第8話
帰路に着く。
帰ったら寝ようかな、折角の休みだ……すべきことが無いのは素晴らしい。
幻のような時間は終わった。
泡沫の夢なのだから、必然、目を覚ます時が来る。
それが別に、今だと言うだけの話しなのだ。
「お兄ちゃん」
店での戦利品を指で弄び、飽きたのかふわっとした声音で呼びかけられる。
正直満腹と夏の暑さにKO寸前な俺は、返事をするのも億劫で声を発する事は無かった。なのでそこからは、殆どが妹の独り言のようなもので。
「ありがとね」
少しだけ、感情がこもる。
「美味しかった」
本当に満足そうに言って。
「また行こうね」
「もうねぇよ」
ようやく、口を開いた。
妹の続けられるはずだった言葉が遮られて、低い位置から視線を感じる。
「今日が特別だっただけだ。あとはお袋に連れて行ってもらえ、あと……」
言うべきかどうか迷ったけれど、どうせこの時間は二度と訪れない。なのでその末にはっきりと言ってやった。
「もうお兄ちゃんって呼ばなくて良い」
──俺はその内、この家を出て行く。
自分で収入をはっきりと得られる立場になって、趣味の貯金を生かしたおかげで、そう遠くない未来に俺はこの家を離れることになる。
そうなれば帰って来る理由はもう無い。ここに居る意味も無い。
元々、ここに俺の居場所は無い。
これから俺たちは、本当の意味で他人になる。
「何で?」
「『何で』も何も無い。もう俺はお兄ちゃんじゃなくなるからな」
「よくわかんない」
「言葉の通りだよ。俺はお前のお兄ちゃんじゃなくなる」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
「俺にとってはそうじゃなくなんだよ。分かれ」
そして、近い未来で来るのは──別れ。
──だからなのかも知れない。
もう会うことも無い。
この時間が、一度きりの偶然なのだとしたら、聞くべきタイミングは……今なのかも知れない。
「お前、俺のことどう思ってんだ」
──妹はそんな俺の事をどう思っているのだろう、と。