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残党狩りのハイエナ  作者: マトイ
生存編 利益のために
18/78

17 思考と攻略

 

 隊商が襲撃された場所で、街道から森へ侵入し、目的地を目指す。街道から見て東側の方にある。中々に高い木々が生い茂り動き辛い場所であるため、馬車での移動は困難だろう。護衛兵達を全員下ろして徒歩に切り替えた。


 今回、狩人は案内人だけ連れてきている。数日間にわたって偵察し続けた彼らはかなり体力を消耗しているため休養が必要だろう。狩人達は数日間敵拠点を偵察するにあたって、敵が駐留している村の近くに拠点を置いた。村周辺は森に囲まれた丘陵地帯となっており、死角となる場所が多く存在する。そういった地形を利用する事が拠点確保の最重要であると狩人は言っていた。


 狩人達が偵察拠点として使っていたのは、村の東側だ。偵察拠点を確保した後、交代で村の監視を続けていたそうだ。狩人の報告によると村人は大勢いる。だが、常に盗賊どもが見張っていて強制労働させられているようだ。朝日も昇らぬうちに盗賊どもに畑へ駆り出され、人力で耕して種をまく。


 それが昼過ぎまで続いたと思うと、今度は森に入り木々を伐採して村に運ぶ。そして、木材に加工して馬車に積み込んで、どこかへ運んでいるらしい。その間に家から盗賊達が出てきて訓練をし始める。死んだ村人を木にくくりつけて弓の練習をしたり、剣の練習をしたりする。日が沈むと盗賊達は見張りを残して家々に入り、朝まで出てこないそうだ。そして、村人達は村の一ヶ所に集められて朝まで監視されている。


「盗賊の楽園みたいな村ですね。」


「その通りだな。ある程度街道からも近くて拠点にしやすく、村人も従順だ。」


 私は部隊を狩人達が使っていた拠点まで進め、そこで現在の状況と村攻略の作戦を護衛兵やカラシャ、マカとともに考えていた。狩人からの情報を駆使して、こちらの被害なしに敵を殲滅、村人を無傷で助けなければならない。


「敵拠点を攻めるにあたって、作戦は練ります。まずはカラシャからお願いします。」


「ん、そうだな。」


 数十秒ほど思案していたと思うと、普段の彼からは考えられない真面目な声で話し始めた。


「夜襲だ、この手に限る。」


「理由は?」


「狩人の報告によると、盗賊どもは村人の家を拝借して朝まで寝ている。一方村人は村の小さい家にすし詰め状態、これほど攻めやすい状況があるかね。たぶん、盗賊どもはここ最近の仕事が上手く行き過ぎて油断してる。夜に一軒ずつ訪問してよく眠れるようにしてやろう。」


「それで具体的な作戦は?」


「まず夜まで待って、盗賊どもが寝た時間に攻撃を仕掛ける。東側と西側、街道側と森の奥側だな。そこに部隊を配置して同時に攻める。奴らが起きて逃げようとしても取りこぼす確率が減る。夜の森に行きたい奴はいないし、行ったとしても死ぬだろう。さっきも言ったが、一軒ずつ訪問して奇襲のかたちで各個撃破する事が重要だ。上手くいけばこちらに損害なく敵を殲滅できて、村人も死なない。敵の見張りも弓の上手い奴らで各個撃破して処理すればいいだろう。」


 私は、あまり似合わない顔つきで真面目に作戦を話すカラシャを少し見直したかもしれない。酒癖が悪くてよく酒場の備品を破壊し多大な費用をかけても、悪びれる様子がまったくない彼だが、今の作戦を話す姿は格好良かった。それに戦闘面だと頼りがいがあり、護衛兵とも仲が良い。これは不良が普段と違う事をすると格好良く見える現象の一つだろうか。確か正式な名前があった。あちらで読んだ本の中に書いてあったはずなのに、悪い癖のせいで思い出せない。


「ハイエナ? 作戦聞いてるか?」


「ああ、すいません。聞いています、良い作戦です。襲撃の際は家を焼かないようにしたいですね。」


「呆けていたが、大丈夫か?」


「大丈夫です。まだ年寄りみたいになっていません。他に誰か良い作戦が思いつきますか?」


「作戦じゃないけどさ。包囲してから降伏勧告とかはしないの?」


 カラシャが話し終え、護衛兵達が口をつぐむ中で、マカの優しげな声が小さく響く。本当に男とは思えない声だ。


「包囲するだけの数が足りない。数に差がない状況での包囲は敵の集中突破を招く。それに、敵に余裕を与えてしまうのは悪い事だ。村人を盾にして攻撃されたらまずい。最悪村人ごと殺してもいいが、できるだけそういうのは避けたいんだ。」


「話し合いでは解決できないんだね。」


「ああ、その通り。」


 屈強な護衛兵達に囲まれながら作戦を話し合うのは疲れる。それに私は寝つきが悪く、睡眠をとっても疲れがなくなる事が少ない。最近では夢も見ない。一年前なら地球での思い出を元にした夢をよく見ていたが、もうずっと見ていない。


