20 補給と指導
日も暮れ行く寂しげな道を百人以上の人間が行軍している。空は赤と黒が混じりあって血のようになっている。傭兵達に松明を持たせ、ひたすら街道を進むのは酷だ。だが、時間を無駄にはできない。出来るだけ早く村に戻らなければ拠点を失う事になる。今頃、カラシャ達は他の村人の救出に勤しんでいることだろう。村は手薄の状態だ。尋問で手に入れた情報によれば、盗賊は十日で交代する。増援が来るまで時間があるとはいえ、たどり着くのが早ければ早いほど余裕を持って行動できる。一日傭兵に強行軍を強いても問題はないはずだ。
時間より問題なのが他の村々についての事だ。私達が落としたもの以外の村を上手く解放できるだろうか。数はこちらが有利であるし、質も負けていない。制圧自体は大丈夫だと予想しているが、残っている村人にどれほど戦える者がいるのか不安だ。もしかすると、誰も盗賊に対して戦おうとしない場合もある。そうなればカラシャ達の努力は無意味となる。数百人規模の盗賊に対抗するには、せめて数を同じにしておきたい。
「ハイエナ様。ちょっといいですかい?」
重要な考え事の最中に傭兵隊長が話しかけてきた。正直なところ私はこの傭兵隊長に良い印象を抱いていない。会う前に問題を起こして私に無駄な費用を出させた事もあるが、なにより詐欺師のような顔と雰囲気が気に入らない。普段他人にこのような事は思わないはずだ。ある意味不思議な男だと思う。
「どうしました?」
「強行軍は別に構わないのですが、これからの予定を教えていただけないでしょうか? 私の部下はとても模範的な傭兵ですから、操りやすい。でも単純が故に荒い。できるだけ情報が欲しいのです。お願いしますハイエナ様。」
「傭兵は黙って働けばいい、というのは酷ですよね。我々の敵は盗賊です。エートルの森に砦を築いて人々を襲っている。敵は200人前後でこちらと同数の予定です。まあ色々と策を用意してきるので貴方達は何も考えず敵を殺すだけでいいですよ。」
「そうですかい。」
「それと、契約期間内の戦闘後の略奪はなしでお願いします。代わりに相応の代金を払います。あと普通の人への暴行や略奪、殺人や強姦も許しません。渡した書類にも書いていますが、それらを破った場合ハシャは悲しむでしょうね。ちゃんと書類の複製もありますから問題をおこさないように。」
「ええ、もちろんです。ハイエナ様。」
傭兵隊長はそれっきり黙ってしまった。思考や会話をしていたため気づかなかったが、日も完全に落ちたようだ。赤色は消え去り、上には黒色の空と雲が見えるだけになった。黒色の森に松明の火が列の成して進んでいるのは目立つだろう。心配事は本当に尽きない。
村にたどり着く頃には黒色の空にも光が現れていた。村には数人の護衛兵と村人が見張りについているだけで、あとは命令どおり襲撃に向かったらしい。傭兵隊長に休息を命じて自分のテントに戻った。食料や予備の武装はラコテーで補充したが、テントは予算不足で購入しなかったため、百人の傭兵には村人の家々を使わせた。あとで村人達に謝らなければならない。せめて傭兵達が壁に穴を開けない事を祈る。
時は経ち、空はすべて青色となっている。カラシャが村人を集めてくるまで時間がある。その間に作業を進めておくべきだと判断した。増援としてくる敵を撃退して砦の位置を探らなければならない。そのための準備を傭兵達に手伝ってもらうため、まだ寝ていた傭兵隊長を無理やり起こして土木作業を開始した。
「あー、必要な丸太の数は10本です。20人は伐採をお願いします。」
「聞いたかお前ら、20人は森に行け。」
「へーい。」
傭兵達はあまり精力的ではなく、眠たげな態度を隠さないで作業している。傭兵隊長も始めの方は気だるそうにしていたが、次第に私の代わりに注意や指示を飛ばすようになった。こういうのは雇い主より指揮官の方がいいのだろう。
村は森の中の開けた場所にあるため、四方から攻撃される恐れがある。捕虜から聞いた話によると、砦は村より東にあるため増援の来る方向は東に限定するようにしたい。そのため東側以外に落とし穴を作る。深さは1メートルにも満たないが、杭が仕掛けられており、中々に凶悪な罠となっている。杭に糞を塗る事ができなかったのが惜しまれる。敵が来るまでに補充されて欲しいものだ。
盗賊の砦の位置を知るために、自分で尋問をしたところ上手くいかず傭兵隊長に続きを頼んだ。しばらくして、彼は勢い余って捕虜を全員殺してしまった。その時は殴りたくなったが、彼も必死で謝っていたため、銀貨1枚で許した。
昼の暖かい風がテントの中に吹き込んでくる。外から聞こえてくる傭兵達の働く声を、ラジオ代わりにして今後の事を思案している。横ではマカが弩や弓の手入れをしている。時々話し相手となってくれるため敵地にいる事を忘れられる。
