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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
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26 進撃と退却

 

 凍てつくような空気が肌を刺激する。後ろの森から聞こえてくるのは、虫の羽音と突風による草木の身震いばかりだ。時折狼の遠吠えが暗い空に広がる。


 木々が所狭しと並ぶ森に、開けた丘と砦が佇んでいる。その簡易な砦の壁の上にはこちらを険しい表情で見つめる盗賊どもがいる。彼らから私達は見えていないだろう。人間の目が夜の森の擬態に勝てるはずがない。私達は彼らをはっきり視認できる。たとえ月明かりが無くとも彼らの松明が標的を示してくれる。


「配置完了だ。いつでもいける。」


「わかりました。合図を待てと伝えてください。」


 カラシャはよく働いてくれる。兵士達の士気や体力を感覚的に理解する事ができ、それを私に逐一報告してくれる。部隊の細かな調整を一人で担ってくれるのだ。頼りになる反面、危険性も含む優秀な下士官だ。


 私は部下達の目を見る。森に潜む彼らのそれは、狩りの前の肉食獣のようにまばたきを一切しない。獲物を見据える目だ。それを見た私の一番の気持ちは羨ましいというものだ。私にはそのような目をつくる事ができない。現実感がないのだ。今から私の号令一つで、精強な男達が死地に突撃し、人を殺す。


 私が武器を売る事で誰かを殺しているのは知っている。間接的な殺人が罪の意識を生む事はないが、それは状況によって変化する。中々に突撃命令を出すのは苦しい気持ちになるものだ。企業時代の上官達もこのような気持ちだったのだろうか。今さら考えても無意味であるが、なぜか意識の集中とは真逆の事をしてしまうのだ。


 待つ故は月明かり、森には傭兵達が今か今かと武器を握り締めている。私は空を見上げている。上は黒い雲で覆われており、二つの月は隠れている。だが、雲は風に流され、次第に月が露になる。


「弓兵、構え。壁の灯りを狙え。」


 弓隊に矢をつがえさせ、標的を指示する。待ち望んだ月明かりが、切り株残るなだらかな丘を照らしていく。それと同時に私は大声で号令を出した。


「放て!」


 弦の震える音が森の雑音をかき消し、放たれた矢が黒い空に紛れる。数秒の後、砦の壁からうめき声が聞こえてきた。


「突撃!」


「「「うおおおおおおおお!」」」


 雑多な装備の傭兵達が叫喚と共に丘を登る。ある者は梯子を持ち、またある者は小さな盾を構えながら突撃する。月明かりは多少なりとも足下を照らし、問題なく彼らを壁に導く。百人余りの一斉突撃は現状の敵を震え上がらせた。







 しばらく経つと、威勢のよい突撃は完全に消え去っていた。敵も警戒を怠るほど愚かではない。すぐに防衛の増援が出現し、壁に取りついた傭兵達は押し戻された。弓の一斉射撃も壁の見張りを駆逐した程度だ。その先の敵の大部分には到達できなかった。出来る事なら一気に壁を乗り越えてたかったが、もはや無理だろう。


 壁から後退した傭兵達は、設置した遮蔽物に駆けた。壁から飛んでくる追撃の矢は勢いを削がれた攻め手に対し有効だ。その事を考慮し、あらかじめ十人ほどが身を隠せる分厚い木板を複数作り、それらを突撃の際に護衛兵達に中間位置に設置させた。戦闘の段階は、奇襲による突破作戦から射撃戦へと移行した。


 双方が矢を飛ばし、徐々に相手方へ消耗を強いていく。戦況は膠着状態だ。昼間に敵の巡回部隊と遭遇しなければ容易に壁を突破できていただろう。戦いは中々に上手くいかないものだ。


「戦術を立てるというのは難しい事ですね。」


「まあ、そうだな。」


 私は自然とカラシャに愚痴をこぼしていた。彼は軽快に半弓で連射している。流れるように矢をつがえ、狙いもつけずに相手に向けて射る。矢の数も多くはないため控えてもらいたいが、彼の故郷のムステでは一般的な弓の使い方らしい。癖というのは安易に矯正できるものではないから、それは仕方ないと諦めた。


「予想以上に敵の白兵能力が高い。盗賊と言えど元は正規兵ばかり、強いに決まってますよね。」


「そのようだな。それに奴ら、白兵戦だけじゃなくて射撃戦も得意らしい。見てみろ。」


 カラシャは弓を射ながら、私に部下を見るよう促した。敵の矢の反撃で負傷した兵が前方から運ばれてきている。その数は私の予想を上回っていた。護衛兵や傭兵が矢傷を押さえながら盾を構えて後退してくる。その中に混じって狩人の姿も見えた。弓の熟練者である狩人が、元正規兵とはいえ歩兵中心の盗賊どもに遅れをとっているのだ。


「予想より酷いですね。」


「ああ、奴らの弓兵は結構な熟練者のようだな。大方食料採集で鍛えられたんだろう。」


 徐々に増えていく予想外の負傷者に、私は多少の焦りを感じた。もちろん、それを表に出すことはしない。


「もういいでしょう。全員に防御させながら森へ後退させてください。それと人質の準備をお願いします。」


「了解。」


 退却の号令とともに、前線にいた全ての兵士達が急いで後退してくる。負傷者を庇いながらの後退は、緩慢としていて隙も大きいが、幸いなことに新たな負傷者を出すことはなかった。敵拠点と森の間にはいくつか死体が見えるが回収している暇はないだろう。