 人間疲れると余裕がなくなるものだ。人前ではマカにもできるだけ丁寧な言葉で接していたが、きっと私は言葉を使い分けるのに疲れてしまったのだろう。そもそも、私は何故丁寧な言葉を厳守しようとしているのか、そもそも丁寧な言葉とはなんだろうか。言葉の壁がなくなっても、敬語の概念の有無はあるはずだ。一体どうなっているのだろうか。


「おーい、ハイエナ? また呆けているぞ。本当に大丈夫か?」


「すいません、カラシャ。少し疲れているのかもしれない。」


「無理はするなよ。」


「ええ、もちろん。それで、他に誰か作戦はありますか?」


 護衛兵達は黙ったままだ。おそらくあらかじめカラシャと作戦を考えていて、彼が代表で言ったのかもしれない。誰も発言しない状況が十数秒続いた。


「では、カラシャの作戦を採用します。夜中までに食事と休息を取るようにしてください。火は起こさず、携行食でお願いします。それと、交代で村を監視するようにしてください。人選はカラシャに任せます。監視の任についた者は夜襲の際は周辺の監視についてもらいます。では、解散。」


 夜を待つ間、私は偵察拠点で帳簿の確認をしていた。普段は酒場の個室や馬車で仕事をしているぶん、森の中での仕事は新鮮な気持ちになった。周りにいる護衛兵達も敵地が近い事もあって騒げず、仮眠をとる者が多い。静かな環境での作業は本当に集中力が高まる。中々にいいものだ。







 段々空が薄暗くなっていき、夜が近い事を意識し始める。待機している間、初めの方は静かな環境で作業できていたが、次第に護衛兵達のいびきがうるさくなり、大して集中できなくなった。敵拠点まで聞こえる事はないが、黙らせたい気持ちでいっぱいだ。敵地でいびきをかいて眠れるのはある意味大物ではある。それに兵士の人気をまったく無視するわけにはいかないため、いびきぐらいは放っておいた。


 木々で太陽は見えないが、日の沈む空を眺めながらしばらく呆ける。何も考えず、ただ時間が過ぎていく。そして日は落ち、黒色の世界が訪れる。空には月が二つ登り、木々の隙間から月明かりが漏れる。


 この世界にも太陽はある。だが、私の知っている太陽ではないだろう。夜には月が複数でるのだから、ここは地球ではない。まして太陽系でもないだろう。改めてそれらを見ると本当に違う世界なのだと認識する。別の惑星なのか、もしくは平行世界に似た存在なのかと考える。いくら考えても意味のない事ではある。


 なぜここに私がここにいるのか。あちらの世界で私はどうなったのか、考える事が無駄だと理解しても考えてしまう。現在、余裕のない状況ではあるが、生活に困る状況ではない。だから私がここに来た理由を暇潰しに考える事ぐらいはできる。ここでの暮らしに慣れ、あちらの世界の事を思い出せなくなってきても、それは漠然とした不安でしかない。私は向こうに戻りたいと思っているが、この身では到底無理だろう。


「本当に考えるだけ無意味だ。」


「何が無意味なの?」


 月の夜空を眺めていたところ、唐突に声をかけられて少し驚いた。声のする方へ顔を向けると、マカが寝ている護衛兵達を踏まないように避けながらこちらへ来た。


「考えるだけ無駄って事だ。」


「でも考えるのは大切な事だよ。」


 彼は私のところにたどり着くと、私の横に腰を下ろした。どうやら食事を持ってきてくれたらしい。2人分の食事を片手に疲れたような非情でこちらを見た。


「カラシャさんがハイエナに食事渡してくれってさ。あの人優しくて元気な人だよね。」


「そうか? 元気なのは認めるが、優しいかと言われると優しいかもな。」


「ハイエナも一応認めてるんだね。」


「カラシャは話を聞いてくれるからな。傭兵の中では良い方だ。いや、凄く良い。」


 傭兵が騎士に次ぐ戦いの主力となるこの時代、雇い主の命令を無視する傭兵や傭兵団も多い。部隊から抜け出して見境いなく村を略奪したり、人的資源を消費したりする。脱走したあげく、盗賊となるのはよくある話だ。もしかすると、村にいる盗賊達もそういった手合いの者かもしれない。


 マカと一緒に食事を取る。岩のように固いパンに酒を染み込ませて食べられるまでふやかし、口に放り込む。酒で多少ごまかしているが、最悪な口当たりの酸っぱい味が口の中に広がる。口直しにチーズを食べるが、向こうで食べたものより味は格段に劣る。食にある程度余裕ができて気づいた。故郷の食事が恋しい。今の私ならカップラーメン一つに金貨十枚出すだろう。食事というのは慣れ親しんだ物でないと辛いものがある。そして、この辛い感覚を体験するのはこれで2度目だ。


 私と対照的にマカは美味しそうにパンとチーズを食べ、酒を飲む。私は手を止めて彼が食べる様子を横目に、寝ている護衛兵達を見ていた。半分が丸くなって静かに眠っているが、半分はうるさくいびきをかいて寝ている。