土木作業を始めて数日後、様々な盗賊用の罠を作っているが、急造のためあまり大したものはない。村の周り、北と南側に杭付きの落とし穴を作っている。部下達にはそこで用を足すように指示した。始めは街道に続く西側にも罠を作ろうとしたが、カラシャの部隊や補給の事を考えて無しにした。これで敵の侵入経路は東か西に限定される。そして、東側から侵入する確率が最も高いだろう。
傭兵達には落とし穴以外にも様々な土木作業をさせている。土木技術については、私を含めて素人集団であるため比較的簡単なつくりのものばかりだ。
「こんな罠作り、いつ以来かな。」
「いつ以来って?」
「ん? いや、ちょっと経験があってな。」
「ハイエナ、よくあんな罠考えつくね。やっぱり狩人に向いてるんじゃない?」
「いや、あの罠は先人達が考えたものだよ。俺の発想じゃない。彼らは偉大だ。強大な敵に立ち向かうのに知恵と意外性を持って勇敢に戦った。俺なんか到底及ばない。」
「ハイエナ様、救出部隊が戻って来ました!」
歩哨に立っていた部下からカラシャ達が帰還したと報告を受けた。私とマカは一瞬互いを見て、すぐにテントから出て部隊のところへ向かった。
「おい誰か水を持ってこい!」
「大丈夫か。」
村の広場には、敵がいる村々から村人を連れ出すため襲撃を行っていた部下達が帰還している。彼らは酷く体力を消耗しているようで、皆息も絶え絶えだ。多くの護衛兵や村人が倒れ、疲れはてている。私はその中にカラシャを見つけた。
「カラシャ!」
「ハイエナ、任務完了だ。」
襲撃に加わった人員のほとんどが倒れている中、カラシャだけ仁王立ちしている。彼の無邪気な笑顔からは余裕が感じられる。
「よく戻ってくれました。それで襲撃は上手くいきましたか?」
「ああ、勿論だ。敵は皆殺し、村人は救出した。」
「それは良かった。疲れているところ申し訳ありませんが、すぐに私のテントまで来て詳細な報告をお願いします。」
彼は嫌そうな顔をしたが、私は彼の腕を掴んでテントまで引っ張った。彼の抵抗力は凄まじかったが、それでも多少は体力を消耗しているため連れていくのは難しくなかった。
カラシャは詳しく襲撃の内容を報告してくれた。私がラコテーへ向かった後、彼はすぐに行動を開始した。村に数人の警備を残して、敵に占拠されている複数の村を急襲し攻略した。情報通り敵の数はここより少なく、戦闘は簡単だった。複数の村を夜襲で攻略した後、護衛をつけて非戦闘員をエートルの街に送り、男は部隊に参加させ帰還した。
カラシャの予想では、この村を中継地点に複数の村の盗賊と連携する予定だったとの事だ。補給を確保した上で街道の隊商や通行人を襲おうとしたようだが、始めに襲った隊商が武力と金を持つものとは敵も思わなかった。結果として敵は中継地点を失っている。しかもその事に気づいていない。敵の運の悪さには同情するが、それは私にも言える事だ。運悪く盗賊の最初の標的となり戦いに巻き込まれた。
「いや、運ではないか。間接的にサヴァラから盗賊を出させたのは私だったな。」
「どうした、ハイエナ。」
「いえ、何でもありません。報告ありがとうございます。召し仕いが配給を配っているはずですから、食事を取ってしっかり休んでください。それと、召し仕いにワインを頼んでください。ご褒美です。」
「おお、それは有難い。」
彼の不機嫌そうな顔は一転して笑顔に変わった。本当に顔に心が出やすい奴だと分かる。それは彼だけでなく、この世界の全員がそうだ。全員、感情が顔に出やすい人間ばかりで元の世界と全然違う。
私はこの世界についての考えを頭の中に巡らしながら、片隅でカラシャが連れてきた村人の訓練方針を考えていた。おそらく明日は1日訓練ばかりになる。その訓練の最中に敵がくる事はないだろうが、念のため狩人達に偵察を頼む予定だ。彼らに頼り過ぎではあるが、狩人は優秀な弓兵であり偵察要員でもある。
「マカ。」
「なんだいハイエナ。」
「狩人達に偵察に出るよう言ってくれ。敵を見つけたらすぐに報告を頼む。それと、報酬は元の3倍出すとも言ってくれ。」
「わかったよハイエナ。」
マカの返事は少し間があった。もしかすると、狩人仲間を戦場へ送る事に抵抗があるのだろうか。だが、それは仕方のない事だ。彼には割り切って貰うしかない。
盗賊の増援予定日まであと三日、罠の付設は大方完了したが、一部は作成中だ。村人が数回罠にかかりそうになった以外は問題はなかった。自分達の家や土地を改造される事に難色を示していたが、村人に盗賊の脅威や蛮行を思い出させ、自分達の財産を守るためだと教えた。その日は夜明けとともに起きたはずなのに、説得が終わったのは昼頃だった。