 味方が全て森へ入り、負傷者と重装備の者は村人達のところへ向かう。比較的軽装の狩人や傭兵達の何人かは、この場に残ってもらった。狩人達には負担をかけてばかりで申し訳ない気持ちが強い。そのような事を考えながら、私は部下に指示を出す。


「各員人質を盾にして、一列横隊になれ。人質が死んだ場合は後退しろ。」


 先の戦いでの捕虜を前に出し、彼らと共に部下を前進させる。捕虜の手を後ろで縛り、背後で彼らの背中に剣を突き立てながら、盾にしての前進だ。倫理的に問題のある戦術ではあるが、その反面効果的だ。


「撃ち方やめ、撃ち方やめ!」


 敵側から射撃停止の号令が聞こえてくる。どうやら敵はこちら側の作戦にしっかりと気づいてくれたようだ。私としては、人質ごと射られる事を心配していたが、盗賊にも人情はあるらしい。実際のところ、人質となった仲間を射るような指揮官に部下がついていくはずもないため当然ではある。盗賊側が射撃を止めた後、私達も止まった。そして、大声で彼らに話しかけた。


「盗賊ども、降伏しろ! 降伏すれば命は助けてやる!」


 夜の空に私の微妙な声が広がる。降伏勧告は一種の恫喝行為だ。相手を恐怖させ降伏させるのが目的なら、その役目は厳つい声の持ち主が担うべきだ。生憎と私の声は玄人のそれとは言い難いものである。だが、一応の指揮官としての義務であるため降伏勧告の役目を受けたのだ。口調も普段とは違うが、大して意味はない。


そして数十秒の後、敵の指揮官らしき男が返答した。


「我々は人質を取るような者を信用しない。それに戦闘は我々が優勢だ。貴様らが人質を使うのが何よりの証拠!」


 男は自信ありげにそう言い放った。実際その通りだ。我々には、この砦を真正面から攻略するのに十分な物資も人員も足りない。だから人質を使っているのだ。


「果たしてそうかな。我々は商人ギルド及びラリカ伯爵の私兵だ。」


 私がそう告げると、盗賊側から動揺の声が聞こえた。ギルドという予想もしない単語に驚いたのか、ラリカという恐ろしい名前に反応したのかは定かではない。または、どちらにも動揺したのか。


「お前達の居場所は暴かれた。隊商を襲撃し、経済を混乱させるお前達にギルドとラリカは手を組み、然るべき罰を下すだろう!」


 私は一つとして、嘘を言っていない。私はギルドの行商人で、ラリカ勢力とも面識がある。もっとも、どちらの勢力の長とも会った事はないため協力は難しいだろう。だが、盗賊は隠れ場所を発見された時点で負けなのだ。いずれギルドかラリカに討伐される。私としては、すぐに討伐したいだけだ。


 盗賊は動揺こそしたが、壁から動こうとはしなかった。脅しは効果的ではないようだ。


「ではお前達に贈り物をやろう。受けとれ。」


 そう言って、私は準備しておいた頭ほどの大きさの麻袋を敵に向けて投げた。私に続き、部下達も腰にぶら下げていたものを敵に投げつける。それらは壁を越え、敵陣へと渡った。


 しばらくして、敵側から聞こえてきたのは恐怖や怒りの声であった。先ほどの男が壁の上から身を乗り出し、感情を爆発させた。


「貴様ら、よくも仲間を!」


「人質を放してやったんだ。感謝してくれないか。いつまでもそこに籠ってないで、こちらへ来てみては如何か......。」


「ここまで降りてきて戦え!」


「いつまで隠れている臆病者!」


 部下も続いて盗賊達を罵る。私達の行為は正義や秩序とは程遠いものであるが、致し方ないものだと割りきるべきだ。


「待て、戻れ!」


 指揮官らしき男は耐えていたが、他の盗賊達はそうではなかった。全員が鬼のような形相で壁から降り始めた。そして、全力でこちらへ向かってきたのだ。あまりの迫力に一瞬足がすくむが、すぐに退却の指示を出した。


「人質を捨てて退却、走れ!」


 私はいつにも増して大声で号令を出した。その後は皆一様に捕虜を敵に押し出して、森へ全速力で駆け出した。後ろからは呪詛のような声が耳の奥まで響いてきたが、私達は振り返ることなく、森を目指した。







 森へ入り、暗がりの中を松明を頼りに走り抜ける。普通なら追われている場合、松明を捨てて逃げるべきだ。そうすれば敵に位置を悟られることなく、逃げ切れる確率が上がる。だが、私達にとって逃げる事が目的ではない。敵に姿を晒しながら追いかけられる事が目的だ。見事敵は頭に血を登らせて追撃してくる。どうやら私の予想以上に盗賊というのは仲間思いなのかもしれない。


 喉の奥が痛くなるほど走り、脚は限界とばかりに重くなっている。だが、私は森の奥に松明の灯りを見た。


「もう少しだ、全力で走れ!」


 部下に声をかけ、残りの力を振り絞って、その灯りを目指す。その到達までの時間は、とても長く感じられた。


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