっと取り返す事ができた。」
そう言う彼の顔は一見すると無表情だったが、その中に微かな喜びが見えた。思い出の品というものだろうか。だが、私はほとんど覚えていない。
「それと、大量の靴も見つけました。それらを見ていると初めての死体漁りを思いだします。」
「そうですね。」
「さあ、これぐらいにして皆の所へ向かいましょう。」
ラミンはゆっくりと立ち上がり、砦へ戻っていった。私も重い身体を動かして砦へ帰ろうとする。だが、まだすべき事を思い出し、墓へ向き直る。そして、腰にぶら下げていた小袋を外し、墓へ備えた。
「羽アリ、美味しかったです。」
私はきびすを返し、白い煙が上がる方へ歩いていった。
砦へ戻ると、部下達は食事を取っていた。護衛兵や傭兵、村人が混ざり合って焚き火を囲み談笑する。とても微笑ましい光景だ。
「ハイエナ!」
マカの呼ぶ声が聞こえ、そちらを向くと彼が笑顔で手招きしている。彼の横には食事を楽しむカラシャの姿も見える。私は引き寄せられるようにそこへ向かう。
「ハイエナ、お疲れ様。」
「ああ、マカ。お疲れ様。」
「これ食べて元気出して。熱いから気をつけてね。」
「器とは、これまたお上品な事で。」
「別にいいじゃないカラシャ。直飲みだと不便だろ。」
マカは鍋から木製の器に具材と汁をよそい、私へ差し出す。カラシャや部下達は器を持たず、直接鍋から木のお玉で取っているらしい。器が余っているのだから使えばいいと思うが、習慣というのは急に変えられないのだろう。
マカから器を受け取り、中を見る。動物の肉と野菜を使った煮込み料理のようだ。私はあまり期待せずにそれらを口の中へ入れる。
「これは。」
「どう、美味しいでしょう?」
「ああ。」
普段の料理から想像できないほどの味が口の中に広がる。ほどよい肉の柔らかさと脂が雑多な野菜によく合う。汁にも味が染み込んでいるため旨味を感じられる。とても良い食事に涙が出そうだ。
「良かった。血抜きに煮込み時間の見極めに、色々と頑張ったんだよ。まあ、一番は水を変えたのが良かったかな。」
「水?」
「うん、ここの井戸水は煮込み料理に最適だと思う。」
「そうか。」
この世界に来てからようやくまともな食事を得られた。でもそれは、相対的に美味しく感じるだけで、向こう側のそれとは比べものにならないだろう。だが、今の私はそんな事を気にするほど余裕があるわけではない。だから、友人が作ってくれたこの食事を目一杯楽しむつもりだ。
「ハハッ、いい食べっぷりだなハイエナ。」
「ああ、カラシャ。こんな上手い食事は久しぶりだ。」
「そうだな。ところで報告があるんだ。」
私は沈黙する。
「そう黙り込むな。言いづらい。」
「そうですね。では報告をお願いします。」
私は報告を始めようとするカラシャを見つめる。
「まず始めに敵について、狩人に逃走した敵を追わせている。たぶん見つからんだろう。敵は森に慣れているようで痕跡はあまりなかった。次に砦の状態と物資についてだ。砦は問題なく機能する。井戸や畑にも異常はなく、残された食料にも毒はない。そして、武器庫には多くの装備品があった。数えきれないぐらいだよ。」
「その言葉を聞いて安心しました。では、今日はここに泊まり、戦利品を運び出す準備をしましょう。明日村を経由してエートルに帰還します。」
「了解した。」
彼は短い返答と共に器と木のお玉を手に取り、鍋から半分ほどの食料を強奪して自分のテントへ戻った。マカが文句を言う様子を眺めながら私は食事を取る。そして、思考する。
友人の黒い死体を見ても完全に悲しむ事はなく、嘔吐する事もない。これほど酷い人間が自分であるという事に悲しみを覚える。そして、先ほどまでの友人に対する微かな悲しみを忘れ、仲間と楽しく食事を取る。この調子で明日の夜、遅くても数日の後に色々と忘れている事だろう。私という人間は救いようのない愚者だと思う。きっといつか酷い目に合うだろう。