昼からは村人に武器と防具を与え、運用についての教育を行った。盗賊に強制労働をさせられて栄養失調気味になっている彼らにできるのは、護衛兵や傭兵の支援だ。だが、弓などの飛び道具は長期間の訓練が必要になる。
「今回は貴方達に素敵な贈り物をしましょう。」
「贈り物ですか?」
「ええ、贈り物です。武器と防具、スリングと布鎧です。」
「スリング?」
村人は初めて目にする投石器についてどのような感想を抱いただろうか。私が彼らに見せているのはただの紐だ。およそ一メートルほど、草の繊維から作られ、中央には石を包むための幅広い部分がある。初めて見る人間は、これに殺傷能力がある等とは思わないだろう。
「まずは私が手本を見せます。」
中央に拳大の石を乗せ、紐の一端を手に巻き付けて固定する。石を固定するために中央部分を捻った後、誰も方向へ向き投石器を体側面で振り回し始めた。投石器は心地よい風切り音を放ちながら、振り回すごとに威力を高めている。あるはずもない的を見据え、適当な位置で手の力を緩めた。
握っていた紐の一端が手から抜け落ち、中央で固定されていた石が発射される。勢いよく発射された石は目に見えるものではなく、一瞬にして飛んでいった。そして木の柵に着弾し、それは容易く破壊された。
「こんな感じの武器です。これを狙って敵に命中させるのは、相当の熟練者でないと無理です。皆さんは弓を扱う事が出来ず、近接戦も盗賊には及ばないでしょう。だからこそ、この投石器が貴方達の力となる。さあ、投石器の練習をしましょう。」
「はい。」
「ああ、そういえば大事な事を忘れていた。ここにいる人には防具をつけてもらいます。」
私は近くの馬車から布鎧や盗賊から略奪した防具を取り出し、村人一人一人に配っていく。村人は四十人以上いるため布鎧は足りなかった。盗賊から剥ぎ取った防具で全員を武装させる事はできた。
「その布鎧は新型の防具です。既存のものより軽量な上に防御力も高い。貴方達にはこれを着て盗賊と戦ってもらいます。」
「ラミンはいますか?」
私は元村長の息子を名指しした。村人達の中から青年が出てくる。
「私がこれを着て立ちます。貴方は鎧目掛けて槍を突いてください。」
「大丈夫なんですか?」
「構いません。手加減なしでおもいっきり突いてください。ですが、攻撃するのは貴方から見て左側をお願いします。」
彼は気乗りしていない様子で槍を持ち、構えた。私は布鎧をきて後ろで腕を組んで立つ。身動きせず、ただ立っているだけだ。私の顔を見てはラミンもやりづらいと考えて、フォルンツからもらった麻袋を頭に被る。これで幾分罪悪感は軽減されるはずだ。フォルンツは麻袋を被ると新しい扉が開けるといっていたが、私は何も感じない。
「でも妙に落ち着くな。」
麻袋の隙間から多少の光が見えるが、それでも視界に映るのは黒だ。袋は私の頭にちょうどよく被さっており、その適切な大きさから謎の安心感を感じる。まるで母親の胎内にいるような、赤子に戻ったような感覚だ。次第に眠くなってくる。
一瞬手本の事を忘れて眠りそうになったが、気を取り直してラミンに指示を出した。
「さあ、来なさい!!」
「うああああああああ!!」
ラミンの声とともに、激しい衝撃が私の腹部を襲う。後ろによろめきこそしたが、痛みはなかった。麻袋を取って村人達の反応を見る。全員が驚いていた。
「これが新型の防具です。この防具と投石器があれば、貴方達も盗賊に劣らず戦える。さあ、防具を身につけたまま、ひたすらに練習しましょう。」
私は村人達を立ち上がらせて練習場に連れていく。練習場には複数の丸太が地面に打ち付けられていて、その丸太には盗賊の死体がくくりつけてある。カラシャに無理を言って襲撃時に確保してもらった。死んでから日が浅いため腐臭を放つことはないが、衝撃的な光景ではあるだろう。
「皆さん、躊躇ってはいけませんよ。今から貴方達が殺す人間です。もっともあれはもう死んでますけどね。慣れるまで練習してください。」
始めの方は村人達も躊躇していた。だが、ラミンが盗賊の死体向けて石を放った。石は見事頭部に命中して、頭からは脳ミソのようなものと血が吹き出た。それに続いて村人達も練習を始めた。
練習を始めて数時間経ったが、命中率は一向に悪いままだ。大抵は明後日の方向か地面に飛んでいく。ラミンは五回に二回ほど命中している。素晴らしい才能だ。私も前日に護衛兵と一緒に予習をしたが、部下の命中率は十分の一、私は五十分の一だった。悲しい差だ。
たとえ命中率が悪くても集団で運用すれば投石は効果を発揮するだろう。弓矢の数も限られている中では、このようなやり方に頼るしかない。私は村人達の練習を見ながら、革袋の酒を飲んで一息ついた。




