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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
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27 終戦と嘆き

 

 寒々しい夜の森を必死に駆け回り、希望ともいえる灯りへ到達した時ほど安堵の感情が溢れる事はそうない。私はまさにその状況だ。いや、私達というべきかもしれない。囮部隊として私と共に不整地を走りきった戦友達は、安心と苦痛が混じりあったような表情をしている。灯りの先に、待機している村人や狩人、後退した兵士達を見たとき、私と彼らの気持ちは通じ合っていた事だろう。


 私と部下は待機していた兵士達の横隊へ転がり込み、疲れからその場に座り込む。全員が横隊を通ると、兵士達は手元にあった障害物を手際よく設置していく。溝のような森の道は塞がれた。それと同時に、怒り狂った多くの盗賊が、奇声を発しながら突撃してきた。


 私は急いで立ち上がり彼らを見る。その顔は鬼神の表情といえるほど、その場にいた全員に一定の恐怖を与えた。だが、精強な護衛兵と勇敢な弱兵達は怯まなかった。即席の障害物の隙間から、荒削りの細長い丸太を据え、それを向かってくる盗賊の身体に突き出した。


 まるで串焼きのように丸太が人間に突き刺さり、明るい森に悲鳴と血が舞う。仲間を惨たらしく殺され、怒りを爆発させていた盗賊どもは、その光景に冷静さを取り戻したようだ。鬼の表情は、罠にかかった鹿のように変化している。


「待ち伏せだ!」


「総員、退却!」


「放て。」


 副官の声が夜の森に響き渡り、弦の跳ねる音が微かに聞こえた。両側から矢が盗賊どもに降りかかり、その嵐に紛れて火のついた壺が投げられる。矢は鎖帷子を貫通し、彼らにうめき声を挙げさせた。割れた壺から広がる炎は彼らを絶叫させた。


「あああ!」


「いてぇ、いてぇよぉ。」


「あついいいいいい!」


 地面に敷かれた乾燥草と撒き散らされる黒い樹液、それらに燃え広がる炎は、次々と人を殺していく。さらに、丸太が崖から投げ入れられ、戻り道が塞がれる。矢と炎の嵐が降り注ぐ道と、それを挟むように佇む崖は盗賊を完全に包囲している。こうなってしまっては、彼らに生き残るすべはない。


 森の中の少し開けた場所が明るくなっていく様子を、私は黙って眺めている。火事になる心配はしていない。ここ周辺の木々は水分を含んでいるため、燃え広がりにくいはずだ。それ故に、火壺は直接敵へ当てなければならなかった。敵拠点の壁に投てきしても意味はない。この場所へ釣り出すため、あのような捕虜の殺害と返還を行う必要があったのだ。


「死ねゴミども!」


「惨めに死ね!」


 村人達は崖の上から罵倒と共に石や火壺を盗賊どもへ投げている。その姿は、私に頭を下げていた時と比べて、あまりにも違っている。恨みとは恐ろしいものだ。


「あっ......。」


 私は炎に包まれる盗賊の一人と目が合い、思わず声を出してしまった。表情は鉄兜のため見えなかったが、その無機質な鉄面の隙間から目が見えたのだ。その目は周辺の様子とは対称的に氷のように冷たく、透き通っている。彼は炎に包まれながら私を見続け、しばらくして倒れた。私はその倒れた盗賊を、虐殺が終わるまでずっと見ていた。







 森の小さな道には、肉と鉄を燃料に大きな炎が舞っている。あいにくと私達は水を持っていなかったため、消火作業を断念した。人は火を見ると安心するというが、その燃料が同族であっても問題ないらしい。部下達は目の前の火を黙って見続けている。死にゆく盗賊どもに罵倒を浴びせていた村人達も、今は疲れた顔で虚無を見ているだけだ。先ほどまでの精気が感じられない。皆物思いにふけるように休息している。


 一方で私は眉間にしわを寄せて頭を抱えている。火壺の火力が私の予想を遥かに上回っており、装備もろとも盗賊達を焼いてしまった。これでは死人から装備を剥ぐ事が出来ず、戦利品が得られない。強大な支出に対抗するには、収入を増やすしかないが、間抜けな私は臨時収入を無駄にしてしまった。私の心は悲しい感情で埋め尽くされる。


「ハイエナ......。」


 マカが寂しげな声で私の名を呼ぶ。だが、彼は悲しさを微塵も感じさせない仏頂面だ。彼はここ数日で感情の起伏が激しかったため、表情筋が疲れて休んでいるのだろう。彼は私の横に立ち、燃え上がる死体を見つめた。


