23 偵察と信頼
盗賊の増援部隊を粉砕した翌日、私は狩人達と数人の捕虜を連れて村の東側の森を進んでいた。傷だらけになり、貧相な服を着せられた捕虜達が狩人に拘束されながら砦まで案内してくれる。
事前に捕虜を尋問して拠点に関する様々な情報を引き出してある。カラシャが徹夜で尋問したおかげで、敵の本拠地も分からぬまま自滅するなんて事にはならないようだ。数時間で必要な情報を聞き出せる技術には恐れ入る。私は気になって、朝方に目を擦りながら食事を取る彼を問いただした。だが、漠然とした答えしか得られず、肝心の尋問技術は得られなかった。
得られた情報は敵本拠地の構造と内部事情だ。捕虜の中に幹部がいなかったため簡単なものしか得られていない。だが、場所が分かっただけでも私の気力を回復させるに十分だ。一つ心残りなのは、増援部隊の隊長を殺した事、もし捕虜にしていれば多くの情報を引き出せたかもしれない。だが、狙って気絶させるなど素人には無理な技であるし、失敗した場合には指揮官を潰せないまま戦闘に突入していた。だから、私の行為が正しいものだったと信じたい。
「もし拠点を見つけられなかったら、またカラシャに尋問させますからね。」
「そ、それだけはやめてください。」
目の前の捕虜から屈強な戦士であった盗賊の面影は完全にない。何かに怯えるように、ひたすら辺りを見回している。別の者は常に何かを呟いている。カラシャはムステの伝統的な拷問を応用して尋問したと言っていた。ムステの技術は恐るべきものだ。もしムステに行くような事があれば、絶対に捕まりたくないと心から思う。
「ハイエナ様、一体カラシャ様は捕虜に何を成されたので......。」
「分かりません。ただ、カラシャを怒らせない方がいいという事は分かります。」
「ですね。」
狩人達も捕虜に対して同情しているようだ。心なしか、狩人達の捕虜の扱いも丁寧に見える。もちろん、途中で殴る事は忘れないし、常に罵詈雑言を吐いている。部下に捕虜への暴行を許さなければ士気にかかわるし、捕虜も正気に戻るかもしれない。普通なら捕虜の扱いは丁寧な方が問題も少ないが、この世界では違うようだ。そういった文化の違いを学ぶ事は、私に知識をもたらし、思考を高めてくれる。
この森にはやたらと虫が多い。ふと気づくと目の前にいるため驚く事がある。油断すると服に大量の虫がつく。救いがあるとすれば、元の世界のものと似ているものが多く、見た目も悪くないものがほとんどという事だ。てんとう虫のような可愛らしいもの、カブトムシのようにカッコいいものもいる。今まで見てきたものは、人間に不快感を感じさせないような見た目ばかりだ。ただ一つの虫を除いて。
それは地面の這う。赤黒の身体を持ち、長い触覚を持つ。大きさは五センチほどだろう。速さは元の世界のものより劣るが、見た目は負けていない。そして、どこにでもいる。ここまで奴の姿を思い浮かべて、私の腕には鳥肌が立っている。嫌悪するべき不快な姿が容易に想像できてしまった。正直なところ、考えたくもないし、ましてやその名を口にするなど絶対にしたくない。私は急いで別の事を考えるが、すでに手遅れだ。せめてこの森を探索している間は、奴に会いたくない。
この世界で虫を食べる事は普通だ。都市部等の比較的豊かな場所では食べられる事はないが、農村部等の貧しい場所では飢えのあまり手を出すものも多い。私も色々と食べたが、意外と味は良く、餓死から私を守ってくれたため嫌いになれない。だが、まともな食事を食べられるようになった今ではあの日々に戻りたいとは思わない。
私は鞄から小袋を取り出して、中のものをひとつまみ取る。それを口に放りこんで味わうように咀嚼する。私が初めてエリンのラコテーへ向かう時、ギルドの護衛兵にもらった羽アリだ。あれ以来、少しずつ大事に食べている。
「あ、ハイエナ様、それお菓子ですか?」
「美味しそうですね。」
狩人達は間食を取る私に注目した。目の前の男達は弾んだ声で話しかけてくる。その声色からは期待の念が読み取れた。
「いいものでしょう? 友人にもらったんですよ。よければ貴方達もどうぞ。」
「いいのですか? では遠慮なく......。」
「ああ、ちゃんと残してくださいよ。」