「ん? 食欲ない感じ?」


「いやうん、そうかもしれない。やるよ。」


「しっかり食べないと成長できないよ、ハイエナ。」


「うるさい、俺はいいんだよ。お前が食べてもっと太れ。」


 私は無理やりマカに残りのパンとチーズを押し付けて、革袋の酒を飲んだ。酒も大した味ではないが、パンよりはマシだ。酒の味を形容するなら、馬の小便が近い。実際小便を飲んだ事はないが、商品の輸送中に飛んできたものが口に入った事がある。もちろん、すぐにうがいをした。


「肉が欲しい。」 


「僕もだよ。」


「話は変わるけどさ。ハイエナ、人を殺した事はある?」


「あるよ。直接的に殺した事も、間接的に殺した事もある。」


「そう。」


 彼はどこか悲しげな表情と声で返事をした。友人が殺人者となった事に色々と思うのだろう。


「正直、これから人を殺すと思うと怖くなる。僕は初め動物を狩る時躊躇した。目を見たんだ。それで他の狩人に叱られた。でも、今では何も考えず動物を殺せる。」


「そうか。」


「僕は勝手について来たのに、これをハイエナに言うのは間違っていて、いけない事だとわかってる。でも信頼できる人に不安を話さないとおかしくなりそうなんだ。僕もいずれは人殺しに慣れるのかなって・・・。それでも、僕は友人の役に立ちたいんだ。」


「俺じゃなくて、利益のためだろ?」


 何故その言葉がまっさきに出たのか分からなかった。友人が落ち込んでいる時に、かける言葉ではない事を理解しているはずだ。だが、口から出たのは慰めの言葉ではなく、疑心の言葉だ。


「僕はそんな事思ってない。」


「ああ、ごめん。冗談だよ。俺は本当にそんな事思ってない。」


「そう。」


「まあ、考えるだけ無駄さ。もし、不安ならやめてもいいし、何かあったらいつでも俺に相談してくれ。」


「うん、ありがとう。」


 彼の感謝の言葉以降、会話は終わってしまった。私は彼にかける言葉を間違ったかもしれない。だが、どうする事もできない。私には言うべき言葉が分からなかった。







 時は夜中、作戦を開始するには良い頃合いだ。私は護衛兵を集め、カラシャに半分を任せて村の西側から攻めるように指示した。私は東側から村を攻める。


「そろそろ、カラシャも配置についた頃だ。攻撃を開始する。弓兵、見張りを狙え。」


 護衛兵達が敵の歩哨に弓を向ける。都合のいい事に敵は松明を持って立っているため、狙いをつけやすい。夜だと警備の数も少ないため、数人倒すだけでいいだろう。おそらく、警備は村人を監視するもので襲撃はほとんど警戒していないのだろう。


「放て。」


 私の号令と共に、一斉に矢が放たれる。その弓兵の中にはマカの姿もあった。敵の数人の歩哨は倒れ、歩哨の近くで待機していた護衛兵達は急いでトドメを刺しに向かった。私も残りの護衛兵を引き連れて村へ侵入する。途中で歩哨のくぐもった声が聞こえるが、無視して進んだ。


 あらかじめ担当を決めていたため、誰も一言も喋らずに次々に家へ侵入していく。私は家に入らず、処理は護衛兵に任せて村人のところに向かっていた。村の中央部へ着くと、一番大きい家の横に村人達が監禁されているはずの小屋が見えた。小屋を監視するように敵の歩哨が立っている。引き連れていた護衛兵を大きい家に突入させ、私は弓兵に指示して始末させた。


「あああ。」


「くそっ、いてぇ。」


 矢は急所を外れたようだ。私はマカと2人を残して、マカを弓兵にも残りの敵の処理に行くよう指示した。そして、倒れた敵のところへ向かい、短剣を取り出して喉元に刺した。肉を抉る感触が短剣を伝わってくるが、幸い暗いため敵の顔がよく見えない。


 処理が完了したあと、私は小屋の中に入ろうとした。扉を開くと腐臭が鼻を突き抜けるが、我慢して中に入る。松明で中を照らすと、小汚なく汚れ、疲れ果てた目をした村人達がこちらを不審そうに見ていた。声をかけなければならない。


「助けにきました。現在は敵を処理しているところです。しばらくはここにいてください。」


 村人達は状況を理解できない様子で話し合っている。無理もないだろう。領主のいない土地に助けが来るなど想像もできない。私はもう一度言葉を投げ掛けた。


「私達は皆さんを助けにきました。どうかしばらくはここで我慢して、待っていてください。」


 私がもう一度発言すると村人達の困惑した顔は笑顔に変わり、涙ながらに村人同士で抱き締め合っていた。


「ありがとうございます。ありがとうございます。」


 私の足下にいた老人は何度も私に向かって感謝の言葉を言っていた。人助けで感謝されるなど久しぶりだ。暴力を売って感謝されるのは慣れているが、純粋な感謝には少し照れてしまいそうになる。


「勝ったぞ!!」


 外からカラシャの大声が聞こえてくる。どうやら全ての家を制圧したらしい。私は村人達に外に出るよう促し、彼らを誘導する。彼らの顔には希望が溢れているようだった。


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