「なんでこんな事してるんだろね。」


「マカ、もしかして辛い?」


「やっぱり辛い。でも、前より大丈夫。ハイエナはどうなんだい?」


「俺は、分からない。」


 彼との会話は、それ以降続かなかった。私にはやるべき事があったのだ。呆けている部下達に号令をかけ、集合させる。


「数人はここに待機、延焼するようなら報告しに来てください。他の者は私と共に敵拠点の掃討に向かいます。」


「ハイエナ様、火が消えた後の対処はいかほどに?」


「使えそうな物を剥ぎ取った後、死体は一ヶ所に集めておくようにしてください。」


 村を出発した時と数が合わない。おそらくその者達は死んでいるだろう。しかし、私達に彼らを探してやる時間はない。看取られる事なく死んでいった彼らを哀れに思う暇も惜しい。私は肉体と精神共に疲弊した兵士達を引き連れ、もう見慣れた砦へ向かった。







 日の光差す森の中には、厳しい寒さと小鳥の囀りが溢れている。そして、心地よいそれらとは違って、盗賊の砦は非常に静かであった。今は物音ひとつなく、人の気配すら感じない。ただ、矢を射かけたところうめき声があがったため、間違いなく人はいる。


「おはよう、盗賊諸君!」


 痛む喉に気を使わず、最大の声で呼び掛ける。私の精一杯の哀れな挨拶に、盗賊どもは何も返事を返さない。


「そこにいるのは分かっている。話し合おうじゃないか。私達もこれ以上人を死なせたくない。」


「出てこい盗賊ども!」


「まだ籠るか、臆病者め!」


 耐えかねた村人や兵士達が一斉に騒ぎ出す。汚い言葉を物言わぬ者達へ投げつける。これぞ精神的な投石器だ。


「待て、俺たちは盗賊じゃない。ただの村人だ!」


 丸太の壁の上から怯えた顔で一人の男が出てきた。その姿は、盗賊のそれではなくどこにでもいる普通の村人のものだ。


「貴方は?」


「盗賊達は出ていったよ。たぶん北へ向かった。ここにいるのは連れてこられた村人だけだ。」


 何たる失態だろうか。装備品を焼き付くしたあげく、敵にも逃げられてしまうなど恥ずべき以外の何でもない。


「はぁ。」


「どうするハイエナ。油断させて砦の中で待ち伏せって作戦かもしれん。」


「ああ、カラシャ。その方がいいかもしれませんけどね。村人達に砦から出るよう言ってください。その後、志願者を募って少数で砦内部の調査を行います。井戸や畑、テントから倉庫まで厳しく調べるようにお願いします。安全が確認できたら報告してください。」


「了解した。」


「それと、村人達には優しく接するように、一回攻撃してますからこれ以上問題を起こしたくありません。」


「ああ、兵にも言っておくよ。」


 カラシャは部下を引き連れ、砦へ向かった。砦から出てきた人々に、ラミンや他の村人達が駆けつける。彼らは熱い包容と謝罪の言葉を交わしながら涙を流し、笑顔をつくった。それを見たマカと護衛兵達は嬉しそうな顔をし、傭兵隊長と傭兵達は無表情だった。その時、私はどのような顔であっただろうか。ひとつ分かる事は、私の心の中に不安しかなかった。


「結果から言うと、盗賊どもは逃げた。慌てていたんだろうな、物資や設備はそのままだ。念のため毒や罠を確認したが、問題はなかった。」


 その言葉と共にカラシャは笑顔をつくった。褐色の端正な彼の顔は、好青年のそれのように眩しい。私は彼の言葉を聞いて、心の不安がすべて消え去るのを感じた。主要な目的、盗賊の殲滅と物資の回収は、不完全ではあるものの達成された。私の心は喜びで満たされている。


「そうですか。それは良かった。では、狩人に敵の逃走経路と周辺の安全を確認するよう伝えてください。他の者は別命あるまで待機、護衛兵の何人かは私と共に焼け跡で作業をします。」


「了解した。気を付けろよ、まだ森に敵がいるかもしれん。」


「ええ、ありがとうございます。ではカラシャ、後を頼みます。」


「おう。」


 頼もしい声色で返答し、彼は作業に戻った。私は部下を引き連れて、肉と鉄の焼ける土地へ向かった。







 森を進むごとに血と肉の焼ける匂いが濃くなっていく。清々しい朝の森には、どうしても似合わない匂いだ。この匂いに釣られて獣や怪物達が来るのは避けたい。自分達の精神の安定も含めて、早く彼らを埋葬しなければならないと思う。


 現場に到着すると、残っていた部下達が話し込んでいた。皆浮かぬ顔をしながら真剣な表情をしている。


「どうしました?」


「ああ、ハイエナ様。生きている奴を1人見つけましてね。抵抗するものだからタコ殴りにして向こうの木にくくりつけたんですよ。どうすればいいかも分からず途方に暮れていました。」