狩人の一人が私の手から袋を取ると、ひとつまみの羽アリを口に入れる。また別の狩人が袋を奪い、羽アリを美味しそうに頬張る。狩人達は順番に袋を回していき、間食を楽しむ。彼らが袋から羽アリを取るごとに私の顔にはシワが寄っていく。
しばらくして袋が戻ってきた。狩人達に渡す前には、確かな重さと膨らみがあったはずだ。今は非常に軽くしぼんでいる。中を覗いてみると、数つまみほどの量しか残っていなかった。大事に消費していたお菓子のほとんどが狩人の胃袋へ収まる事となってしまった。
「「「 ありがとうございます! 」」」
「ええ......。」
狩人達は元気よく感謝してくれた。彼らの気分転換になったのならそれでいい。ただ、私の気持ちは前の夜と同じぐらい落ち込んだ。またあの護衛兵に会いに行くしか補充する手段はない。その時は少し高級な酒を持っていくべきだろう。
ひたすら森を進む。途中で地面に落ちた木の割れ目に、嫌悪するべき不快なものを見つけてしまった以外問題はなかった。流石というべきか、狩人達は森を歩くのに慣れている。その速さについていくのは疲れる。もう少し体力をつけておくべきだったと後悔した。枝や落ち葉の上を通り、足跡を残さないように歩く狩人達を必死に追う。それが数分続いたかと思うと、狩人達は突然停止した。
「ハイエナ様、どうやら着いたようです。」
狩人の声は、先ほどまでの楽しそうなものと違い、獲物を前にした真剣さが含まれている。
「こちらへ。」
私は狩人達に促されるまま丘を登る。斜面を進みながら先頭の狩人へ手を伸ばす。街道近くの森と違い、ここの地形は急だ。小さい起伏や大きい石のせいで登りづらい。丘の向こうを覗き見るようにうつ伏せになっている狩人も、私に手を伸ばして登ってきた私の手を掴んだ。そのまま引き寄せて丘の向こうを指差す。
「ハイエナ様、あれです。」
「あれが、盗賊の本拠地。」
丘の向こう側には、また丘があった。それはなだらかな丘だ。その丘を囲むように高さ3メートルほどの丸太の壁がそびえ立っている。そして、その向こう側には複数のテントがところ狭しと敷き詰められている。それが頂上の手前まで続き、頂上には木製の家がある。手前には伐採された木の根元が残っており、森から壁まで50メートルほどある。まるで、野戦用の城だ。これを盗賊が用意したのかと思うと驚きしかない。
「どうしますか?」
「まずは偵察しましょう。情報が必要です。隊を4つに分け、4方向から見える情報を収集してください。長いは無用、ひと通り確認したら戻ってくるようにお願いします。」
「了解しました。よしお前ら、偵察だ。4つに別れろ。念のため矢じりや金物には泥を塗れ。反射で敵に見つからないようにしろよ。毛皮持ってる奴は被っとけ。」
狩人達はすぐに行動を開始し、偵察に向かった。私は動かず、その場で出来る限りの情報を集めようと敵の砦を見る。
丘を中心に円を描くように木を伐採している。壁を作るための行為だろう。そして、伐採が視認性を良くして周りを見張りやすいようにしている。壁には複数の盗賊が見張りに立っているようだが、その勤務態度は褒められたものではない。欠伸をしながら眠そうにしているのが、遠くからでも分かった。そして、その見張りは上官らしき人物に軽く叩かれている。微笑ましい光景だ。
私は壁の次に盗賊達の生活場所であろうテント郡を見る。動物の毛皮で作られたもの、ぼろぼろのもの、上質な布のテントなど雑多なテントが立ち並んでいる。その複数のテントの中に奇妙なものを見つけた。畑だ。農村部には必ずあるような畑が砦の中にあった。その近くには井戸らしきものもある。食料を生産しているのだろうか。この森の中では食料の輸送など大変だろう。ましてや数百人規模の人間の腹を満たすのは容易ではない。おそらく畑だけでなく、狩りも行っている事だろう。
隊商からの略奪、村々からの徴用、農地の開墾や狩りを行う事でぎりぎりを保っているに違いない。だが、そうまでして部隊を維持する必要があるのだろうか。敵にはもっと別の狙いがあるのでないか。生活のために略奪するのではなく、すべて特定のものを狙っての行為だ。それはおそらく。
「ハイエナ様。」
不意に後ろから声をかけられて驚いた。見れば別れて偵察に出ていた狩人達は全員戻ってきている。後は私だけのようだ。
「全員戻りました。指示をお願いします。」
