第2話
ある日のこと、夏真っ盛りである。
弟が友達の家に泊まりに行き、母親は旧友と話し込んで遅くなり、こちらも翌日帰ることとなり(父親は知らない。いつもふらっとどこかに行っていた)。
この家に俺と妹の二人が残され、丸一日行動をともにしなければならない時が来た。
俺の仕事と妹の学校は狙い済ましたかのように休みで。
給料が入ってすぐで財布の中身が潤っていた事もあり、今日は起きたら外で飯を食って、そのまま本を買い漁ろうとうきうきで立てていたプランが海で作った砂の城のように、妹と言う強風に煽られ崩れ去ってしまった。
そんな皆からのLINEを受けて途方に暮れていた俺の視界の端に、そっと影が差す。
日陰の中ひょっこり長い影、あの形を思い出させるその正体は──あろうことか、話題の中心人物だった。
「お腹すいた」
その一言は……そう──たった一言に言霊でも宿っているのか、俺に激震を与えるには充分な力があった。
部屋と廊下を隔てる襖はゆっくり開かれた。恐る恐る、緊張からノックを忘れた部分を除けば、職員室に入るような胃がきゅっと締め付けられる気持ちだっただろう。
声も張らず、か細かったのにたじろいでしまった俺は考えた。考えたと言っても、判断に要する材料はあらかたLINEで集まっていたので、逡巡と比喩するのが正しいのだろう。
自宅には俺と妹以外おらず、LINEを確認した時に見た時刻が十一時過ぎだったなと脳内で構築してから、腹から「何か寄越せ」と所望する音が鳴り響いて。
寝巻き姿で襖の端を摘んだ妹を視線に写し、立ち上がって服を脱ぎ出す俺は言った。
「着替えろ」
言った意味が伝わらなかったのか、妹。
「なんで?」
「俺も腹減った。飯食いに行きたかったら一分で着替えろ」
我ながらどうしてそんな意地悪を口にしたのか分からない。接し方が分からないから、自然と当たりが強かったのか、それとも何も考えて居なかったのかは今となっては計り知れない。
俺としてはどの道外食をする予定だったんだ、幸い財布には余裕もある。
一人や二人増えた所で、ましてや相手は小学生……社会人の財布にそれ程大きな影響は及ぼさないだろう。
それでも、そのふっと沸いた考えの下放たれた言葉を聞いた妹は、意外だったのか、それとも親の給料日にしか行けない外食にあたふたしたのか、もしかしたらその両方なのか、妹は硬直した直後に。
「うん」
言い終わるか終わらないかの所で、俺の部屋を去って……小走りに廊下を駆け抜けて行った。