「あの炎の中を生き延びた者が?」


 私の脳裏に、一人の敵の姿がよぎる。炎に包まれながら氷の目で私を見つめ、結局死んでしまった男だ。


「私がそいつを尋問します。貴方達は作業を続けてください。」


「分かりました。」


 そう言って私はその男のもとへ向かった。しばらく歩くと、一本の木に縛り付けられた男がうつむいたまま立っているのが見えた。複数人から暴行を受けたため、身体のあちこちから血を流し、痛々しい傷痕が目につく。私は彼に近づき、声をかける。


「やあ、元気ですか?」


 気さくに声をかける。すると、男はゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。私はその顔を知っていた。彼も私に気づいたようで、驚きの表情を見せる。そして、彼はゆっくりと口を開いた。


「ハイエナ、お前ハイエナか?」


 その声はとても弱々しく、まさに瀕死の者の声色だ。このまま放置していては確実に死ぬと分かる。


「ああ、貴方は護衛隊長ですね。お久しぶりです。まさかこんな形で再開するとは予想しませんでした。」


 彼は、私が商人としての一歩を踏み出し、貧困から脱出する機会を作ってくれた人間の一人だ。初めてエリンのラコテーへ向かう時、盗賊達から私を守ってくれた護衛兵達、彼らを率いた隊長は盗賊になってしまったのだ。そして、私が彼を死へ追いやっている。これほど悲しい事があるのだろうか。


「そうだな。とても悲しい再開の仕方だ。」


「なぜ貴方がこんな事に......。」


「俺がこうなった理由を知りたいか?なら教えよう。すべてギルドのせいだ。」


 彼の表情は鬼のように変化した。怒りと憎悪に満ちた暗い顔にしわが寄る。


「お前と別れた後、我々は普段通りに業務をこなした。普段通りにな。盗賊から商人を守る傍らで、ギルドの敵に情報を流していた。」


「なぜそのような事を......。」


「ギルドが我々の敵だからだ。役職上、俺はギルドの様々な情報を知った。そして、考えた。俺は私利私欲のため経済活動を操り、集団の外の人間を死に追いやる者達を許せなかった。変に正義感を持ってしまった。」


 彼は激しい怒りの顔の中に悲しそうな表情を見せる。そして、弱々しくも気のこもった声で話を続ける。


「そして、ギルドの敵であるスラムのハシャにギルドの様々な情報を流したんだ。それで、ギルドを変えられると信じてな。」


「そんな......。」


「結果はこれだ。俺は追われる身となり、災厄は部下にも降りかかった。犠牲を出しながらラコテーを出て、行き場のない俺達はエートルの盗賊団に加わった。」


「良い奴らだったよ。盗賊団長は俺達が元護衛兵と知った上で仲間と認め、良くしてくれた。盗賊達も優しかった。いつの間にか仲間意識を感じていたんだ。」


 私は彼に何も言えなかった。何と声をかけるべきだろうか。かつて再開を約束し、友情を築いた者は一年も経てば別の人間へと変化している。その変わりように疑問と悲しさ以外の感情は持てなかった。ただ黙っているだけの私に目の前の男は一言言う。


「殺してくれ。」


「無理ですよ、貴方を殺したくありません。利益を損なう。」


 私はそう言って彼の提案を拒否した。私の答えに、彼は別の悲しそうな表情と共にうつむいた。そして、勢いをつけて後頭部を後ろの木に当てた。


 彼は口から血を吐き、苦しそうな表情でこちらを見た。よく見ると、彼の喉には鋭い木片が突き出ている。彼は私の尋問で死ぬ気はないようだ。


「さようなら。」


 私は半剣を抜き、刃を彼の首に当てる。一瞬彼の顔には、憎悪と感謝の感情を見た。そして、間髪入れずに勢いよく彼の首を落とす。その綺麗に取れた頭は私の腕の中に転がった。私は持っていた麻袋に彼の頭を入れ、縄をほどいて彼の胴体を抱える。そして、元来た道をたどった。


「ハイエナ様。」


 戻ると部下達は私の名前を呼び、しばらく固まった。そして、数秒の後に作業へ戻った。私は何も言わず彼の胴体と麻袋を死体の穴へ投げた。達成感に満ちた私は死体置き場から去ろうとした。その時、死体の中にひとつの小袋を見つけた。私はその小袋を手に取り中を見る。中身は私の好物の羽アリだ。


 護衛隊長は仲間と共にここへ流れ着いたと言っていた。おそらく、私に良くしてくれたあの友人もその中にいたのだろう。そして、小袋の紐を締めた時に、私は彼を見つけた。


 炭化していたが、顔は綺麗に認識できた。彼の顔は恐怖と絶望の表情で固まっている。そして、黒い死体の山から手をこちらへ伸ばしている。私は部下達の作業が終わるまで、黒くなった彼を見つめていた。


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