アイの理由
私はいつも通り、お兄ちゃんの部屋へと向かいます。今日はどんなお話をしましょうか、嬉しいこと、悲しいこと、楽しかったこと、お兄ちゃんと話したいことは山ほどあります。
ガチャリ
いつも通りにドアを開けてお兄ちゃんに飛びつきます。お兄ちゃんは困った風に私を受け止めてくれます、だから私はお兄ちゃんが好きなのです。
「お兄ちゃん! 聞いてくださいよ!」
私が外での話をしようとするとお兄ちゃんは深刻な顔で私に言います。
「お前に言っておきたいことがある」
「関白宣言ですか?」
「お前は何歳だよ……まあいいや」
お兄ちゃんは口ごもりがちに私に諭すように語りました。
「兄妹というのは恋愛感情を持つと戻れなくなるぞ。たとえ今の感情が本物だとしても、二、三年後に公開している可能性は十分すぎるほどにある」
お兄ちゃんはなにを言っているのでしょう? 私の愛が永遠ではないというのでしょうか? 永遠は確かに存在するんです、私の心の中にしっかりと。
「私の感情は絶対に動きません、死が二人を別とうと、あの世でお兄ちゃんと一緒にいます!」
私の気持ちに嘘はない、私が、私だけがお兄ちゃんを好きでいればいい、他には一切なにも要らない。この狭い世界の中で私はお兄ちゃんに世界中に宣言しても公開しないほどの愛情があるのに一体なにを恥ずべきことがあるのでしょうか?
「人ってさ……いや、ズルい言い方だったな……『俺は』理由のないことが怖くってしょうがないんだ。人間の感情がどんなものかは分からない、それでも理由を求めてしますんだ……だから、せめて理由を教えて欲しい」
お兄ちゃんは理由がそんなに大事だというのでしょうか? 世間の大半に立派な理由があるように見えるだけで大半のことに理由など無いというのに……
「あなたが私のお兄ちゃんだからと言うだけでは不満ですか?」
お兄ちゃんは難しい顔をして言う。
「それは家族愛の説明にはなる、ただ男女としての恋愛感情を持つ理由にはならないだろう?」
私はどうすればいいのでしょう? お兄ちゃんがお兄ちゃんだから好きだと言うのになんの理由があるというのでしょう?
愛しい私の片割れに一体なにを求めているのでしょう? お兄ちゃんは人を傷つけたり、救ったりするのにいちいち理由を求めるのでしょうか? 人間というのは何十億といて、それぞれの全く違う理由が存在しているというのに、私個人の理由を聞くことにどれほど意味があるのでしょうか?
「私がお兄ちゃんを好きな理由は、あなたが私のお兄ちゃんだからです。きっと世界には星の数ほど誰かを愛する理由が存在してます。それがたまたま私はそう言う理由だっただけです。もしも神様が存在するのなら、きっと人間はさぞや適当に作ったんでしょうね」
「でも……きっとみんな認めてくれない……」
「お兄ちゃん、あなたは私以外に認められる必要はないんです、愛されない人間は不幸かもしれません。でも愛してくれる人間が百人だろうとたった一人だろうとそれは全く違わないんです」
「でも……お兄ちゃんにも考える時間は必要なのでしょう。できれば私がおばあちゃんになる前に結論を出してくださいね!」
そう言って私は必要な物を置いて部屋を後にしました。
正義や倫理の正体は分かりません。世界中で確かに分かることは『私の感情』だけなのでしょう。そしてそれを信じるならきっとこれは正しいことなのでしょう。
私はそうして部屋でお兄ちゃんの部屋から通信がないかと待っていました。
それでもやはり急に考えを変えることができなかったのか、メッセージが届くことはありませんでした。