「数人をここに残します。それ以外の者は食料を残して、私と共に急いで村へ戻ります。」
「わかりました、では。」
狩人達は帰還の準備をする。鞄から食料や毛皮、矢を取り出して集めている。それを横目に、私は盗賊の砦を見据えた。正規軍の城にも負けない頑強な砦、これをどのように攻略するのか考えるのは難しい。今の私にできる事は急いで村へ帰還し、準備に取りかかる事だ。偵察の丘から滑るように降りていき、再び森の中を進んでいった。
村に着く頃には日暮れとなっていた。沈み行く太陽のようなものが私を焦らせていたが、なんとか村へ帰還する事ができた。村へ帰ると、マカやカラシャ、数人の部下や村人達が入り口で待っていてくれた。私は敵の本拠地を見つけた事を伝え、明日の朝、村長の家へ来るように伝えた。その後は休憩も取らずに村人全員を集めた。
焚き火を囲みながら男達が集まる。粥が完全に煮えるのを待つ間、私は彼らに問わなければならない。戦う気があるのかどうかを確かめる。
「私達は敵の本拠地を見つけました。」
「おお、盗賊どもの本拠地を......。」
「流石だ。」
「これも狩人達の能力と皆さんの協力があってこそです。」
驚く村人をよそに、私は話を続ける。ここだけ見れば村人達には戦意があるかのように見える。だが、人間というのは表裏のある生き物だ。実際のところ、村人達に戦う気があるのかは不明だ。もしかすると、戦わずに都市へ逃げるなどという事もあるかもしれない。だから今一度確かめる必要がある。
「単刀直入に言います。貴方達は敵の本拠地に攻撃をしかけ、最後まで戦う気がありますか?」
「それは......。」
村人達は黙ってしまった。率直すぎただろうか。しかし、本当に聞きたい事を明確に尋ねないと面倒な話になる。出来る限り面倒は避けたい。
「ハイエナ様。」
沈黙を破ったのはラミンだ。凛々しい声で私の名を呼ぶ。
「実は村人の数十人ほどが盗賊に連れていかれまま帰って来ていないのです。おそらくはその砦に......。」
初耳ではあったが、一応その可能性は考えていた。盗賊達が労働力の確保や色のために村人達を拐う事だ。容易に想像がつく。だが、増援部隊への対処や砦を発見する事を優先したため村人達にそれを聞く事などしなかった。
「なぜ今になってそれを言ったのですか?」
「正直なところ、私達は貴方達を信頼していなかった。村人の何人かは、新しい盗賊団が来たという認識でした。これ以上、希望を感じた後に絶望したくないために黙っていた。だけど、貴方達は解放してくれた。そして、復讐の機会をくれた。それだけじゃない。この数日間、貴方達と寝食を共にするうちに色々とわかりました。」
「続けて。」
「貴方達は、また復讐の機会を作ってくれた。そして、私達と共に戦ってくれる。復讐と大切な人達の奪還ため、貴方達のために私達は最後まで戦います。」
「よかった、その言葉を聞きたかったのです。共に戦いましょう。」
私が笑顔でその言葉を発すると、村人も笑顔となって口々に勇ましい言葉を飛ばす。盗賊を鏖殺すると宣言し、皆一様に舞い上がっている。私もその状況に合わせて彼らを励ましながら救済を確約する。
彼らの発言に嘘が混じっている。彼らは、私達が戦わなければ戦おうとしないだろう。そして、人質を見捨てて都市へ逃げていたはずだ。現に残っていた婦女子や老人、子供はエートルの街へ避難している。目の前には強大な敵、その敵の後ろには人質、こちら側に守るべきものはない。逃げ道はある。なら誰だって敵に立ち向かおうとせず逃げる。つまり、彼らは綺麗事を言っているが、私達を利用したいだけなのだ。そして、私達も彼らを利用したい。結果としては良い状況だろう。
「そろそろ粥が煮えたはずです。一緒に食べましょう。」
村人達の皿に雑多煮の粥をよそっていく。皆食事の時は一様に笑顔だ。その笑顔に別の感情が含まれていようと、私には何も問題はない。むしろ有難い。
全員に粥の皿を渡すと、今度は酒を配った。酒場で2番目に安い酒を、高い酒だと言って村人達に渡していく。私は嘘は言わない。ただ言葉足らずなだけだ。一番安い酒より高い。当人達は喜んでいるため問題はない。問題だらけなように見えて、問題ない。宴会のような村人達の夕食を眺めながら、私は物思いに耽っていた。




