loveletter.py
暇ですねえ……
私はPyCharmでソースを書きながら考える。
趣味で書くソースは楽しい……楽しいのだけれど……
「お兄ちゃんと共有したいですねえ……」
お兄ちゃんの部屋のPCは基本的に外部へのアクセスを禁止している、というわけで私の方からも共同作業ができない。
私はThinkPadを閉じてしばし考えます。
ふと、以前のことを思い出しました。
「そういえば、プログラミング始めたのもお兄ちゃんとお話がしたかったからなんですよね……」
昔、お兄ちゃんが見せてくれた幾何学模様は神秘的で綺麗なものでした、それを作れるお兄ちゃんはすごいと思っていました。
「ふふ……」
何のことはないのです、ループとライン描画を書くだけで簡単に作れるようになっていると知ったのはそれから大分後のことです。
私は何気なくhelloworldを書いてみました、お兄ちゃんに追いつくために初めて書いたコードです、私にも始まりと呼べるものがありました。
それからいつからこれを愛情と呼ぶことに気づいたのかはわかりません、ただお兄ちゃんがそこに居るだけで幸せだと思えたんです。
そうですね……初心に返ってみましょうか……
私はhelloworld.pyをmv helloworld.py love_letter.pyとリネームして少し……ほんの少しだけ内容を変えてUSBメモリに保存しました。
たたたと階段を下りていきます、お兄ちゃんは一体どんな顔をしてこれを実行するのでしょうか?
ガチャ
「お兄ちゃん! 私の気持ちを知ってください!」
お兄ちゃんはいつものことのように私を見て頷きます。
お兄ちゃんは一体どれだけ私のことを知っているのでしょう? 私がお兄ちゃんの全てを知りたいと思うように、お兄ちゃんも私のことを知りたいと思ってくれているんでしょうか?
私はお兄ちゃんにUSBメモリを渡して部屋を出ます。
書いたコードはとってもシンプル、実行すると私の思いの丈をひたすら標準出力に表示するだけのプログラムです。
その日はお兄ちゃんと目を合わせることもできず、夜もロクに眠れませんでした。
次の日、お兄ちゃんの部屋へ行くと、この扉を開けるだけのことにどれだけの精神力が必要なのかわからないほど『やってしまった』と思っていました。
一応朝食用の小窓はあるのですが、そこで朝食を渡して、はいさよなら、が許されるのでしょうか?
少し考え小窓のほうを見るとUSBメモリがそこには置いてありました。
私が贈ったものです、お兄ちゃんはこれを突き返すと言うことなのでしょうか?
怖々とそれを手に、部屋の前から自室へ戻ります、怖すぎます! お兄ちゃんと目を合わせるのが不安です。
「とはいえ……これに答えが入っているんでしょうね……」
私は手のひらに載せた小さなフラッシュメモリを眺めながら不安と期待で押しつぶされそうになります。
だとしても……きっとこれをゴミ箱に入れればずっと後悔することでしょう、私はそこになにが入っているか少しだけ期待をしていました。
ThinkPadを開いて、起動します。デスクトップが表示されたのでUSBメモリを刺します。
autorun当は実行されずそこには私の書いたファイルともう一つ『thank_you.py』とか表示されていました。
ドキドキしながら実行してみます、そこで表示されたのは『ありがとう』の素っ気ない五文字でした。
しかし私はそれを見て泣きそうになりました。私は……お兄ちゃんを……好きでいてもいいんだ……
それがお兄ちゃんの答えです、私はしばらくそのソースをSSDに複製して記念に残しておくことにしました。
私はお兄ちゃんが好き、ただそれだけのことを言うのに随分と遠回りをしました、それでも自信を持って言えます『わたしはお兄ちゃんが大好きです!』
 




